第29話 真の竜撃

多重投与アディション、だっけか。これ以上〈竜撃ラ・ドラコ〉の威力が上がるってのか?」


 リュートはクロコの言葉に疑問を呈する。


『考えてもみてください。本物の灰幻竜ドラグーンには翼もありますし、ブレスは口から吐きますよね。けれど今のリュートには尻尾までしかない。灰幻竜ドラグーン力を完全には引き出せていない証拠です』

「だからもう一度投与する、と」

『ええ。掛け算はできますか?』クロコは至って真面目なトーンで『なんと! 〈ミュータント因子〉の量を2倍にすれば〈竜撃ラ・ドラコ〉の出力は8倍になるんです!!!』


 んなアホな。思わずリュートはツッコむ。


『失礼な、本気ですよ。では立方体の一辺の長さが2倍になったら体積は何倍ですか?』

「8倍」

『でしょう。ほら、ね?』


 クロコが前脚で器用に肩をすくめるようなジェスチャーをした。やれやれこれだから、といった顔をしている。表情を表示する機能はないが、全身のポーズが「やれやれ」と言っている。

 なにが「ね?」なのかは全く分からないリュートだったが、どうやら投与の量を倍にすれば出力は8倍になるらしい。


『納得してない顔ですね……じゃあなんですか、細かい話をしますか? ここから先は聞き流していただいて構いませんが──』とクロコは前置きをして『──二秒後に死ぬっていうときに、〈灰幻素グレージュ〉を利用したエネルギーには存在次元NのときN乗に増幅していくという定理が応用されているということとその証明方法について講義を開いてくれというならそうしますが』


 と早口で一気に言われた。


「ごめん。途中からなんも聞き取れなかった」


 今は流していいや、リュートはそう判断した。


「……けど、だとしたら、なんで最初からそうしないんだよ」

『リュートの肉体がまだ人造灰人ホムンクルスとして、完成していないからです。一度に大量の〈ミュータント因子〉を流し込んでしまっては……ミュータントに成り果ててしまう、といえば危険性が伝わりますか』

「なるほど、分からんが分かった」


 リュートはうんうんと頷く。クロコが呆れたようなため息をつく。


『つまり、徐々に投与量を増やさないといけないってことです。そして今ならそれが可能ということです』

「あー、完全に解った。理解しました、なるほど。つまり今の俺なら灰幻竜ドラグーンができるってことだ」


 灰幻竜ドラグーン因子+灰幻竜ドラグーン因子=すごい強い灰幻竜ドラグーンフォーム。

 なるほど、恐ろしくマヌケで恐ろしく頼りになる式だとリュートは思った。納得ではない。やけくそである。どのみちなにもしなければ死ぬのだから。

 そう。リュートは自棄も自棄だった。なぜなら


(ゲームだと出てきてないんだよなあ、多重投与アディションなんてさ)


灰路彷徨グレイ・トレイル』本編ではそのような設定があると聞いたことも無い。当然、ゲームである以上はコンテンツの拡張性も踏まえて「主人公が強くなる」は設定されている。だが、それにしても〈ミュータント因子〉の掛け算など聞いたことも無い。


(……けど、これなら納得がいく。灰幻竜ドラグーンフォームは翼が生えないからトカゲトカゲと揶揄やゆされてたもんな。……いや、ていうか、本編でも実は多重投与アディションを実装しようとしてたのか?)


 考えても答えは出ない。

 なので、リュートは諦めた。


「ま、いいや。そいつをやれば〈竜撃ラ・ドラコ〉の威力が上がるってワケか。さっきみたいに〈灰幻素グレージュ〉切れになる心配は?」

『先ほど補充したばかりですから、しばらくガス欠になることも無いでしょう。思う存分、暴れてください』

「まずは脱出だろ? このままじゃ二秒後には圧死って言ってたし」

『そうですね。まずは翼を生やせなければそこで詰み、ゲームオーバーです』


 では、とクロコはリュートの顔面へと降りてきて、マスクの形を取った。


『──灰幻竜ドラグーン多重投与アディション


 クロコの声で投与が開始される。

 リュートは全身が沸騰を始めるのを感じていた。


「第二ラウンドだ、女王様クイーン。悪いが一瞬でケリをつけさせてもらうぞ」


 




 リュートの意識が加速領域から現実へと引き戻される。視界を構成する光の粒子が粘度を持って水飴のように動く。景色がぐにゃりぐにゃりと歪んでいく。そうして、世界はあるべき形へと戻っていき、意識の時計の針と現実の時計の針が同じ速度で回り始めた。


 二秒後にはミンチとなる。それを回避すべくリュートは体勢を整え、背中に意識を集中する。


(ある! 翼が! 生えてきている!)


 吹き飛ばされて宙を舞う体が地面に落下するまで、残り二秒。そのわずかな時間で、リュートの背に翼が構築されていく。多重投与アディションにより、灰幻竜ドラグーンへとさらに近づいていく肉体。自分の体が作り変わっていくのが分かる。それも、超速で。おかしな感覚だった。


 残り1.31秒。翼の骨格が〈灰幻素グレージュ〉によって構築される。

 残り0.87秒。構築された骨格に皮膜が張られていく。

 残り0.35秒。翼の構築が完了。


 落下して死を待つだけだったハズのリュートの体に生命力が宿っていく。灰幻素グレージュのエネルギーが翼の皮膜から効率よく放出され、ロケットエンジンのように火を噴く。ドラゴンブレスの応用で灰幻竜ドラグーンは飛行をしていると考えられているが、それの生物模倣バイオミメティクスが、今まさにリュートの体を飛翔へと導く翼だった。


『とにかく上へ! 下では潰されます!』


 言われる間もなくリュートは一瞬で加速。落下しかけた体勢のまま地面スレスレを飛翔していると、つま先が大地を擦って砂漠に細い曲線を描いていく。だが、それも一瞬のこと。

 体勢を立て直したリュートは空へ向かってぐんと急角度で上昇する。


(落下からの圧死は回避! とりあえず時間を稼いで、それから──……)


 などと考えるのは悠長にもほどがあった。

 女王喰蟲クイーンワームは音にも気流の変化にも敏感で、つまり、天空へと飛翔したリュートを追いかけて体を起こして喰らいつこうとしていた。滑るように地を這っていた摩天楼がいま真下から迫る。獲物を仕留めんと身を起こす。


「ッ!? 早いッ」


 女王喰蟲クイーンワームが、ぐぱり、と大口を開けた。もはや、トンネルである。山道を貫通するような、四車線はありそうな、巨大トンネル。それが迫りくる。追いつかれる。なにせ元から向こうはデカい。リュートがいま飛んでいる程度の高さは、まだ体を持ち上げただけにすぎない。


(やばい、このままじゃ喰われて──)


 リュートは振り返り。


「──なんてな」


 ニヤリと笑う。

 体を反らしながら、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。

 その動きは灰幻竜ドラグーンが最強の息吹を吐くときの仕草によく似ていた。

 体内の〈灰幻素グレージュ〉が超密度に圧縮され、激しく燃焼を始める。竜の体組織を持つ今のリュートには痛くも痒くもない熱。灰幻竜ドラグーンでなければ灰燼かいじんと化すであろう、熱。


(歯ァ食いしばれよ、クイーン)


 口を開くと同時、マスクフォルムのクロコのボディは口の開閉に合わせてパカリと開かれる。

 リュートは、体を平仮名の「く」の字に折り曲げて勢いよく、真下の女王喰蟲クイーンワームめがけて息を噴き出す。腹の底で燃焼した〈灰幻素グレージュ〉が気管支を通り、気道を通過して、口腔付近にて法術アルテによる強化が行われ。

 噴火の如き勢いで〈灰幻素グレージュ〉のエネルギーが放出された。

 殴打に乗せて撃ちだしていた〈竜撃ラ・ドラコ〉とは違い、打撃を加えずとも叩きこむことのできる最大火力。鉄の融点1538℃を優に超す、圧倒的な業火。


真竜撃エクス・ラ・ドラコ


 のちにクロコがそう名付ける一撃は女王喰蟲クイーンワームのトンネルのような大きい口へと吸い込まれていく。


「Booooooooooooooooooooo!」


 女王は苦痛に悶えた。

 その悲鳴はもはや暴力だった。トンネルの如き大口から一斉に吐き出される呼気と爆音は、暴風と音波攻撃となってリュートを襲う。飛翔していたリュートはもろに叫声の直撃を食らい、空中で姿勢を崩す。


(くそっ、ただ叫んだだけでこの威力かよ、バケモンが……!)


 それでも〈真竜撃エクス・ラ・ドラコ〉の噴射は止めない。エネルギー砲で女王喰蟲クイーンワームを口腔内部から焼き尽くす。クロコに補充された〈灰幻素グレージュ〉を全て使い果たすつもりで。


(向きが悪かったな、女王様。地上だと仲間に当たるのが怖くて〈竜撃ラ・ドラコ〉は撃ちにくいがな……上から真下に向けちまえば、そういう細けえことは気にしないでイイからな! 存分にバーベキューと洒落こめるってワケだ! さあ! こんがり焼かれろ!!!)


 そうして、鉄すら融かす〈真竜撃エクス・ラ・ドラコ〉による砲火は女王喰蟲クイーンワームの体組織を内部から焼き切り。

 ぐらり、と女王の体が力を失って。


「おやすみ、クイーン」


 摩天楼の如き肉塊が砂漠に崩れ落ちた。大地が震撼する。衝撃は砂を吹き飛ばす風となって周囲を黄土色に染め上げる。

 リュートはそれらの砂煙を払って地面に降り立った。ルプスもトラックも無事だ。ただ、少しばかり灰幻竜ドラグーンっぽさを増した自分の姿に驚いているようだ。あとで説明しようとリュートは割り切る。いまはそれより、と。

 目を丸くするジトラへのほうへ一歩、前に出て。


「あの程度のパンチしか撃てないやつが──……なんだっけ」


 ジトラが悔しげに「うぐーっ……」と歯噛はがみする。

 砂喰蟲サンドワームたちの女王は、ちっぽけな一人の人造灰人ホムンクルスの前に沈んだのだった。






 ◆ Tips ◆

 多重投与アディション

〈ミュータント因子〉を再度投与し、変新へんしんのバージョンアップを行う奥の手と呼べるコード。人造灰人ホムンクルスの肉体はミュータントの性質を取り込めるようになってはいるが、段階的にしか因子を取り込めないように設計されている。そうでなければ急激に因子が細胞と結合し、ミュータントそのものになってしまうため。安全機構として一度では完全に変化ができないように設計されている。

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