第27話 ルプスの全力

 リュートは足を止めて肩で息をする。


「アァっ! くそっ、マジで疲れる……!」


 敵の包囲網をかき乱すようにして環状に走り回る作戦はうまいこと成功していた。小型のミュータントは蹴散らし、砂喰蟲サンドワームとの戦闘は回避する。トラックに敵が近づかないように牽制を続けた結果、包囲の環はゆるやかになっている。どの敵もリュートを恐れて近づけていない。


 ここまでは思い描いていた最高の状況。

 ひとつ誤算があるとすれば、己のスタミナ管理だ。通常ならば何分でも走り続けられる。しかし〈竜撃ラ・ドラコ〉を放って三匹もの砂喰蟲サンドワームほふったあとのリュートは、エネルギー切れをおこしかけていた。

 人造灰人ホムンクルスにとってのエネルギー、それは。


『燃料切れですね』

「ねん、りょう……」


 言い終わらないうちに咳き込んでしまい、言葉が紡げない。肩で息をする。両膝に手をおいて、倒れそうになる体を腕だけで支える。


砂喰蟲サンドワーム一匹なら問題なかったのに……三匹も相手したからか? なんでこんな疲れてんだ……)


『リュートは目覚めてからまだ一度も〈灰幻素グレージュ〉を補給してませんからね。当然と言えば当然です』


 人造灰人ホムンクルスの肉体になってまだ数日。リュートは己の体のことに詳しくなかった。いつ、どのくらいの量の〈灰幻素グレージュ〉を補給すべきかを知らなかった。自分の空腹に自分で気づけないという奇妙な状態だったが、己のキャパシティを体感するだけの経験を積めていない今のリュートには。激しい戦闘じたいが初めてだった。

 クロコが気を利かせて尋ねてくる。


『〈灰幻素グレージュ〉溶液を注入しましょうか』


 それは人造灰人ホムンクルス用に開発された液体で、〈灰幻素グレージュ〉の粒子を溶解させたもの。人造灰人ホムンクルスにとっては、車におけるガソリンと同じ。

 燃費が良いのが不幸中の幸いといったところで、注入する量も数ミリリットルほどで済む。

 リュートはぜえぜえと息を吐きながらうなずく。


「た……のむ……」

『了解、いま準備を──……』


 言いかけたクロコの言葉を遮るように影が落ちてくる。見上げれば砂喰蟲サンドワームの巨体。

 潰される、と思うよりも先に「トラックを守らなきゃ」という意識が働く。荷台の中のコンテナに〈灰幻病タナトス〉抑制剤が入っている。あれが無くてはサシャが救えない、と。

 だが砂喰蟲サンドワームは待たない。無慈悲に、無感情に、押しつぶすように巨体を傾けて倒れ込んでくる。それも大口を開けて。


「──あ」


 死ぬ。

 そう思った瞬間。


兵装起動ウェポン・アクティベート


 ルプスの声がして、顔を向ける。彼女は手甲を身に着けて、トラックを護る狼砂ローザたちの防御陣から出てきたところだった。

 その左手には手甲がついていた。ルプスの細腕に似合わないほどがっしりとした手甲。リュートはその兵装に覚えがある。

 実際に見たわけではない。知識だけでしか知らない。だが、存在は知っていた。ゲーム本編では序盤にて騎獣きじゅうのポルルクゥとともに失われてしまったはずのそれ。そしてこちらの世界に来たときに守ろうとしたそれの名は。

 ルプスが叫ぶ。


「──【餓砂髑狼ガシャ・ド・クロー】!」


 ルプスが手甲を天に掲げる。蒼い光を放って手甲の表面が剥がれていく。手甲が壊れた──わけではない。

 手甲と結合していたユニットが分離したのだ。ユニットは自律駆動によってルプスの周辺を遊星のように飛び回る。蒼い光が尾を引いて軌跡を描く。


 綺麗だ。


 リュートは戦場のど真ん中にいて、場違いな言葉を呟いてしまう。

 手甲から分離したユニットは二種類あった。剣の鍔の形をしたユニットが二対──合計四つと、コロコロとした円柱状のユニットが十二個。

 ルプスは牙剣デンサを構え、ユニットへ向けて唱える。


せ────〈波濤狼砂バトローザ〉」


 主の言葉に従って、砂に命が吹きこまれ、姿を見せるは狼の群れ。一頭二頭とたちまち増えて、その数およそ二十四。これではいつもと同じだが、しかしここから流れが変わる。

 ルプスが小さく呟く。


「行って」


 指令を受け、ユニットたちが空を駆けていく。目指すは倒れ込んで襲い来ようとする砂喰蟲サンドワーム。流星のように飛んでいくユニット。さらに、それを追いかけるようにして狼砂ローザたちも宙を駆けていく。見えない足場を踏みしめるようにして、自律ユニットと並走する。

 ルプスはさらなる指示を告げる。


団結ユナイト


 それを引き金に、自律ユニットと砂の狼たちは混ざりあうように溶けあうように、渾然一体となっていく。ユニットたちは砂の中にすっかり埋もれてしまった。地面からは次々に狼砂ローザが生まれ続け、群れを成し、自律ユニットと混ざっていく。

超越遺物オーパーツ〉という先史文明の叡智えいちの結晶と、法術アルテという新文明のことわりが手を結び。

 やがて大量の砂は生命としての形を吹きこまれていく。

 巨狼きょろうだ。

 二階建ての一軒家ほどもある体躯。

 狼砂ローザの群れはいま、一頭の巨大な狼と成って。


「喰らえッ!」


 ルプスの声に応じて、巨大な狼は牙を剥く。大剣ほどもある犬歯だ。それが光っている。光る牙だった。それが砂喰蟲サンドワームの喉元を襲う。砂喰蟲サンドワームの電車ほどもある胴がズパズパと噛みちぎられていく。否、鮮やかに切断されていく。


「痛いでしょ、プラズマソードの牙は」


 熱されたナイフでバターを切り分けるみたいに、砂喰蟲サンドワームの体はいとも容易く両断された。綺麗な切断面をした砂喰蟲サンドワームの頭が地面に落ちて、あたりを揺らす。

 巨狼きょろうは悠々と砂喰蟲サンドワームの死骸に片足を乗せて勝ち誇ってみせた。周囲を取り囲むミュータントたちへの威嚇を込めて、低く唸る。ミュータントたちは、じり、と二歩下がった。

 これが固有兵装ユニークウェポン餓砂髑狼ガシャ・ド・クロー】を用いたルプスの本気。『灰路彷徨グレイ・トレイル』のメインヒロインの全力だった。


「クロコ、リュートは平気!?」

『〈灰幻素グレージュ〉溶液の注入が完了しました』

「ようえき?」


 ルプスは「〈灰幻素グレージュ〉溶液」という単語に眉をひそめる。知らないのだ。なにせ〈灰幻素グレージュ〉溶液は先史文明の産物。それも人造灰人ホムンクルス専用に調整されたもの。

 クロコはそれを汲み取り、言い換える。


『リュートの回復まで30秒ほどかと』

「おっけー。じゃあ、今度はあたしの番だね。時間稼ぎするよ」


 リュートはうなずく。

 が、時間稼ぎ? とは思った。無論、歯が立たないという意味ではなく、むしろ逆で。


「ちゃっちゃと倒そうか。あたしいま、ちょーっぴり怒ってんだ」


 ルプスの目が据わっている。


(やば、ブチギレてる……こんなに殺意まみれのルプスは見たことないな)


 それもそのはず。いまはカクトス村の安全がかかった重要な局面、そのうえサシャへと〈灰幻病タナトス〉抑制剤を届けたいというのに邪魔をされている状況だ。その苛立ちをぶつけるようにルプスは狼を操る。

 巨狼きょろうは主の怒りを代弁するように百余りの砂喰蟲サンドワームたちへ牙を剥く。


 小気味よく首が落ちていく。ぼとぼとり、ぼとり、ぼとりと。

 巨狼きょろうが駆ける道に沿って、ミュータントの命が散っていく音がした。

 電車ほどもある砂喰蟲サンドワームと、一軒家ほどもある巨狼きょろうの大怪獣バトルは、あまりにも一方的な虐殺となる。


 同じ映像の繰り返しのように、群れを成す砂喰蟲サンドワームたちは首を落としていく。砂喰蟲サンドワームとて無抵抗ではない。だが、明らかにあらゆる判断が遅い。巨狼きょろうが現れてから威嚇をはじめるが、そのころにはすでに懐に入られ、食いちぎられている。


 明暗を分けているのは判断力の差。


 砂漠において絶対強者である砂喰蟲サンドワームは、それゆえに判断が遅い。遅くても生き延びられるから。自分のそばまで生物が来たところで全てはエサであり、警戒の必要性すらない。

 ゆえに愚鈍ぐどん。素早い判断をするだけの頭が育っていない。

 対する巨狼きょろうはルプスが制御している。どちらに軍配が上がるかは考えるまでもなく。

 砂喰蟲サンドワームたちは巨狼きょろうにみるみる駆逐されていった。


「……すげえ」


 息が整ってきたリュートはぼそりと呟いた。

 自分の使う〈竜撃ラ・ドラコ〉のように威力がありつつもド派手に放つだけの暴力とは違って、巨大で強い力でありながらも制御された力だ。威力としては〈竜撃ラ・ドラコ〉が勝っている。だが、一度で放出しきってしまうエネルギー砲とは違い、形を保った殺傷力は、より的確に敵を討つ。


(能力ってのは強い弱いなんて単純なものじゃなくて……それぞれ適した発揮のされ方があるんだな)


 リュートは己とは違うタイプの力をふるう〈終焉の紺碧エンズ・アズール〉の若きエースの実力に舌を巻く。


「リュート、どう? そろそろ動けそう?」

「ああ」


 人造灰人ホムンクルスの体ってのはつくづく便利だな、とリュートは思う。荒れていた息も、クロコの注入してくれた〈灰幻素グレージュ〉溶液を摂取すれば、ものの数十秒でたちまちに回復してしまう。


「そっか。あたしのほうは……そろそろキツイかも」


 ルプスの息が荒い。その症状はたったいまリュートが陥っていたのと同じで、短時間で大量の〈灰幻素グレージュ〉を消費したことによる急性疲労。


「〈灰幻素グレージュ〉切れか!」


 新人類であるルプスは〈灰幻素グレージュ〉に適応した生命。ゆえに体内を〈灰幻素グレージュ〉が巡り、それをエネルギーとして法術アルテを行使している。ゆえに使いすぎれば足りなくなるのは必然。

 そして血が足りないと貧血でふらつくように、体内の〈灰幻素グレージュ〉が足りなくなると急激な疲労感に襲われる。新人類のルプスだろうが人造灰人ホムンクルスのリュートだろうが変わりはない。


「クロコ、〈灰幻素グレージュ〉溶液をルプスに……」

『私の持つ溶液はルプスさんには投与できませんよ。人造灰人ホムンクルス専用にカスタマイズされたものですから』

「……そうなの?」

『そうです。たしかにルプスさんもガス欠を起こしているようですが……そうですね、たとえばリュートは私がバッテリー切れになったときに串焼きの肉を食べさせようと思いますか?』


 思わないな。肩をすくめて首を横に振る。


『それと同じです』

「なるほど……じゃあルプス、ここからは俺が引き受けるよ」


 といっても砂喰蟲サンドワームたちの数はすでに半数以下。小型のミュータントたちはその光景に脅えたのか、すでに壊走を始めつつある。群れは崩壊に傾いている。


「ルプスは万が一に備えて温存しておいて」

「うん……じゃあ、任せる……よ」


 ルプスは手甲【餓砂髑狼ガシャ・ド・クロー】を敵陣で暴れる巨狼きょろうに向ける。くい、と指を折り曲げて、「戻っておいで」と呟くと、巨狼きょろうはたちまち引き返し、砂の体を崩れさせながらこちらへ戻ってくる。その体躯は近づいてくるにつれだんだんと小柄になっていく。砂が落ちているせいだ。そうして、最終的には核となっていた自律ユニットのみがルプスの元へと帰還した。

 ユニットは手甲の外面に収まると、眠るようにして蒼い光を失っていく。

 ルプスは膝をついて息を整え始めた。


 戦果は上々。にしては充分すぎると言って間違いなかった。


「ありがとなルプス。あとは俺がなんとかする」


 リュートは、衣服もぼろぼろな姿でミュータントたちへと向き直る。残党を仕留めて〈灰幻病タナトス〉抑制剤を届けるために。

 だが。



「え~っ、どーしてこんなにやられちゃってるの~!?」



 アホっぽい幼い声がした。少女の声。

 声がしたほうにリュートたちの視線は一瞬で吸い寄せられる。この場に自分たちの他に誰かがいるとは思いもしなかった。だが居た。

 というより、


 砂漠のど真ん中にひし形の裂け目。向こう側が真っ黒な虚空にみえる、不思議な亀裂。

 風景画を描いたキャンバスに刃物で十字の切れ込みを入れてぱっくりと開いたように、空間が割れていた。裂け目はバヂバヂと音を立てて形を保っている。

 その虚空の奥より、小さな影が歩いてくる。


「誰だ!」

「え~、あんたこそ誰なのよ。ぼろぼろマスクマン」


 裂け目から現れたのは生意気そうな夢猫族フェリエの少女。

 〈黄金林檎の種ゴールデンアップル・シード〉の幹部が一人。

 ジトラだった。


「ちょっとあんたたち!」


 鋭い声でジトラが刺してくる。


「これ以上ウチの邪魔するってゆーなら、潰しちゃうんだからね!」


 衝突は避けられない。

 リュートは拳を握り締めた。







 ◆ Tips ◆

餓砂髑狼ガシャ・ド・クロー

 ルプスの固有兵装ユニークウェポン

 二種類のユニットで〈波濤狼砂バトローザ〉の補助を行い、大型の狼を作るのをサポートする。牙はプラズマソードになっており、〈超越遺物オーパーツ〉のなかでも屈指の切断能力を持つ。

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