第9話 とある少年の物語 ①


「おおっ、なんと神々しい! 稲光が、まるで神のお声のように祝福しておる!」


「1月1日――日付が変わった瞬間に生まれ落ちるとは、まさに奇跡の子よ!」


「心なしか、全身から魔力がほとばしっておるように見えるぞ!」


「とにかく、なんにせよめでたい! 宴の用意をいたせ! 村総出で祝おうぞ!」


「ああ、祝おう! 奇跡の子の誕生じゃ!」


「奇跡の子! ! !!」


 預言というのは、かくも人の心を動かすものなのか――。


 ただ単に、1月1日の午前零時に生まれただけだというのに、それが預言の言葉と重なると不思議な魔力となって人の心をかように動かす。


 どこの馬の骨かも分からぬ預言者が、村に立ち寄ったついでに、気まぐれで発しただけかもしれない代物なのに。


 おそらくは何百何千と似たような予言を残していて――だが、村の人間は例外なくそれを奇跡と受け取った。


 その短絡的でおめでたい気質が、真なる奇跡を呼び込む。


 少年はこの日、このとき、この瞬間に、雷鳴の中でこの大陸に生まれ落ちた。


 のちに世界を救うことになる、希代の英雄の誕生である。



      ◇ ◆ ◇



「リーナ、またおまえの仕業か! この悪たれ坊主が!」


「まったく、この悪たれは一日一回悪さをしよる!」


「子供が一日一回しか悪さしないならさ、それってもはや優等生じゃん。てことで、オレは優等生ーっ」


「こんガキャ、屁理屈言いおってからに! 待て、逃げんなや!!」


「逃げるよーっ、悔しかったら捕まえて――」


 と、リーナが言えたのはそこまでだった。


(……えっ?)


 足が、止まる。


 自分の意思とは無関係に、前への推進力が一瞬間で失われる。


 リーナは冷や汗と共に、起こった事象を理解した。


「……師匠、いたの?」


 首根っこをつかまれた状態で、彼は首だけを背後に向けた。


 と、ほぼ同時に『聞き慣れた声』が鳴る。

 

「ああ、いたよ。おまえがこの場所で悪さをすると、風の噂で聞きつけたんでな」


 しわがれた声。


 タバコの吸いすぎという次元じゃない。


 のどを半分焼き切られたような、そんなレベルの痛々しい声音だった。


 もっとも――。


「おお、鉄仮面てっかめん。良いタイミングで来てくれた。あとは頼んだぞ」


「今日もその悪たれを存分にしごきあげてやってくれ。遠慮はいらんぞ」


「ああ、そのつもりだ。みっちり七時間、日が暮れるまで剣と魔法を叩き込む」


 


 文字通り、顔全体を鉄の仮面で覆った男。


 声とは別の意味で『痛々しい』外見をしたその男は、だがリーナにとって唯一無二の存在だった。


 リーナが生まれる数日前に村を訪れ、以来、なぜかそのまま村に居着いた謎の男。


 年齢も、素性も、目的も、性別以外の何もかもが謎に包まれた流浪の旅人。


 それでも、彼はリーナにとって特別な存在だった。


 彼は(両親を早くに亡くしたリーナにとって)親であり、友人であり、何より自分の夢を叶えてくれるかもしれない存在――『師匠』である。


 齢十二のリーナにとって、どんなに変わった見た目をしていようが、鉄仮面師匠は唯一無二にほかならなかった。


「師匠、今日はどんな魔法教えてくれるの? 下級魔法は全系統マスターしたし、そろそろ中級魔法を教えてよ」


「ダメだ。使えるようになっただけを、マスターしたとは言わない。今日も下級魔法の特訓だ。剣術の基礎稽古もみっちりこなしてもらうぞ」


「えーっ、またぁー? つまんないなー。基礎なんてすっ飛ばしてよ。天才魔導士のやることじゃないって。五段飛ばしくらいでいこうよ」


「俺からタダの一本も取れない小僧が、偉そうな言葉を吐くものだな」


「そんなの当たり前じゃん。師匠は『最強』なんだから。そうかんたんに一本なんて取れないよ」


 最強。


 鉄仮面師匠は最強だ。


 王都の将軍様にだって負けやしない。


 三年前に低位魔族の群れに村が襲われたときだって、たった一人でその魔族たちをみんなやっつけたのだ。


 だから、師匠は――。


「……最強、か。本当にそうなら、どれほど良かっただろうな」


 と。


 ポツリと、絞り出すように吐き落とされた師匠の苦し気なそのつぶやきは、でも『弟子』の耳に届くことはなかった。


 風の音が、その弱々しい声と言葉をさらって消したのである。


 何も知らないリーナは、だからいつもと変わらぬ軽口をそのまま落とした。


「まっ、もっとも、、繋ぎの最強だけどね」


「…………」


 沈黙。


 思いがけない沈黙。


 こいつ、と頭をいつものようにポコリとされると思ったのだが――この日の師匠はいつもと反応が違った。


 数秒か、あるいは十数秒か。


 それらの長い沈黙を挟んで、ようやくと発する。

 

「ああ、そうなってもらわなきゃ困るよ。おまえは史上最強の魔導士になるんだ」


 それは強い意志のこもった、力強い言葉だった。


「いや、俺が必ず、おまえをその極みへと導く」


 これは――。


 これは、いつか魔王を倒す少年の、始まりの物語である。


 

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