第2話 『女の子が彼氏を呼ぶ時は〜くん呼びがいいよね』


 川越に「付き合って」と告白された翌日、俺はまだ昨日のことが夢じゃないかと疑っていた。


 学年一の美少女から告白され、OKした。


 だが、それが一体どういう意味なのか、昨日の俺にはまったく理解できなかった。


 昼休み、友人の中村涼太に「本当にお前、川越と付き合うのか?」と詰め寄られ、なんとか適当に誤魔化した。


 周りも妙にこっちを見てコソコソ話しているし、視線が痛い。

 俺としては、あまり注目されるのはご免だ。


 そして、その日の放課後。


 教室の片隅で、川越がちらっとこちらを見て、俺に軽く手を振った。


 こっちに来いというジェスチャーだ。


 俺が行かなければいけないんだな……まあ、告白された身だし、俺が行くべきなんだろうか?

 一方通行感が出て良くないのか?

 まぁいい。自分の思考の訳が分からないままそちらへ向かった。


 川越のもとに近づくと、彼女が真剣な表情で「少し話せる?」と小声で聞いてきた。

 彼女に誘導され、俺たちは人目を避けるようにして校舎裏の階段へ向かった。


 誰もいない階段の一段上に座った川越は、俺の顔をしばらく見つめた後、少し照れくさそうに口を開いた。


「昨日、突然あんなこと言って驚かせてごめんね」


「……いや、確かに驚いたけど」


 そりゃ驚く。

 クラスでもほとんど話したことがない彼女から、いきなり告白されたのだから。しかもそれが学年一の美少女と名高い川越瑠奈と来たものだ。

 俺もびっくりしたし、何より周りのクラスメイトたちもびっくりしたに違いない。


 そして川越は気まずそうな表情を浮かべ、何か言いたげにこちらを伺っている。


「実は……ね、塩谷くんにお願いがあって」


「お願い?」


 そう言って、彼女は少しうつむいた。

 

 俺がじっと待っていると、川越は意を決したように顔を上げて言った。


「──私、SNSで"リア充"を演出したくて……それで、彼氏が必要だったんだ」


 ────は?


 その川越の言葉を聞いて、俺の頭は一瞬フリーズした。


「……え、演出?」


「うん、フォロワーのみんなに、もっと充実した私を見せたくて。それで、彼氏っぽい写真がどうしても必要になったの」


 川越は、何か大きな秘密を打ち明けるように、少し声を潜めて言った。


 俺の中でようやく昨日の出来事が繋がり始めた。


 なるほど、そういうことだったのか。どうりで、俺みたいな普通の男にいきなり告白してきたわけだ。

 いや分からんな。川越が何をしたいかは分かるけど理解は出来ん……。


 しかし、それならばなおさら俺である必要はないだろう。

 もっと彼氏役にふさわしい男子がいるんじゃないかと、疑問が浮かぶ。


「でも、どうして俺なんだ?もっとリア充っぽいやつ、他にもいるだろう?」


 そう尋ねると、川越は少し困ったように目をそらした。


「それが……目立つ人だと、いろいろ噂になって面倒になりそうで。塩谷くんなら、目立たないし、噂も広がりにくいかなって」


 おお……なるほど。


 俺が「地味で目立たない存在」だから、彼氏役に適任だと判断されたわけだ。なんとも複雑な気持ちだ。


「あと顔も悪くない……いや、むしろいいと思うし!」


「……!」


 いきなり褒められて少し嬉しくなったのは確かだ。だって俺をほめてくれたのは学年一の美少女なのだから。

 本来なら嬉しいはず……なのだが今はなんとも言えない気持ちだ。


 俺はしばらく考え込んだ。

 確かに、俺が「偽彼氏」を引き受ければ、周りのリア充っぽい男たちと比べれば周りもそこまで大騒ぎしないさせだろう。


 しかし、彼女のSNSのために俺が協力する理由なんてどこにもないし、そもそも俺はそんな面倒なことに関わりたくない。


「悪いけど、俺は……」


 そう言いかけたとき、川越が慌てて両手を合わせ、真剣な表情で頼んできた。


「お願い!少しだけでもいいから、協力してほしいの!」


 思いがけないほど真剣な瞳で見つめられ、俺は言葉を失った。


 SNSのためにここまで必死になるなんて、どうしてなんだ?

 普通の生活をしていれば、SNS映えなんて関係ないはずだろう。


 しかし、俺に頼み事をする川越の表情には、どこか寂しさが漂っていた。

 

 そういえば、彼女はいつも一人でいることが多い。

 

 クラスの中心にはいるが、友達と楽しそうに話しているところを見たことはほとんどない。

 もしかしたら、彼女も孤独を感じているのかもしれない……と、ふと思った。

 そんなことを思ったら彼女のお願いも無下に断る訳には行かなかった。


「……わかったよ。でも、少しだけだからな?」


 俺がそう答えると、川越はぱっと顔を輝かせた。


「本当に?ありがとう!」


 こんな風に感謝されるのは悪い気はしないが、俺もつい勢いでOKしてしまっただけで、正直まだ悩んでいた。

 しかし、彼女があまりに嬉しそうにしているので、それ以上断れなくなってしまった。


「じゃあ、明日の放課後、最初の写真を撮りに行こうか」


 川越の言葉に、俺は「うん……」と小さく返事をした。俺がどうリア充彼氏として映るのか、想像もつかないけど……まあ、少しだけだしな。


「あ、あと私たち一応カップルなんだから私の事は瑠奈って呼んで!」


 いきなりの呼び捨てか。また突然のことだ。

 まぁでも確かにカップルなのによそよそしく川越さんって呼んでたら周りから怪しまれるのかな。


「わかった、よろしく瑠奈」


「やれば出来るじゃん、こちらこそよろしく『塩谷くん』」


「?」


 俺はひとつ疑問を覚えた。


「……どうしたの?」


「瑠奈は俺の事名前で呼び捨てしないのか?」


 それはまぁ当然の疑問である。

 なんで俺は呼び捨てで呼ぶことを要求されたのにあっちは俺の事を呼び捨てで呼ばないのか。

 しかし彼女によると、


「なんか女の子は男の子を『〜くん』って呼んだ方がカップルっぽくない?」


 との事だった。……わからん。

 彼女なりのカップル像みたいなものがあるのだろう。



 まぁ、そんなこんなで、こうして俺と川越──もとい、瑠奈は『偽カップル』としてしばらく付き合うことになってしまったのだった。

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