第16話 きみがくれたもの
ルプスは頭のうえの狼の耳をぴょこ、と動かした。
遠くにリュートの声が聴こえたような気がしたのだ。それも、とびきり情けなさそうな声が。
(気のせい……だよね。いまごろ二次試験でミュータント退治してるはずだし。それとももう終わったかな?)
などと考え事をしていると、「ルプス……どうしたルプス」としゃがれ声がした。深く、重たく、渋い声。
声の発生元はルプスの目の前の机から。
より正確には、机に置かれた通信機からだった。
ここは〈
真っ白な部屋に鎮座する、部屋の半分を占めるほど大型の真っ黒な機械──〈
声の主に、ルプスは詫びを入れる。
「ごめん、団長。ちょっと考えごとしてた」
「珍しいな。お前がうわの空になるとは」
ルプスはリュートを、出会ったときの金属パンツ姿を思い出してしまい。
「ふふ、ちょっとヘンな入団志願者がいてさ。いま加入試験に行ってるんだ」
「ということは、お前じゃなくてディディが試験してるのか」
通信の向こうの男──団長は瞬時にそう返した。
ルプスが「いま加入試験に行ってる」と言ったのを受けて、いまカクトス村に滞在しているほかの団員の顔ぶれをパッと思い出し、ルプスのほかに加入試験の試験官を務められる
「さっすが。話が早いね、団長!」
「お前はどうしたんだ。あいつよりはお前のほうが適任だろう」
「あたしは遠征から帰ったばっかりでやること多くてさー。村長たちに〈
お腹減ったあ、とルプスは椅子のうえでぐったりとする。尻尾も元気なくへたっている。
「お前さんのことは心配しとらん。ちびっこいときからお前さんは真面目だったからな。真面目すぎて心配なくらいだった」
「そうだっけか? 憶えてないや」
「三つのころだったか。コロニーを襲ったミュータントに一歩も引かずに立ち向かって……戦うでもなく、『ここはあたしたちのおうちだから勝手に入ってくるのはいけないと思います』などと話しかけていただろう」
「う……まって、そんなハズかしいこと言ってたの?」
「ありゃあ、ただの真面目じゃなくて……そうだな、ズレ真面目とでもいうべきかもしれないな」
「なにさ、ズレ真面目って」
ルプスはむぅと頬を膨らませる。
「あのときのお前は……舌足らずで、いっしょうけんめいで。うむ、あれは可愛かったなあ」
「ちょっともー、やめてよ団長! 恥ずかしいこと思い出させないで!!!」
二人の会話は年の離れた親子のよう。事実、ルプスは幼子のころに“団長”に拾われて育てられていた。
「まあ、気にするな、ルプス。
「そういうもんかなあ?」
「そういうものさ。その志願者はどうだ、ズレてるか?」
「んー……」
ルプスの脳裏に金属パンツ姿のリュートが再び現れる。
(まあ、最初に会ったときの見た目が変態なのとか、培養ポッド生まれっていう先史文明がらみの出自もヘンなところだけど……いちばんズレてるのは性格かなあ? 能天気というか……この〈ネオ〉の大地で生まれたとは思えないくらい警戒心がないというか)
「……うん、ちゃんとズレてる。それでいて
「そうか。なら、よい
「ん? なにか気になる?」
「いや、お前の口から“いいひと”などと聞くと、そろそろ結婚する歳かと思ってな」
「ば、ばかなこと言わないで! あたしとリュートはそういうのじゃないんだから!」
ルプスはディディにからかわれたことを思い出して口早に否定する。
「む、その志願者、さては男か? やけに焦った言い方……まさか本当に
「だあああもう! その話はおしまいっ! 切るよっ!」
「待て、まて。最後に一件」
なにさ、とルプスは荒っぽい口調で尋ねる。
「頼まれていた薬の件だが、〈
「直撃した? 誰か被害に遭ったりは……」
「ない。だが、迂回せざるを得なくてな。薬が届くのは十日後……早くても一週間ほどかかるだろう」
「わかったよ。患者さんには月に一度のを二週間前に服用してもらったばっかりだし、なにも起きなければ平気だと思う」
「うむ。……それはそうと、本当に結婚をするわけじゃn──……」
「だぁあああ! もうしつこいっ! 切るっ! じゃあね!!!」
勢いに任せて立ち上がり、通信を切る。はーっはーっと肩で息をしていると、支部の戸口のほうからルプスを呼ぶ声がする。村の女性だ。
「ルプスちゃーん。ディディさんがナントカって男の人を連れて帰ってきたってー」
「はーい、いま行きますー!」
大きな声で返事をしてから、椅子にかけていたマントをばさりと羽織る。マントの背中には大きな紋章が堂々と描かれている。青い糸で編みこまれた水瓶の意匠。
それは〈
マントは、クランメンバーに渡されるいわば制服だ。
「リュートのぶんは用意することになりそう……かな?」
ルプスは呟きながら荷物をまとめて、支部をあとにする。並んでとなりを歩く村の女性は嬉しそうな顔で言う。
「ディディさんったら、宴を開くって張り切ってたのよ。なんとかって子のことを、最強の
「へえ!」
いま向かっているのはその宴の会場らしい。どうやらリュートは二次試験に合格したようだ。
それにしても、とルプスは考える。〈
「でもねえ……私はちょっと不安で」
と、村の女性は伏し目がちに言った。
「うん? どういうこと?」
「ほら、その男の子ってよその村の人じゃない? だから、その、風習が私たちと違うのかもしれないから強く言えないんだけど……でもさすがにちょっと私には理解ができないっていうか……」
女性はもごもごと判然としないことを言うので、ルプスは重ねて尋ねる。
「もしかしてリュートがなにか変なことした?」
「私も直接見たわけじゃないのよ? ただ、話に聞いただけなんだけど……全裸に金属のパンツを穿く趣味がある? らしくって」
「えっ」
ルプスは女性の話に首を傾げる。たしかに初めて会ったとき、彼は全裸に金属パンツを穿いた姿だった。けれどそのことは村人たちには話していないはず。ディディには話しただろうか、細かいところまでは憶えていない。
だが、一つ言えることがある。
「ま、まあ安心してよ。たしかに彼はそういう格好をしていたこともあったけど、それは着るものが無かったからそうしてただけで、ずっと全裸に金属パンツなわけじゃないよ。彼は変態じゃないから!」
「本当……? まあ、ルプスがそう言うなら……」
「大丈夫だよ。村のなかで金属パンツ姿になるやつがいるわけないでしょ!」
ルプスは、自信たっぷりに村人へ語りかけながら宴の会場だという村の寄り合い所へと足を踏み入れる。床に広げた大皿料理を囲う村人たち。その中心に──……
全裸に金属パンツを穿いて正座するリュートがいた。バッチリと目が合う。
「やっぱり変態じゃないかっ!!!!!」
「ぎゃーっ! ルプス!!!! 違うんだこれは!!!」
「なにがちがうのさ! 信じたあたしがバカだったよっ!」
* * *
リュートはバンザイのポーズで全面降伏。ルプス陛下へとしょぼしょぼ事情を語る。すると、活火山のごとき勢いで顔を真っ赤にしていたルプスは、ひとまず休火山にはなってくれた。まだポッポッと頭から噴火の名残がふきあがっているようにもみえるが、語気は落ち着きをみせていた。
「もうっ、服が消し飛んだのはわかったけどさー」
ルプスがリュートの隣へドスンと座る。
「いまだに金属パンツ姿な理由は?」
「それが……ディディが俺のことを『そういう風習で育った』ってフザけて紹介したのが村の人たちには信じられちゃって」
「~~~っディディのばかぁ~~~……!」
あとでゲンコツだな、とルプスは拳を温める。
「……わかったよ。じゃあ、これを着ておきなよ」
ルプスが着ていたマントを脱ぎ去る。ノースリーブ姿になったルプスに、リュートはきゃあ、と喉の奥で悲鳴をあげる。だが、ルプスはそんな反応は気にも留めず、リュートのほぼ全裸な格好を隠すようにばさりと被せてくれる。
肌寒かったのに、いっきに温もりにつつまれた。
「えっ、えっ?」
リュートは動揺した。憧れのヒロインのマントを着せてもらって慌てない男がいるだろうか、いやいない。
本当に自分が身に着けていいのかと目で尋ねると、ルプスは肩をすくめた。
「ずっとそのままのカッコで居るわけにもいかないでしょ。それに」
「それに?」
「ちょっと早いけどあたしからの入団祝いってコトで。がんばったね、リュート。これであたしと同じ〈
「え……!」
認めてもらえた。これはその証ということ。そんな考えが浮かんで、リュートは感極まって瞳を潤ませる。
「ありがとう。俺、大事にするよ」
「ふふ。ただの制服だよー? そんな喜ばれるとくすぐったいな」
「ただのじゃない、ルプスがくれたっていうのが嬉しいんだって」
「そういうもんかな」
「そういうもんだ」
ま、いいやとルプスは目の前の大皿に手を伸ばすと、肉と野菜の乗っかったピザ(のようなもの)をひょいと渡してくる。チーズがたっぷり乗っかったところを受け取ると、ルプスも自分のぶんを手に取った。
「改めておめでとう、リュート。これからは同じ
「ああ、こっちこそよろしく!」
杯を酌み交わすように、二人はピザを掲げて合格を祝うのだった。
◆ Tips ◆
オアシスの水質を保つための先史文明の〈
_____
ここまでお読みいただきありがとうございます!
第一章はここで折り返し。以降はさらに物語が進んで世界は広がっていきます!
「これからもっと面白くなりそうだぞ!」「ルプスとの絡みをみたい!」と思っていただけた方は、作品のフォロー・★★★評価などをしていただけると、続きを書く励みになります。
なにとぞ、よろしくお願いいたします!
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