第3話 生き残りを探して

 朝の光が薄暗いモール内に差し込む中、希は地面に映し出された地図映像を眺めていた。トワの手のひらから照らされた地面には、かつての町の区画が鮮明に浮かび上がる。


「ここが現在私たちがいるモールで…こちらが学校、そしてこの周辺が住宅地です」


 トワが指を指しながら地形を説明する。


「どっちから行こうか?学校は設備が残ってるかもだけど、住宅地の方が人がいそうな気がするな……」

「物資調達等も行うならば学校が適していますが、生存者発見を第一とするならば住宅地の方が確率が高いと思われます」


 物資は多いに越したことはない。特に食料が残っているのなら早めに回収して管理をしておきたいところだ。けど生存者だって見つけたい。それはもう、いち早く。


「う〜ん…………よし。トワ、ここはじゃんけんで決めよう。私が勝ったら住宅地。トワが勝ったら学校。いい?じゃ〜んけ〜ん……」


 悩むくらいなら運に全てを委ねようと、希は拳を前に出して振る。

 トワは一瞬その動きを理解しようとするかのように間を空け、すぐにその場に応じようとしたが僅かに遅かった。


「……じゃん、け……」

「ぽん!ふふ、はい、私の勝ち!」


 タイミングをあわせないまま始めたじゃんけんは、まだ拳を振っていたトワに希がパーを出すことで決着した。トワは驚いたとでもいうように数度瞬きをした後、不服そうな顔を希に向ける。


「……希さん、じゃんけんの流れが完了しておりませんが、強制的に決行されました」

「まだまだだねえ、トワ。じゃんけんはスピード勝負だよ?いつでも勝負を仕掛けられてもいいように備えとかなきゃ。さあ、決まったことだしさっそく住宅地に行こう!」


 希が満足げに宣言すると、トワは少しだけ間を置き、諦めたように言葉を続けた。


「承知しました。次回までにじゃんけんへの対策プログラムを構築しておきます。今回は希さんの勝利ですので住宅地に向かう計画に従いますが、この判断が合理的かは保証しかねますので……」

「はいはい、合理的かどうかは行ってから決めよう!」


 さあ準備準備!と、トワの背中を叩き、希は荷物をまとめ始めた。



 ◇‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌‌‌‌ ‌ ◇‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌ ‌‌‌‌ ‌ ◇



 静寂の中を1時間弱歩き続け、目的地である住宅地にたどり着いた。そこにはかつて人々が生活を営んでいたはずの家々が並んでいるが、そのどれもが古び、窓は割れ、草木が生い茂っている。


「ここが……住宅地」


 希は立ち止まり、目の前に広がる光景を見渡した。冷たい風が頬を撫で、枯れた木の葉を道端で転がしていく。人々の生活をより感じる住居だからか、他のビル街よりも一層寂しく感じられる。


「当時の記録によると、この地域には約二百世帯の住居が存在していました。地盤も安定しており、住宅の強度も当時の基準以上のものが多いです。人間が生き延びられる可能性は十分ありますが……」

「肝心の人影が……ちょっと希望薄いかもなあ」


 希は軽く肩をすくめてから住宅の一つに向かい歩き出す。


「とりあえず、何か手がかりがあるかもしれないし見て回ってみようか」


 トワは無言で頷き、希の後を追う。

 1軒ずつ家屋を覗き見ながら住宅地を歩き続ける。強度のある住宅が多い、とトワは言っていたものの、ビルやショッピングモールに比べると木造のものが多いからかビル街よりも建物の崩壊が激しかった。野生動物の巣になっているところも多く、人が住むにはだいぶ無理がありそうだ。


「希さん」


 不意に名前を呼ばれ希はトワの方へ振り返る。トワは


「この先からアンドロイドの生体反応があります」

「アンドロイド……って、とわと同じ?」

「同種機体であるか現段階では判断不能ですが、こちらからの通信に応答がない事から、規定された行動のみを行う旧型アンドロイドの可能性が高いと推測します」


 その言葉で微かに鼓動が早くなる。人間では無いが、確かに人間に繋がるものがすぐそこにある。そう思ったら、頬が緩んでしょうがない。


「トワ、行こう!アンドロイドのとこ!」


 そう言うと希は返答も待たずにトワの腕を引き走り出す。


 古びた家屋が並ぶ通りを抜けて着いた家は、周りに比べて庭も建物も大きく立派な、お屋敷と呼べるようなものだった。最も今は、お金持ちの立派なお屋敷というよりか、今にも何か出そうなおどろおどろしい幽霊屋敷に近いが。


「……ほんとにここ?」

「はい。この家屋で間違いありません」


 無慈悲な回答に希ははあ、と溜息をつく。アンドロイドや人間には会いたいが、幽霊に会うのは絶対にごめんだ。未知なる存在ほど怖いものは無い。


 トワを前に歩かせながら恐る恐る屋敷の中へと入っていく。

 玄関から続く長い廊下を歩いていると、かすかに機械が動作するような音が聞こえ始めた。二人は一歩、また一歩と音のする方へ進み、辿り着いた半開きの扉をゆっくりと開く。ぎいぃ、という軋んだ音とともに目に入ってきたのは、広々としたリビングの中心で佇む一台のアンドロイドの姿だった。

 そのアンドロイドにはトワと違い人工皮膚がなく、剥き出しの機械部分が無機質な光を反射していた。機体は、おそらく長い年月メンテナンスされていないのだろう。少し動くたびにキュルキュルと金属の擦れる不快な音を響かせている。


 希はアンドロイドの姿に目を細め、少し警戒しながらトワに尋ねる。


「……トワ、あの子と話せそう?」


 トワはそのアンドロイドに数秒間視線を向けた後、静かに答えた。


「試みてみます。おそらく音声応答機能は残っているはずですが、システムが劣化している可能性があるため、完全な会話が成立するかは不明です」

「わかった。お願い」


 希が頷くのを確認し、トワは室内へと足を踏み入れる。そして、金属の音をたてる古びたアンドロイドに向けて静かに話しかけた。


「こちらは生活サポートアンドロイド・コミュニケーションモデルE3001型、識別名・トワ。応答を」


 しばしの沈黙が続いた後、古びたアンドロイドがぎこちなく動き出した。その機械音声はかすれ、電子音が混じっているが、わずかに応答の兆しが見られる。


「……通信…………アンd*.--ロイド、名……ふめい……作業、継**-,~続……」


 アンドロイドの言動が気になった希はトワの隣まで行き声をかける。


「作業、って何の作業をしてるんだろう?」

「旧型のプログラムに従って、かつて割り当てられた役割を遂行し続けていると思われます」


 そう言われ、アンドロイドの周囲をじっと観察してみる。手にはドライバーを持ち、足元には電源部が剥き出しのまま転がった床掃除ロボット。さらに、その周囲にはゴミに混ざって電線や小さな部品が散らばっていた。


「……もしかして、このお掃除ロボを直したい……とか?」


 希の言葉を聞いたトワはアンドロイドを見て分析を始めた。


「確かに、ロボットの修理を行っていた可能性が高いですね。所有者からの最後の命令だったのでしょう。しかし、必要部品の不足やアンドロイド自体の動作不良のため完了には至っていないようです」

「そっかあ……それでもこの場所にずっと残って、役目を果たそうとしてたんだね」


 ほっとけないなあ、と小さく呟く。ボロボロになっても持ち主の命令を果たそうと動き続けている。それがプログラムだということはわかっていても、従順で健気なこの子を助けてあげたいと思ってしまうのだ。


「このアンドロイドは動作継続の限界に近い状態です。あと数日で機能が停止するでしょう。どうしますか?」


 希はアンドロイドの頭にそっと触れた。アンドロイドは特別反応することもなく、静かにその場で揺れ続けている。


「トワ、直してあげよう。お掃除ロボも、アンドロイドくんも」


 希はトワの顔を覗き込み、にいっと笑みを浮かべた。その表情に、トワはわずかに眉を上げ冷静な口調で答える。


「了解しました。修理を試みます。可能な限り動作の回復を目指しますが、部品が不足しているため完全な修復は保証しかねます」

「いいよ。やろう」


 トワは小さく頷くと、足元に散らばっている部品をひとつひとつ見定め、使えそうなものを集め始めた。希もそれに続き、部屋の中から使えそうな部品を探す。埃をかぶった棚を開けると、中から工具箱が出てきた。鈍器のように思いそれを取り出して中を見れば、アンドロイドの型番ごとにコードやネジがまとめられていた。購入したアンドロイドたちの予備パーツだろうか。古い型番のものも取っておくなんて、よっぽど几帳面な人だったのだろう。


 希は工具箱をトワのところまで運び、二人でアンドロイドの首元で型番を確認しながら壊れたパーツを慎重に取り替え始めた。アンドロイドの体はまるで応えるかのように時折動いたり、キュルキュルと不快な音を立てた。


「大丈夫。もうちょっとだけ辛抱してね。もうすぐまた動けるようになるから」


 トワが淡々とした動作で修理を進めていく中、希の励ましの言葉が部屋に響く。アンドロイドの目元にある小さな光が、わずかに揺れたように見えた。


 夕方になり、外から差し込む赤い夕陽が室内を照らす頃、アンドロイドと床掃除ロボの修理がようやく完了した。希は安堵の表情を浮かべ、トワと共に成果を見届ける。


「こちらは生活サポートアンドロイド・コミュニケーションモデルE3001型、識別名・トワ。応答を」


 トワが再び通信を試み、アンドロイドに向かって静かに話しかける。数秒の静寂が続いた後、アンドロイドのアイカメラにゆっくりと光が宿り、低く機械的な駆動音が響いた。


「…………通信……応答……こちら、生活サポートアンドロイド・家事モデルB0203型、識別名…………リーン」


 その機械音声に、希はわぁ!と喜びの声を上げた。トワは冷静にアンドロイド──リーンに向き合い、続けた。


「リーン、応答感謝します。こちらの丸型床掃除ロボットYR320の修理を完了したことを報告します。受け取りをお願いします」


 淡々としたアンドロイド同士の通信が、静かな室内に響く。その様子を見つめる希の胸には、何とも言えない温かな感情が込み上げてきた。朽ちかけた場所に立ちながら、役目を果たそうとする二体の機械が並んでいる光景に、かつての人々の生活がほんの少し蘇るような気がしたからだ。


 リーンはぎこちない動作で体を揺らし、修理が完了した床掃除ロボットにそっと手を伸ばした。そして電源を入れると、ロボットは小さな動作音を立ててゆっくりと回転を始めた。


「床掃除ロボットの正常な動作を確認。トワ、代理での修理作業感謝致します」


 トワよりもさらに機械的で無表情なはずのリーンが感謝を伝えるその顔に、わずかに嬉しさのようなものが感じられた。希はその様子をじっと見つめ、ふとトワに顔を向ける。


「ねえ、トワ。リーンと一緒に拠点帰れない?」


 期待を込めて尋ねると、トワはリーンに向き直り、確認を取るように冷静に問いかけた。


「リーン、アナタはこの場から離れることは可能ですか?」

「…………申し訳ありません。私は主人の命令が無い限り、この場から離れることができません」


 リーンは一瞬の間を置き、少し乱れた音声で返す。その定型的な返答に、希は口ごもりながらも尋ねた。


「どーしてもダメかな?ここにお掃除ロボくんと2人だと寂しいし……それに君のご主人が……その……帰ってくるのかわからないよ?」


 リーンのアイカメラがわずかに光を揺らめかせ、何かを思い出すように数秒間沈黙した後、静かに答えた。


「仮に主人が……死亡していたとしても、私はこの場にて帰りを待つよう命じられております。命令に従うことが、私の最優先行動です」

「ご主人を探しに行く、とかでもだめ?」

「……申し訳ありません」


 希はその言葉に深く唸り、リーンの姿を見つめた。


「……そっか。ごめんね、無茶なこと言っちゃって」


 リーンはキュルキュルと返事代わりというような機械音を立てる。これからの長い長い時間、帰るのかわからない主人を待ち続けるリーンの姿を想像し、希の心にはどこか切ない感情が沸き上がってきた。けれどこれ以上わがままを言う訳には行かない。役割を果たそうとするリーンの意志を無視して無理やり連れていくことは希の意に反する。


「希さん、日没前に拠点に帰るのでしたらそろそろ出発をした方がよろしいかと」

「もうそんな時間!?ホントだ外暗くなりかけてる。じゃあ早いとこ帰ろっか」


 日帰りのつもりで軽装備で来ていたため、夜道を歩くとなると少々面倒だ。二人は荷物をまとめて玄関へと向かう。リーンはお見送りと言って二人の後を着いてきてくれた。


「またおみやげ持って会いに来るよ。あ、それから、もし人を見かけたら私たちのこと教えといて欲しいな。ここから西にある大きなショピングモールに人がいるって」

「了解致しました。人間を見つけた際には必ず貴女方のことをお伝えいたします」


 リーンは小さくうなずき、どこか柔らかな声で応えた。


「またお二人に会える日を、お待ちしております」


 後ろから聞こえる音声に、手を振って応える。


 夕陽に照らされる廃墟の住宅街を背にしながら、希とトワは静かにその場を後にした。人ではない、けれど確かに自分たちと同じこの世界の生き残りを残して。


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永遠の希望を よもぎ望 @M0chi_o

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