#7 峰賀澄 梅香 (2)

 悠太様。桜子姉様のご遺体がどこにあるか分かりますか?

 もしも当てられたら、この梅香は眼力で見据えた今回の何もかもを黙っていましょう。


 え?

 それは梅香が動かしたのではないかって?


 ねえ悠太様。

 そろそろ、非現実的な事を仰るのはやめましょうよ。現実を受け入れるときが来たのです、悠太様。


 この峰賀澄の家の女には、強い神通力が宿っていること。現に、ここまでの梅香の眼力は現実のものだったでしょう?

 貴方の行いを、寸分違わず言い当てた。それは、梅香の、いいえ、峰賀澄の女だけに伝わる眼の力によるもの。分かりますか。

 ですから悠太様。

 桜子姉様のご遺体の在処。その答えは、考えれば考えるほど、一つしかないでしょう。


 桜子姉様は、ということです。


 何を驚かれているのです?

 何を驚いているのです。

 貴方様は。悠太様、貴方様はね。

 鬼殺しの神通力を宿した、峰賀澄の女を殺めたのです。それはね、悠太様。桜子姉様ののです。わかりませんか。


 ……確かに殺した?

 ……確かに殺したのだから、死体が勝手に動くはずが無い?


 ―—笑止。


 なんと愚かよ、只の人間が。


 ……つまりね、悠太様。

 梅香が言いたい事は一つ。


 死んでなお、峰賀澄の女は強いのです。


 たかだか殺されたぐらいで、峰賀澄の女の意思が潰えるなんて思わないで。

 おまけに姉様は、愛し合っていた悠太様の手で殺された。命潰える寸前に桜子姉さまがその目に焼き付けたのは貴方様のお顔。匂いも声も温もりも吐息も気配も全部を五感に焼き付けて、桜子姉様は絶命したのです。わかりますか? 


 悠太様。


 音、しますか?

 ええ、音です。

 今朝からずっと、変な音を聞いていたのではありませんか?

 日常生活の中であまり聞き覚えの無い音。


 何かが這いずる音でしょう。荷物を引きずるような音。あるいはまるで、重たい蛇が身をひきずるような音。

 いいえ、違います。

 桜子姉様の美しい爪が、床を引っ掻く音です。桜子姉様が亡くなる直前に着てらした桜色の振り袖が、床板に枝葉のように哀れに乱れ崩れて、それが引きずられる音。


 それは、あなたの周囲。そう、この屋敷のあちらこちらに蜘蛛の巣のように張り巡らされた廊下から聞こえてくるのではありませんか?

 どうしました?


 今もしている?


 そうですね。梅香にも聞こえています。引っ掻く音、引きずる音。

 その正体を知りたいですか? 知りたいでしょうね。


 悠太様。桜子姉様は、貴方に殺された。愛していた貴方に、一時の激情と勘違いで、何の余地なく理不尽に殺された。


 桜子姉様は怒っていらっしゃるのです。

 悲しんでいるのです。

 恨んでいるのです。


 桜子姉様のご遺体はどこにあったか?

 ええ。

 貴方様がご遺体を探していたように。

 姉様のご遺体もまた、貴方を追いかけていたのです。

 そしてようやく、姉様が、貴方を見つけたのよ。だから今、ほらもう音はしない。見つけたんだから。


 だから、どうぞ振り返って。

 廊下に続く障子の方を見て。


 桜子姉様の細い手首が、白い指が、綺麗な爪が。

 今まさに、障子を開けているでしょう?



<続>

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