第二章 まじないが消え 軍人は愛を告げる

第8話 師匠は恋する軍人と対面する

 首都にはいくつもの公園がある。その中で最も広大な公園には広い池があり、季節に合わせて咲く花畑があり、木々たちがいる。それ故に住民たちの憩いの場として使われることが多い。そのはずだが、相応しくない光景が珍しくあった。


「何でさあ。こういう流れになったんだろうね」


 体育座りをしているセオの視線の少し離れた先にはユゼとスイレンがいる。そして、水に関する術を使った戦闘をしていた。水弾や水の矢が飛び交う戦場を遠くから眺めるしか出来ず、見学者の彼はため息を何度も吐く。


「いいじゃないですか。美しくも激しいのも悪くないでしょう」

「ユゼ様とお嬢が楽しそうにしてるのなら、それでいい」


 地べたに座っているユゼの従者二人は止める気が一切ない。それを見たセオは思わず、あることを言う。


「それ従者としてどうなの?」


 その問いにコウグゥは考えを述べる。


「ユゼ様が円滑に動けるように支える。それが従者としての役目ですから」


 セオは投げやりに返す。


「あっそう」

「そういうあなたは何故止めないのです?」


 鋭い質問の矢はセオの心を突き刺さる。それでも彼は答える。


「ま……そりゃあね。止めたら彼奴が怒るし」

「ああ」


 二人とも納得するような声を出す。


「満足いくまでやらせてあげましょう」

「だねぇ」


 水飛沫が飛び交い、どこか楽しそうなユゼとスイレンを、三人は優しく見守ることを改めて決意する。ただし、見るだけでは飽きることもあり、会話を始める。


「数年も離れてしまったのですから。色々と思い出作りが出来たらと思うのですが、何か案はあります?」


 コウグゥの質問に、セオは悩むような仕草をする。


「うーん。この国独自の体験をするとかだろうね」

「なるほど」

「後でユゼ様に聞いたらどうかな。機関長に伝えたら、出来る範囲で用意してくれるだろうし」

「そうします。ウェイジン、どうしました」


 立ち上がったウェイジンの目付きが鋭くなり、周辺を見渡している。彼の異変を感じ取ったコウグゥは見上げつつも、術で使う札を懐から取り出していた。


「誰かが来る」

「そりゃ公園だしね。ああ。警察官が来るかもね。魔法ぶっぱした生徒達が事情聴取受けたとかもあったし」


 セオが提示したケースに、ウェイジンは横に振る。


「いや。あの感覚は違う。ただ者ではない。少なくともあれは警察官が出せるものではない」

「そうなると軍人かもね。たまにこっちに来ることもあるから」


 セオの言葉があったとしても、ウェイジンとコウグゥの警戒が緩むことはない。


「警戒し過ぎだと思うんだけどなぁ」


 そう言いながら、セオはちらりと戦う二人を見る。気付いておらず、楽しんでいる。一方で、耳には草を踏みながら歩く音が届く。そのことを彼らに伝える。


「あの音は走っている感じじゃないし。ただ者じゃないとしても、たまたま立ち寄っただけだと思うよ」


 のほほんと言った直後だった。突風に近いものが発生し、セオ達の髪の毛が乱れる。


「え?」


 その者は二人に割り込む形で乱入し、水を一瞬で消し飛ばした。更にスイレンを抱きかかえるようにしている。海軍の証である白い軍服姿をした、紺色の短い髪をした精悍な顔立ちの男が犯人だとすぐに分かる。


「レイモンドさん?」


 スイレンは彼の名らしいものを呼んだ。軍人の男は微笑み、スイレンの額にキスをした。セオは技量と弟子が呼んだ名から、ある答えに辿り着く。


「レイモンド。まさかレイモンド・ルーか!」


 フルネームを大きい声で言う。ピンと来ないのか、ウェイジンはすぐに尋ねる。


「誰だ。そいつは」

「あ。ああ。海軍の精霊術師隊のひとりだよ。まだ若いし、キャリアを積んでいるわけじゃないから、軍の中じゃ地位は低いけどもね。生まれは北方で、ある戦士の一族の末裔で、貴族でもあるよ」


 セオの説明を聞いたとしても、ユゼは怯むことなく、彼を睨みつけている。


「彼女から離れろ」


 力強いユゼの声は並大抵の者なら怯むだろう。しかし海軍にいるレイモンドは怯まず、スイレンを離さないと、力を強める。


「断る」

「それはそれでどうかと思います。大体。何で無理やり術を中断させたんです? 私達はただ遊んでただけです。これでも周辺に考慮してやってますが」


 スイレンは不利な状況だろうと、はっきりと言った。セオは危うく吹き出しそうになるが、どうにか堪える。


「とりあえず私を降ろして」


 スイレンの指示が強く飛ぶ。それでもレイモンドからは従う気配がない。じっと彼女の顔を見つめているだけだ。何かを感じ取ったのか、スイレンは息を呑んでいる。


「まずいな。ちょっと待ちなさい。レイモンド・ルー」


 察したセオは動き出す。彼の動きを見たユゼの従者二人は目を大きく開き、彼を目で追いかける。


「あなたは……魔法研究者のセオ・アイヴンか。スイレンの師匠とお聞きしている」

「そうだが」

「血の繋がりはないものの、彼女の家族でもあるのだな?」

「そうだけど」


 レイモンドの質問に応じながらも、セオは傾げる。


「彼女をくれ」

「はあ!?」


 師匠も弟子も、唐突にぶっ飛んだレイモンドの要求を聞いて驚く。


「ちょ。レイモンドさん! 正気なの!? 婚約者がいるんじゃなかった!?」


 スイレンは顔を真っ赤にしながらも、レイモンドに指摘と言う名の刃を使う。


「そもそも! あなたが私に精霊術の教えを時々しただけで、婚約する事自体が変だと思うよ!」


 スイレンとレイモンドの関係を何となく理解できる発言に理解したセオは納得する。


「あ。だから軍が使う精霊術を会得してたわけか。で。どういう意図で俺の弟子に接触したんだ。レイモンド・ルー」


 それでも分からない点もあり、セオは彼らしからぬ比較的強い口調で質問をした。レイモンドはそっとスイレンを降ろしたものの、手放すつもりはないのか、自分の方に引き寄せる。その行為にユゼはムッとする。


「最初はただ教えてただけだ。婚約予定の女もいたが、そいつは顔が綺麗なだけのろくでなしだった。そういう意味では癒しだったともいえるか。ああ。だからだろうな。彼女を愛したいと思ったのも」


 レイモンドはユゼの態度を無視し、語り始めた。


「いや。そんな素振り一切なかったけど」


 戸惑いっぱなしのスイレンの発言にレイモンドは優しい笑みをする。


「あの時は触れてはいけないと思っていた。だが、今は違う。本能で分かる。やっていいのだとな」


 彼は甘い声を出しながら、スイレンの唇を撫でる。初めてのことで、スイレンは固まってしまう。視線は泳いでおり、時々師匠に向けている。涙が出ている可愛らしい弟子の眼に逆らえるはずもなく、セオは助け舟を出す。


「それは一種の呪いがかかっていたからだ。それとね。スイレンの意志をきちんと尊重すべきだ。だから義理の兄として言う。スイレンをお前に渡すわけにはいかない!」


 力強い師匠の声とは裏腹に、レイモンドの軍人の圧を感じて、やや腰が引けている。


「しっ師匠! カッコいいですけど、生まれた小鹿みたい」


 スイレンの馬鹿正直な言葉で、セオはズッコケる。


「おいこら! せっかく助けてるのに!」


 コメディを思わせるような雰囲気にがらりと変わり、師匠と弟子の兄妹のようなやり取りに軍人は静かに場を離れようとする。


「あ。あの。レイモンドさん」


 気付いたスイレンは恐る恐る声をかけた。


「次の機会で会おう。愛しのスイレン」


 レイモンドは彼女の顔を見ずに短く言い、どこかに行ってしまう。彼の姿が見えなくなったと同時に、セオは安堵をしながら、己の妹の顔を窺う。頬が赤く染まり、涙がほんの少しだけ出ており、どうすればいいのか分からない年頃の少女の顔だった。

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