堕天使に、寵愛を。そして、すべての魂に、グレイスを。
羽の赦し記録者
赦さぬ咎人。それでも愛そう
第1話 プロローグ ~奪った命の重みを自分の死で知った~
この話は元暗殺者の主人公とそれを取り巻く者達の祈りが
しかし、忘却は祈りを
まるで歴史が風化して曖昧になるように……。
祈りが届かない者の名は、声にすらならず、風に消える。
もし、その風に感情があったのなら……風は何を思って消えたのか……?
闇は光より先に祈りはその名を呼んだ。
闇より届いた祈りは果たして誰の祈りだったのか?
彼らは祈ったのではない。
世界を変えるために……裂いたのだ。
世界は祈りでは変わらないのか……?
それとも……。
あなたがもしなにか祈りを抱いてるならば……それを手放さい理由は……?
これは祈りの思想のそのものの物語に祈りとはなにか?を置き換えた。祈りを見つけるための罪に塗れた青年が見た世界。
そして……その序章。
---
熱い。熱い。熱い……。
胸を素手で──いや、骨の腕でぶち抜かれる感触は、想像以上だった。
それだけで既に勝負を決していたのを彼は理解しようとするが、まだ現実を認識出来ないでいた。
それはまるで敗北を知った自分を認められないでいる歴戦の暗殺者であると自惚れていた自分への罰のよう痛みである。
今も、筋肉と内蔵が無理矢理入ってきたギチリ、ギチリ。と言わせている異物を認識しているようで脳が『その事実を受け入れろ』と無慈悲に告げているが、脳は最後の慈悲をかけるように血液とアドレナリンが一気に駆け上がらせて痛みを何とか抑えているようだが……。
───それでも彼が感じているその痛みは絶大だった。
死にかけた傷なんて青年は何度も負った事がある。
痛みに鈍くなってると思ってた。
だが、それが間違いだったということは今なら青年があまりにも自分は無知だったということを死に際で理解した。
内蔵を
そして、それが少しでも動く度に鋭い痛みが全身を支配する絶望はなんとも言えなかった。
「はぁ……はぁ……」
喘息患者のような呼吸を繰り返す。
……痛みという刃が凄まじい速度で青年を突きつけて押し寄せてくる。
世界が無音となり、視界の周りがだんだんと深い黒に蝕まれていく……。
「ぐばっ……!」
喉の奥から鉄みたいな匂いがこみ上げて、我慢できずに、青年は込み上げて出てくる物体を吐き戻す事が出来ずに吐き気という欲求に身を任せた。
その口から飛び出たのは……赤の液体。地面に咲いたのは
それが俺の命を刈り取っているのが分かった。
足元から力が抜けて、その場に崩れ落ちそうになった彼を──
支えたのは、白骨の異形だった。
否、人と呼べるかどうか、もはやわからない。
何故なら青年の瞳からほとんど光が消え、視界には何も捉えられなくなっているからだ。
だが、あえてこいつを───。自分の命を刈り取ったと理解した化け物を一言で彼は例えた……。
痛みと苦痛で頭がおかしくなりそうな中、死に際でふと彼が思いついた単語は……。
『死神』……。
「あなたの
そう言って、そいつは……“死神”のようなそれが、彼の胸から骨の腕を引き抜く。
凄まじい衝撃と共に、胸骨が乾いた破裂音のように砕ける音。奥にあった“何か”まで、無造作につかまれていた。
その骨の手には温度を感じなかった。ただ、冷たく……俺の心の何かを抜き取った気がした。
(ああ……これが)
青年はその瞬間……何かを確信した。
筋肉も、血管も、容赦なく引きちぎられる。痛みは、容赦なく体に痛みとして再認識される。
誰が見ても明らかなトドメの一撃。
その骸骨の目のない瞳孔に、赤い炎が宿る。
笑っているように見えた。頬もないのに──そう見える。
(これが……俺の日常で起こしていたこと……)
勢いよく抜き取った骨の手の中に赤色の塊が揺れ蠢いてそれは……自分の心臓だと認識したのは景色が最後の一点が闇色の黒に支配されて完全に見えなくなる彼は力無く倒れる一瞬だけだった。
(これが……死か)
そして、不意に浮かんだ感情。
闇色の視界の中で心の中に湧き上がった空虚感に彼はそんな疑問を考えてしまった。
そして次に感じた感情ははたして抜き取られたのは本当に"自分の心臓だけだったのだろうか?"という疑問。
「あ、う……ぐぅ……」
熱い。痛い。不快……。
今まで奪ってきた命も、こんな感覚だったんだろうか?
ふと、そんな思いが頭をよぎる。
道にいる蟻を踏み潰すように、息を吐くように──彼は殺してきた。
でも、それでも。あいつらも、絶望を抱えたまま死んでいったのかもしれない。
それは殺せば人は死ぬという彼の中での常識。
そして刃を突き立てて出てきて飛び散った液体が顔に付着するだけ。
それで人間は動かなくなるという常識。
闇の中で意識が薄れていく。
暗闇のなかで浮かんだ感情は……。
……。
孤独感……。
今まで知らなかったはずの感覚。
妻が死んだ時すら、感じなかったはずの感情が……。
心臓を抜き取られた瞬間から発生した虚無感にどんどん青年を侵食されていく。
(嗚呼、神よ)
最後にすがりついたのは、今まで何度も青年が呪ってきた相手だった。
神なんかに愛されたことは、一度もなかった。
そう断言できるほど、俺の人生は悲惨だった。
そこで青年は考えた。
いや、もっと惨めな奴もいるかもしれない。
そう思えるほど、そこで自分は……傲慢だったんだろうと彼は考えた。
それでも。傲慢だと思われても……
神を妬み、満たされたものを羨んで。
理不尽を怒りで焼き尽くして──
怠惰ゆえに何も与えられなかった──
強欲に欲しいものを、全部欲しいと思った──
暴食に空腹のまま奪い、殺した──
色欲に愛に溺れ、妻にすがった──
それでも最後には、神を求めてしまうのか?
まるで、罪人が死に際で後悔を口にするように……。
もう青年は最後の思考になるであろうと理解して思った。
最後に思ったこと……。
(これで終わりか……?)
(……一人は、辛い)
そう感じながら、青年は血の海に沈み、自らの行いを悔いて──
無様に、死んだ。
最後に、妻の顔を思い浮かべながら。
どす黒い赤で顔が見えなくなっている彼女の顔がどうだったか……?
思い出しながら……。
『もし、生まれ変わったら。もう一度…………私と夫婦になってくれますか?』
血の海で沈み。最後に抱き寄せて体温を失っていく彼女の最後の言葉を思い出したら……。
この言葉が考えついた。
『今度は、愛する者を守りたい。
己の身を賭けてでも──』
その言葉が、青年の口から
それとも、死という孤独の前で怯えた心が、脳内で吐いた戯れ言だったのか。
それは、誰にも分からない。
ただ──
その言葉を聞いた瞬間。
天使は───ただ笑った。
まるで、その言葉を待っていたかのように。
そして、運命の輪が回り始める。
これは──
祈りと願い……、罪と赦し……。
そして……。
罪を罪と思えなくなった者が、神からの“赦し《グレイス》”を得るために誰にも分からない問いと共に歩んでいく、善悪が曖昧な世界でそれでも祈りを手放さなかった者の、
けれども……あえて……この物語を語源化するならば……。
祈りとはなにか?
赦しとはなにか?
罪とはなにか?
それをあなただけの答えを静かに問い続けて……答えを聞くことは無い……。
『
まず初めに問いたい……あなたなら、どんな罪を抱えてこの物語の行く末を祈るだろうか?
青年の罪を一緒に見ながら祈り合うことはできないだろうか?
その答えはただ……祈りで語ってもらえれば……それでいい……。
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