おじいちゃんの無口な愛
いつも無口な僕のおじいちゃん。
遊園地に無理やり連れて来られた、僕のおじいちゃん。
嫌がってるんだから、放っておけばいいのに。
僕とお父さんとお母さんとお兄ちゃんとおばあちゃんだけで遊べばいいんだから。
でも、無口なおじいちゃんが遊園地に無理やり連れて来られた理由も、おじいちゃんが頑なに拒否し続けずに仕方なく来ることにした理由も“僕”だった。
「じゃあ和真、おじいちゃんと待っててね」
「うん」
遊園地には、僕が楽しめるものが少なかった。
お兄ちゃんは怖いもの知らずで、身長制限がない限り何でも乗りたがった。
というより、身長制限があってもどうにかして乗ろうと試みるくらいだ。
お父さんとお母さんも僕に遠慮せずに遊園地を満喫したがったし、おばあちゃんまでも久しぶりに来たという遊園地を満喫したがった。
二十年ほど前、まだ小さかったお母さんを連れて家族で来たらしく、そこからの遊園地の進化にとにかく驚いてた。
「おじいちゃん、ごめんね」
お兄ちゃんたちが乗るジェットコースターを見上げながら、僕は一応謝った。
万が一おじいちゃんもおばあちゃんと一緒に遊びたかったら困ると思ったからだ。
「どうして謝る?」
おじいちゃんが疑問形で返してくるのは珍しくて、僕は怖気づいてしまった。
「だって、僕のせいで仕方なく来ることになったと思うし。待ってなくちゃいけないから」
おじいちゃんは孫の僕に対して、声のトーンを変えることはなかった。
今も、これまでも。
「じいちゃんは楽しいから、心配するな」
確かに声のトーンは変わっていなかった。
でもその言葉が含む温かみのせいか、いつもよりも優しく届く声だった。
「おじいちゃん、今楽しいの?」
「楽しいよ」
どういうところが楽しいのか聞きたかったけれど、いつも無口のおじいちゃんとの会話にしてはもう長すぎた。
僕はそこで一旦会話をやめる。
おじいちゃんはまた、いつものように黙り続けた。
僕はこっそり、おじいちゃんを観察していた。
それは、今だけではなくこれまでもずっとそうだった。
おじいちゃんは僕にとって、何だか気になる存在だったのだ。
多分、もう一人のおじいちゃんとか親戚のおじちゃんたちと違いすぎていたからだと思う。
無口で、何を考えているのか分からなくて、よく言えば寡黙だけど愛想がないとも言えた。
でも孤立している風ではなく、寂しそうでもなく、むしろ男として格好良かった。
おじいちゃんに会った次の日の学校では、おじいちゃんのように無口な男を演じてみることもあった。
まあ、二時間目くらいにはもう普段の僕に戻ってしまうのだけど、それでも真似したくなってしまう存在だった。
つまりおじいちゃんは僕にとって、格好良い孤高の男として映っていた。
ジェットコースターを眺めるおじいちゃんは、やっぱり何を考えているのか分からない。
それに、無表情のくせに今を楽しんでいるというのだから、余計に分からなかった。
まさか僕とこうしてるのが楽しいとも思えないし、そうだったらそれはそれで有難いけど、それは僕の憧れるおじいちゃんとは違う気がした。
「あ、お兄ちゃんだ」
ジェットコースターを乗り終えたお兄ちゃんが、僕らに向かって走り出した。
よほど楽しかったらしい。
かなりテンションが高そうだった。
お兄ちゃんの次に見えたのは、おばあちゃんだった。
おばあちゃんは満面の笑みで僕らに手を振ってきた。
おばあちゃんもよほど楽しかったみたいだ。
僕はおばあちゃんに手を振り返す。
そして、何気なくおじいちゃんを見た。
「⋯⋯おじいちゃん?」
そこには今まで見たことのない、孤高とはまるで対極にある穏やかで柔らかいおじいちゃんの笑顔があった。
自分に向かって来る妻を愛しく見つめる、おじいちゃん。
今まで一度も見たことのない眼差しだった。
先に到着したお兄ちゃんはベラベラと、ジェットコースターの感想と魅力を語った。
でも僕の耳に、その内容は入ってこなかった。
おじいちゃんの元に辿り着いたおばあちゃんは、おじいちゃんを見上げて言った。
「あなた、もしかして一緒に乗りたかったの?」
僕は心の中で、
「おばあちゃん。そうじゃない、違うよ」
と囁いてみる。
その時、お父さんとお母さんもこっちに向かって来た。
何だか二人も楽しそうだった。
僕らが生まれる前には、遊園地デートもしたのかな?
今より若いお父さんとお母さんを一瞬だけ、想像してみた。
おじいちゃんは
「楽しかったか?」
と相変わらずの声のトーンでおばあちゃんに訊いた。
「ええ、とっても。私、若返った気分よ」
僕はおじいちゃんが笑顔になりながらも、その笑顔を必死に隠そうとしているのに気づいた。
「そうか。もっと乗って来たらいい」
僕は心の中で、
「おじいちゃんの意外な一面、見つけちゃった!」
と少しだけ騒いでみた。
「あなたは乗らないの? 次は一緒に乗る?」
おじいちゃんは首を横に振った。
「待ってるから、楽しんでおいで」
おばあちゃんは頷いて、微笑んだ。
「あなたと和真、何だか似てるものね。口数ってことじゃなくて、空気感が似てる。和真と待ってるのがあなたにとってはジェットコースターより楽しいのね」
僕はまた、
「おばあちゃん。そうじゃない、違うよ」
と心の中でさっきよりボリュームを上げた声で囁いてみた。
僕はおじいちゃんが何と答えるのか期待した。
それなのに、そのタイミングで
「和真、お待たせ。ごめんね」
とお母さんが声を掛けてきた。
「今度の休みは、和真の行きたいところに連れて行くからな」
お父さんは僕の前に立ち、僕の視界からおじいちゃんを隠してしまった。
「僕は楽しいから心配しないで」
そう言いながら、お父さんを避けておじいちゃんの方を見る。
そこには、普段通りのおじいちゃんが立ってた。
笑顔はもう隠されてる。
おばあちゃんは、いつものようにニコニコしてた。
僕はおじいちゃんが何と答えたのかを聞き逃してしまった。
おじいちゃんは何と答えたのだろう。
まさか、僕と待ってるのが楽しいなんて嘘、ついてないよね?
本当のことをおばあちゃんに伝えられたのかな?
おばあちゃんが楽しんでるのを見るのが楽しいんだって、伝えたかな?
それとも、あれかな⋯⋯
無口なおじいちゃんにとっては、伝えないことが愛なのかな?
遊園地でおじいちゃんの秘密、見つけちゃった。
おじいちゃんは、おばあちゃんのことが大好きだってこと。
夫婦なんだから当然と言えば当然なんだけど⋯⋯
でも無口なおじいちゃんは、普段はそんな風に見えないから。
遊園地ではしゃぐおばあちゃんを愛しく思ったのかな?
若い頃のことを思い出したのかな?
非日常が日常の大切さを教えてくれたのかな?
それとも、もしかして⋯⋯
僕が成長しただけなのかもしれない。
おじいちゃんがおばあちゃんを愛しく見つめてることに、気づけるようになった僕。
お父さんとお母さんの若い頃を想像しかできないみたいに、おじいちゃんとおばあちゃんだけの物語を決して知ることができないと気づいた僕。
おじいちゃんの観察を続けた努力が今日、報われたんだ。
まあ、ただ好きで、観察してただけなんだけどね。
おじいちゃんは孤高の中に、おばあちゃんを大切に抱えているんだ。
きっと、そうだ。
そして僕は無口なおじいちゃんの孫だから、その無口からおじいちゃんの本心を察せるようになったんだ。
全てを知ることはできないけど、少しは分かるように成長したんだ。
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