第7話 ヴァンガードセクト

 「クソッ、や、やられた!頼む、早く…早く起き上がってくれ!」


 モニターに身を乗り出しながら、声を上げる和樹に、ノアが突然冷静な声で知らせた。


 「接近者を検知しました。約15メートル先、北北西の方向です」


 「なにっ…接近者!でもモニターには何も映ってないぞ?!」


 「光学迷彩を使用している可能性があります。熱探知モードを起動します」


 ノアが操作を開始すると、探索用の小型ドローンが和樹の視界に新たなレイヤーを表示した。


 モニターの映像に熱源が赤く浮かび上がり、ゆっくりとホアンの近くに近づいてくる人影がはっきりと映し出される。


 「これかっ!!…でも、こんな近くまで気づかないなんて…」


 「光学迷彩と音波吸収技術を併用していると思われます。極めて高性能な装備です」


 和樹が息を呑んで見守る中、赤く浮かび上がった熱源がさらに近づき、ホアンの真横で立ち止まる。すると、その人影はふわりと光学迷彩を解除した。


 そこに現れたのは、腰まである金色の髪をふわっと靡かせ、圧倒的な美貌を持つ一人の女性だった。戦場に似つかわしくないその姿に、和樹は思わず息を呑む。


 「うっ…!?…な、なんだっ…この綺麗な女の人……」


 和樹が呟くように漏らすのをよそに、その女性はホアンの横にしゃがみ込み、優しい声で話しかけた。


 「大丈夫? 無理しないで、ゆっくり座って」


 ホアンは意識が朦朧としながらも、目の前の女性の存在に気づき、目を見開く。


 「ヴ、ヴァンガードセクト……?な、なんで……こんなところに……?」


 女性はにっこりと微笑みながらホアンの肩を支え、そっと地面に座らせる。


 その一連の動きには無駄がなく、和樹はモニター越しに彼女の落ち着いた行動を見つめていた。


 「ノア、この綺麗な女の人って……ヴァンガードセクト…?」


 「はい。アークライト・インダストリー社の特殊部隊に所属する精鋭です」


  ノアの答えを聞きながら、和樹は引き続き彼女の動きを注視した。その金髪が風にサラサラと揺れ、背中を覆う様子は、まるで映画のワンシーンのようだった。


 和樹は固唾を飲み、ゴクリと小さな音を立ててモニターを見つめる。


 突如、彼女は地を蹴る音もなくシュッと疾走し、片手に握ったエナジーブレードを空間に叩きつけた。


 (——えっ、今の動き……!)


 何もないように見えた場所で、ブレードのエネルギーがバチィッと閃き、クアッドハウンドのステルスフィールドを瞬時に剥がす。


 ——バチバチッ!


 空間が裂ける音とともに、獣型ドローンが姿を現した。


 クアッドハウンドは即座にエネルギーをチャージし始めると高周波音が響く。


 ——キィィィィン……!


 「……!」


 彼女は素早く腰からフレアプラズマガンを抜き、迷いなくトリガーを引いた。


 バシュッ! ギュオオオオン!


 燃え盛るようなプラズマ弾がクアッドハウンドのプラズマバーストと激突、空間で火花を散らす。


 「次!」


 彼女は一気に間合いを詰める。


 エナジーブレードを一閃。


 クアッドハウンドの胴体が見事に両断された。


 ——バリッバリッバリッ……!


 断面から、青白いスパークが噴き出す。


 彼女はその頭部を片手でガシッと掴み上げ外へ向け力強く投げ捨てた。


 「はい、おしまい!」


 ——ドカァァァン!!


 頭部が地面に着弾した瞬間、閃光と共に爆発が起こり、爆風が彼女の腰まである長い金髪を大きくバサァッと揺らした。


 ホアンは目を見開き、唖然とした表情のまま戦闘を見つめていたが、やがて我に返る。


 「す、すげぇ……一人でクアッドハウンドを仕留めちまうなんて……」


 「ごめんなさいね。エネルギーパック、回収する暇がなかったから……ちょっと派手に壊しちゃったわ」


 「あ、いえ、問題ないです!」


 「君たち、サーチャーだよね?この辺りはクアッドハウンドが出現するから近づかないようにって、うちの会社からサーチャーギルドに警告を出していたはずだけど……」


 「アハハハ……」


 ホアンはバツが悪そうに苦笑いし、視線をそらして誤魔化そうとした。


 実は、サーチャーになりたての彼とカレンは、金銭目当てで、ギルドからの警告を無視してクアッドハウンドを倒しに来たのだ。


 防御シールドで攻撃を防ぎ、旧型のプラズマガンで仕留めるつもりだったが、甘い考えだったことを思い知らされた。


 「まぁ…今はいいわ。このあたりにいるのは、どうやらこの一体だけのようだけど、本来クアッドハウンドは数体で連携して襲ってくるドローンだから、さすがに私でも複数は厳しいわ。早めにここを離れましょう。君、歩ける?」


 「は、はい!もう大丈夫です!」


 「彼女は…まだ目を覚まさないみたいね……とりあえず私が背負っていくわ。さぁ、行きましょう」


 三人は廃ビルを後にし、静かに歩き出した。


 ホアンの手には、ちゃっかりとクアッドハウンドの下半身がしっかり握られ、ずるずると引きずられていた。


 「和樹、いかがでしたか?」


 「ふぅ……やっぱり実戦はすごい緊張感だな…モニター越しでも心臓がバクバクした…」


 「それとノア……さっき彼らが話してたサーチャーって……?」


 「あぁ、なるほど…了解です」


 和樹が言い終える前に、ナノリンク・データフィードを通じて情報が瞬時に頭の中に流れ込んできた。


 「ふーん…サーチャーってこういう人たちなんだね」


 「はい。オーバーマインドや軍事ドローンの部品は古くても価値があるため、戦場で倒されたドローンを回収して企業に売り、生計を立てている者たちです」


 「…中には稼働中のドローンを狩って部品を売り、収益を上げる強者もいます。優れたサーチャーは、企業の目に留まり、あの彼女のように企業専属の特殊部隊としてスカウトされることもあります」


 「そうなんだ……」


 ふと和樹は思いつき、確認するように尋ねた。


 「ちなみにさ、ナノリンク・データフィードで、一気に全部情報を流し込むとかは無理だよね?」


 「はい、廃人になります」


 「そ、そうか…じゃあ今までどおり、必要な情報だけ少しずつ流してもらえる…?」


 「もちろんです。」


 「本日のカリキュラムは以上です。明日からは和樹のシンクロ率に合わせて少しずつ内容を調整しますが、基本の流れは変わりません。まだ時間がありますが、このままリアルタイム・サバイバンスを続けますか?それとも何かご希望はありますか?」


 「うーん……あっ、ノア、フクロウが見たい!」


 「……インタラクティブAI兵器管理ユニットのことですね。正直あまりおすすめはしませんが……」


 「え、なんで? ノアがそんなこと言うのって珍しいけど…」


 「まぁ……いいでしょう。行きますか?」


 「うん、見たい!」


 和樹とノアがアームズ・ファクトリーベイに入ると、製造ラインの中央に手摺りに止まっているフクロウ型AIユニットが姿を見せた。


 「フクロウさん、質問に答えてくれ!」


 目を閉じていたフクロウは片目だけを煩わしそうに開け、ちらりと和樹を睨むと、何事もなかったかのようにまた目を閉じてしまった。


 「フ、フクロウさん…今、俺のこと見たよな…?」


 しかしフクロウは完全に無視を続けている。


 「おい、フクロウ、起きろ!」


 和樹がさらに声を張り上げると、フクロウはゆっくりと目を開け、今度は和樹には目もくれず、ノアに向かって話しかけた。


 「ノア…このガキ、一体なんだ?」


 フクロウ型AIユニットがノアと同期し、しばらく沈黙したあと、重々しい声で口を開いた。


 「……和樹だと…こいつがインディペンデントAIの適合者……こんなちんちくりんなクソガキがか…?」


 和樹をじっと見据えたあと、フクロウは少し首をかしげるようにして言った。


 「で、なんだ?質問があるんだろう?」


 「お、おう…」


 思わず引き気味になりながら、和樹は心の中で「随分と口が悪いフクロウだな…」と思ったが、気を取り直して聞いてみた。


 「えっと…車とかバイクが見たいんだけど。どんなのがあるか、説明してくれない?」


 「バカヤロウ! めんどくせぇこと言うんじゃねぇ! ナノリンク・データフィードでノアに送ってもらえ!」


 「………………」


 ノアが静かにフォローに入る。


 「博士、そんなこと言わずに、和樹に説明してあげてください」


 「……ちっ、しょうがねぇな。ガキ、ついて来い」


 そう言うとフクロウはバサッバサッと羽ばたいて飛び去っていった。和樹は呆然とその姿を見上げながら、ぽつりと呟いた。


 「な、なんなんだ、あのフクロウは…しかも名前が博士って…」


 和樹はうなだれながら、博士が飛び去った方向へと足を向けた。

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