37.セント・ローレンス修道院④ 行方不明事件と書物の謎


 大司祭室をあとにしたエルら一同は、カロリナ司祭に宿舎棟へと案内された。夕礼までの時間を使って、これからの作戦を練る。


「『我らに静寂と沈黙を、≪サイレント≫』。――さぁ、サンマルコ大司祭様からのお話もお聞きできたことですし、ここまでの情報をまとめて、これからの作戦を立てましょう」


 ルシフィーが部屋をサイレントし、情報を整理した。


「――サンマルコ大司祭様のお話ですと、書物が図書室から消えたことを境に、修道士らの行方不明事件が始まった、ということでしたね。

 書物の聖なる魔力が、このセント・ローレンス修道院を守っていて、書物が消えたことによってその聖なる魔力が失われ、何らかの邪悪な力から守られなくなり、行方不明事件が起こっている……ということも考えましたけれども、ここセント・ローレンス修道院は、サンマルコ大司祭様をはじめとする、敬虔な聖ヨハネウス十字教信仰の力で、神のご加護を十分に受けておいでです。

 ――やはり、私の直感としては、書物を何者かが図書室から持ち出して、その書物を利用して、修道院内で悪事を働いているのだ――と感じますね!」


 ルシフィーがうんうん、と頷きながら、史徒ヒストリアの経験からくる直感を、力説した。


「ん~。今回の検閲任務は、その書物を誰が持ち出したのかがわからないってところが難しいよ――聖カルメア教会での任務とは違ってね」


 エルが頭を抱えた。――確かに、今回の禁書検閲任務は、その書物がどのような書物なのか分からない、どこにあるのかも分からない……と分からないことだらけで、なかなかの異例。難易度の高い任務だった。


 頭を抱えて悩むエルとルシフィーの肩に手をポンと置いて、レオダイムが励ました。


「まぁ、まだ捜査も始めたばかりだしな!明日にでも、ソロモンス大司祭にも協力してもらってさ、修道院内の手掛かりを探そうぜ、なっ!」


 ◆


 客人一行を宿舎棟に案内し、夕礼までの間、自室に戻ったカロリナ司祭は――興奮が隠し切れなかった。


「――はぁ、はぁ……いけません、いけませんわ!客人に手を出したら、バレてしまいますわ。……でも、願ってもいなかった上質な素材が――目の前に…はぁ、いけませんわ」


 カロリナ司祭は自身を落ち着かせるように、薬棚から毒々しい色をした薬品を取り出し、煽り飲んだ。


「はぁ…やはり、が、最適ですわ。持続力が違いますもの。欲しい、欲しい――」


 カロリナ司祭は、机の上に置いていた古書を胸に抱いて、客人のことを……そのうちのを思い出しながら、うっとりとした。


 ◆


 夕礼の鐘が鳴り、時刻はちょうど午後5時となった。多くの年若い修道士たちがぞろぞろと、宿舎棟から礼拝堂へと移動し出すのに合わせて、エルらも部屋を出た。


 礼拝堂の中には、ソロモンス大司祭が祭壇上に、その両脇に、セント・ローレンス修道院で教鞭を取る司祭たちが15名並んでいた。そして、80名あまりの男子、女子入り混じった修道士たち。


 ソロモンス大司祭が祭壇上から皆に向けて語りかけた。


「――諸君。諸君らも知っての通り、セント・ローレンス修道院は今、危機に見舞われておる。

 諸君らの友が、次々と行方をくらましておる。この2か月の間で、6名じゃ――そしてちょうど昨晩から、シスター・シンシアの姿が見えぬようになった。我らはこれ以上、友を失ってはならぬ。

 ――そこで、我らの神である聖ヨハネウスが、救いの手を差し伸べた。紹介しようぞ、大聖堂都市『イストランダ』から史徒ヒストリア殿、その従者殿、そしてナイトメアの聖騎士殿じゃ」


 ソロモンス大司祭の紹介に、不安に満ちていた修道士たちから、わぁっと拍手と歓声が沸き上がった。


「とある書物を探るために、やって参った。諸君らも、協力を惜しむことのなきように、のう」


 夕礼拝を終え、食堂に集っての夕食――夕食のメニューは、セント・ローレンス修道院の穫れたて野菜と、セント・ローレンス修道院で育てた牛の搾りたて牛乳のポタージュスープに、セント・ローレンス修道院で育てた鶏の穫れたて卵のオムレツ、セント・ローレンス修道院で収穫した小麦のパンだった。

 一見質素に見える食事にエルは大層がっかりしたが、一口食べた瞬間、これまでの料理概念が覆った。


「むむっ!神よ、大地と自然の新鮮な恵みに感謝して、いただきます!この素材そのもののおいしさってやつは、オランジェ厨房長にも教えてあげないとだね」


 食事をとりながら、ルシフィーは向かいに座るソロモンス大司祭に尋ねた。


「ソロモンス大司祭様。行方不明事件について、より詳しいお話を、聞かせていただけませんか?――例えば、事件が起きる頻度や、犠牲者の特性などについてです」


 ソロモンス大司祭がポタージュスープを啜りながら、答えた。


「ふむ……。行方不明となった生徒はすでに6名じゃ。1人目の犠牲者が出たのが、ちょうど2月前じゃ。それから2週間おきに、また1人、そしてまた1人…じゃが、そのあと――2週間おきだったのが、1週間から2、3日おきと……だんだんと間隔が短くなって、続けて3人。

 消えた修道士は、10歳から20歳の間で年齢はばらばら、男子も女子も含まれておる」


 エルは頭を掻いて悩みこんだ。


「ん~。行方不明になった修道士に、共通する特徴なんかがあればと思ったんだけれど……年齢も性別も、ばらばらかぁ。事件が起こるペースが早くなってきているのも、気になるなぁ」


 早く事件を止めないと――昨晩1名の犠牲者が出たことを考えると、次なる犠牲者が数日のうちに出てしまうかもしれない。

 犠牲者は、年齢も性別もバラバラ……次の標的となる生徒を絞り込むことは、難しそうだ。こうなったら、なんとしても早く、悪事を働いている犯人と、持ち去られた書物を見つけ出すしかなさそうだ。


「ソロモンス大司祭様――その、図書室から持ち去られたように感じていらっしゃるという書物についても、教えていただけませんか?その書物から感じる魔力はどんな様子でしたか?例えば…邪悪な感じとか?」


 ルシフィーが、自分たちが求める『大罪の黙示録』との共通点を探るべく、ソロモンス大司祭に、持ち去られた書物の特徴を聞き出す。

 エルは、『大罪の黙示録』の放つ魔力の禍々しさを思い出し、ブルッと身震いした――決して勝ち目のない、今すぐその場から逃げ出したくなるような――強大な魔力


「ふむ…。偉大なる魔力を感じる……じゃが、決して不快ではない。書物の存在からは、悪を感じぬ。それどころか、慈悲深き、温かさすら感じるのじゃ。

 それゆえ、此度の行方不明事件が起こるまでは、害のあるものではなかろうと高を括り、その存在をあるがままにしておいたのじゃ」

「けっ!老いぼれ爺の感覚なんか、当てになるかよ。そんな神様みたいな書物が、人を何人も行方不明にするかってんだよ…――っむぐむぐ」


 悪態をつくギルボルトの口を、レオダイムが横からふさいだ。


「――おいっ、ギル!大司祭に向かって老いぼれ爺はダメだって、罰が当たるぞ」

「ふぉっふぉっふぉ、よいのじゃ、よいのじゃ。若いというのは、こういうものじゃ。若き聖騎士よ、老いぼれ爺は、耳も感覚も、衰えてはおらぬぞ」

「――ひ、ひとまずですね、明日はソロモンス大司祭様にも協力をいただいて、修道院図書室内を調査してみようと思います。手掛かりになることがあるかもしれませんしね!」


 エルは考えていた――100年以上前、第1史徒ヒストリアサンマルコですら、その書物を見つけ出すことができなかった。

 自分たちは、そんな書物と対峙するのだ。この検閲任務、無事に役目を果たすことができるのだろうか……

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