髪を切る理由

私を好きじゃない光輝には会いたくなかった。


私じゃない人といる光輝は見たくなかった。



あれからずいぶん時間が経って、もうなんともないと思っていたのに



私は未だにあんな事を思っていたんだ。



自分でも知らなかった。



巧実さんを大事に思っているのに


変なの。






「天城ちゃん!」

「おう、遅かったな」

「先生がピアノ見てくれたから、ごめんね」


夕方、天城ちゃんは迎えに来てくれた。


「寒いね

 天城ちゃんずっとここいたの?」

「まさか、学食で仕事してた」

「ごめんね待たせて」

「今日巧実さんは?」

「早く帰れるって言ってた

 夕飯食べに来る?作るの巧実さんだけど」

「夜は忘年会〜」

「巧実さんもだけど多いね」


「買い物行こうぜ、まだ時間あるし〜」

「うん」


私の重いリュックは天城ちゃんが背負ってくれて、歩いてのんびり渋谷へ向かった。


「どこもかしこもクリスマスだね」

「俺クリスマス出張」

「それ笑う〜」アハハ

「笑うな、ニューヨークだし」

「え!なんか羨ましい!

 クリスマスのニューヨークとか!」

「だろ」


クリスマスはクッキーでも焼こうかな。

ケーキは一人じゃ無理だし。

巧実さん何か欲しいものないのかな。

まさか忘年会とか出張とか入らないよね。

チキン焼いてくれるって言ってたし、一緒にツリー飾って、クリスマスの映画見ながらいつもみたいにまったりして。


そんなクリスマスを思い描くのに


よぎってしまう



昨日目の当たりにしてしまった


私の知らない光輝




家でクリスマスを過ごしたのは2年前。

次の年は好きな人と過ごしたのかな。

あの人なのかな。



ずっとずっとクリスマスは光輝といるものだと思ってた。



鮮明に思い出してしまうあのクリスマス。



もう忘れたはずだったのに。



「スズっころ?どした?」



光輝の匂いがかすめたあの瞬間、色んなものが溢れ出してしまったような感覚だった。



巧実さんが帰ってきたのわかってたのに



顔を見れず寝ているふりをしてしまった。




「そうだ、水筒買わなきゃいけないの」


「水筒?んじゃ雑貨屋?」

「うん」


水筒が売ってありそうな雑貨屋さんを探し、見ては出て、また歩き。



「スズっころどした?

 お前今日なんか変だぞ」



私はそこで立ち止まってしまった。



クリスマスリースが可愛い美容室の前



なんでそう思ったのかわからない。


失恋して髪を切る。


そんな話を知ったのは漫画だっけ。



失恋したのは2年も前なのに




「天城ちゃん、髪切りたい」




「はい?」




巧実さんは、長い髪が好き?


光輝は長い方がいいと言った。

髪を撫でるのが好きだった。

キスする時は髪に指を通した。




巧実さんはキスをしてくれない




「ちょ…え?どうした?」



泣きそう



「髪切る…」




「うん、わかった」




通りかかった可愛い美容室は、予約がいっぱいで飛び込みでは切ってもらえなかった。

そしたら天城ちゃんが、いつも行くとこに連れて行ってくれると言った。

天城ちゃんはオシャレさんだから、カリスマ美容室に行ってるのかもしれない。


渋谷から少し戻った。


「うちあそこ」

「え、あの白いやつ?」

「そう」


天城ちゃんちのすぐ近くだった。


「ここ…床屋だよね?」


赤と青と白のグルグルが店の前でぐんるぐるん回っていた。



カランカラン



こんな音にまで、今の私の心はいちいち反応してしまうらしい。



「あ、いらっしゃい」

「予約してないんだけどいい?」

「うん、今なら大丈夫」

髭のおじさんが空いてる席を指す。

「こっちなんだけど」

天城ちゃんが私の背中を押した。


髭のおじさんは私に微笑んだ。


「こちらにどうぞ」


床屋さんで女の人も切ってくれるなんて知らなかった。


短くして下さいと伝えただけで、すごく可愛くしてくれた。

可愛さは求めてなかったけど、これは


「うわ〜!可愛い!」


「自分で言うか?」


テンション上がった。



「スッキリしたじゃん、似合うよ」


「ホント?」



なんだかすごくスッキリ!


髪も気分も心もスッキリサッパリした。


だから昔から失恋したら髪を切るのかな。

気持ちが前を向く感じがする。




巧実さん、可愛いって言ってくれるかな。





「なんで急に髪?」

「気分転換」

床屋さんを出ると、天城ちゃんは来た道を戻るわけでもなく、駅に向かってる風でもなく

「どこ行くの?」

「家」


んー…男の人の家に行くのはどうかと思うけど、天城ちゃん男の子じゃないしいっか。


「ちょうどお腹減ってた〜」


床屋さんからすぐ近く、白いマンションに到着すると

「待て待て待てぃ」

え?

「すぐ降りてくるからここで待ってて」

「なんで?おやつじゃないの?」

「簡単に男の家に入るなよ」

「え、天城ちゃんなのに?」

返事はなく、天城ちゃんは入って行ってしまった。

だからマンションの前の階段に座って待った。


しばらくして戻ってきた天城ちゃんは

「プレゼントフォーユー」

「え!いいの?」

「いつだったかのゴルフでもらったやつだけど

 俺使わないし」

なんとかカントリークラブって書いてある白い水筒をくれた。

箱から出した形跡もない新品。

「ちゃんとメーカーだから上等だろ?」

「うん!全然いい〜」


水筒買うことはもう頭から消えてしまっていた。


「さ、帰るか」


「うん」


天城ちゃんは車で送ってくれた。

日が落ちた街は、星が降ったみたいにキラキラキラキラして、すごく綺麗。


いつもはワクワクするはずのクリスマス前のこの景色が


今年はなんだか胸を締め付けた。



「なぁスズっころ」

「ん〜?」



「何があったか話す気になった?」



「光輝に会ったの、昨日偶然」




天城ちゃんはやっぱり返事をしなかった。

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