プロローグ

第1話

 三橋咲楽みはしさらという女性は、端的たんてきに言うならば「女王様」である。

 あるいは「咲楽様」と様付けが似合う彼女の職業は、モデルであり女優であり歌手といった、いわゆるマルチタレントだ。


 母親は、子役時代から一世を風靡ふうびした大女優。人気全盛期に知り合った男性と電撃結婚、そのまま引退。その後一切テレビには出ていないだけに、伝説化されている女優でもある。

 その夫、咲楽の父親は投資家であり、毎年世界の長者番付100位以内に入るほどの人物。


 そんなふたりの子である咲楽だ。幼少期は「お姫様」とひょうされ、成人すると「女王様」と呼ばれるように。


 だが咲楽は、ただの我が儘な女王様ではない。親の七光りは一切受けず15歳で芸能界へ飛び込み、22歳に成長した今は170センチでグラマラスリムなスタイルと白い肌、豊かな黒髪で世の男性陣を魅了。奔放ほんぽうな性格も魅力的だと、注目を浴びるようになった。


 それだけなら気位の高い女王様で同性からは嫌われそうなものだが、バラエティー番組では笑いもとれるほどトークも達者。頭から粉をかぶって全身真っ白なんて当たり前で、芸人顔負けの根性も見せているだけに、老若男女問わず絶大な人気を持ち。異性との浮名も数知れず、ワイドショーや週刊誌を賑わせてくれるものだから、芸能界になくてはならない女性になっていた。


 その咲楽と同時代に、伊勢谷博士いせやひろしという男もいた。

 年齢33歳、職業は数学者。父親もかなり著名な数学者であり、母親も数学の教員として現役という数学一家の生まれ。彼自身も、これまで解けないとされていた数式を独自の方法で解けるといった論文を発表し、その界隈では大きな話題となった。


 世界でも有名な数学誌にコラムを持ち講演会にも呼ばれるほどで、世界中の数学者たちからは一目置かれる存在なのだが、世間一般的にはまったく有名人ではなく。

 数学一筋で生きていると本人も認めているせいで、のっそりとしたおじさんかと思いきや。高身長、高学歴で、なおかつ見た目も良いという意外性。


 となれば、伊勢谷が名誉教授として籍を置く大学の学生たちに人気がありそうなものだが、口を開けば毒舌なため、大学内の裏庭に用意されている仕事場は「魔の巣窟そうくつ」と呼ばれ、学生は滅多に寄りつかない。尊敬されてはいるが畏怖いふもされている。それが、伊勢谷博士いせやひろしという男の評価であった。


 そんなふたり。

 本来、まったく接点はないし出会うはずもなかったのだが。伊勢谷がとあるお硬い勉強番組にアドバイザーとして協力するためテレビ局を訪れるようになったことで、まさかの接点が出来上がっていた――。

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