これまで人々が憧れてきた英雄譚が「世界を背負う独奏《アリア》の物語」だとしたら、「灯火のアリア」は「世界を背負えない伴奏《オブリガート》が、独奏《アリア》に向き合う物語」だ。
心象空間を舞台にしたSFでありながら、描かれるのは戦いではなく、迷い続ける日常。
優しい天使《アリア》の演奏は一時的で、別れは避けられず、選択は先送り。
それは人が天使《アリア》に頼らず、誰のためかもわからないまま続く日常という空気を伴奏し続けるには、仕方がないものなのだ。どうにか、いまの居場所から追い出されないためには。
だからといって、ここにいていいのだろうか?
恐怖で押しつぶされた、こんな"深い海"に。
その描写が静かでありながら、重くのしかかり、"深い海"から逃がさないのが、この物語だ。
この"深い海"は、さまざまな現実に恐怖しはじめた中高生の苦しい現実に通づる。
それだけでなく、その現実を、悲壮感を織り交ぜてごまかした英雄譚で耳を塞ぎ続けた大人たちにも……つまり私たちの現実にも、通ずるのだ。
この物語は、誰もが伴奏《オブリガート》である現実を受け止める、最後の縁《よすが》なのかもしれない。