仕事と神田、恋とスズ

「やべぇ…めっちゃ見てますよ」

「わ、開けた」


「え…食うの?!」



「朝霧さん…

 いくらスズちゃんの落とし物だからって

 いつのかわからないんだから

 食べちゃダメですよ…」



「下田…」


クンクン

「うん、腐ってはない

 むしろいい匂い」


「スズ…」

「なんて言われたんですか?」

「怒ってた…嘘つきって」

「ウソついたから仕方ないでしょ」


「俺…間違ってたのか…?」


「正解はわからないです。

 あの時はそうするしかないと思って

 スズちゃんのためにそうしたんだから

 あの時はそれが正解だったんです」



違う


あれは間違ってたんだ。



何があっても

手を離すべきじゃなかったんだ。



『なんで別れようなんて言ったの!』



スズは今、幸せなのか?



「朝霧さんはどうしたいんですか?

 スズちゃんに会ってどう思いました?」



俺は…




「りぃあの人嫌い!」


え?


「りぃは黙ってろよ。

 俺らにはわからない話だろ」

「絶対嫌なヤツ!なにあれ!」


「スズちゃんの何を知ってそんなこと言えるんだよ」


「知らなくてもわかります!女の勘です!

 ちょー感じ悪かった!気分悪い!」


は?え…スズが?



「それは朝霧さんがこんな顔するから?」



俺が何か言う前に口を開いたのは下田。

珍しいおちゃらけない口調。


「こんな弱った子犬みたいな顔も

 笑ったり怒ったり焦ったり…泣いたり

 この人にそんな顔させるのは

 世界中にスズちゃんしかいない」



「ちが…!」



「君には優しいかもしれない。

 でも優しいだけだ、先輩として」



「りぃ!」



バタンッッ



りぃは会議室から飛び出して行った。



「言い過ぎた…ムキになっちゃった…」

「朝霧さん俺追いかけますから」

「ごめん、頼む」


岩本が追いかけて出て行った。


俺がりぃを追いかけても何も言ってやれない。

自分の感情で精一杯なんだ。


「どぉじよーーー

 女の子泣がじぢゃっだーー

 朝霧さんみだいに

 パワハラ先輩になっぢゃっだーー」

「俺がいつパワハラしたんだよ」

「自覚じでながっだーー」

「まぁでもゴメン」

「や…なんかスズちゃん悪く言われると

 俺が許せないって言うか…」




「下田、神田はどのくらいスズのこと好き?」




「朝霧さんは?」



俺は…




「仕事辞めていいくらい」




「仕事男なのに」プププ







しばらく待っても岩本とりぃは戻らず、岩本に店の場所をラインして会社を出た。


探しに行きたかったけど、4人だったはずの飲み会は


「え、なになに

 下田くんこんないいとこ知ってたの!」

「ファミレスで飲んでそうな顔してんのにな」

「酷いな企画部長!」

ワハハハハ


上司やら先輩やらが追加され、10人になった。

だから席を外せなかった。


確かに、下田のくせに落ち着いたいい雰囲気のダイニングバー。

水の流れる中庭を囲むような作り。

ビルの中に庭があるとか喜ぶやつだなって思い浮かぶ顔が、『嘘つき!!』あの顔。

「はぁ…」

「何を思い出し落ち込みしてんすか」

「朝霧どうした〜大人しいな今日は」アハハ

「健介さんつっこまないでやって下さい」

「そういやあのうるさい娘は?」

「帰った?飲み会では活躍しそうなのにな

 バカで顔は可愛い女子」

「白田さん引くわーーその発言」


「いますよ…後」



「うわーーーすごい!お庭ある〜!」



すっかり機嫌治ってた。



「りぃは朝霧さんのお隣〜」

懲りてない。

「りぃ、ビールお注ぎして」

「りぃが?」

「お前の仕事」

「そういうの男女なんとかですよ〜」

「そうじゃなくて1番下だろお前が」


「あぁいいよいいよ朝霧くん

 他所の人がいる時にちゃんとしてくれれば」

「すみません…」

瓶ビール持った岩本がすすっと来る。

さすが使える男だ。

「室長お疲れさまです」

コポコポコポコポコポ

「おぉありがとう

 岩本くんだったね

 君はなかなかいい動きをするって聞いてるよ」

室長が俺を見て、岩本も俺を見る。

「え…えぇ?!マジですか!」

「マジマジ!

 朝霧くんが言ってたもん」

「室長、アルゼンチンに飛ばしてくれませんか?」

「うん、仙台が落ち着いたらいいよ」

あっさり


「マ…マジですか……?」ウルウルキラキラ


「朝霧くん、下田くんが…」

遠く末席から涙ぐんで見てた。

「下田くんは結局事務扱いだっけ」

「はい」

「人事に言っとくよ、戻すように」

「岩本、マジで来る?」

「マジで行く?

 真似しちゃった、似てた?」アハハ


「行きます!!絶対行きます!!」


「じゃあ2月付くらいで言っとく」

「スペイン語勉強しとけよ」

「あそっか、あっちはスペイン語か〜

 朝霧くんは話せるようになった?」

「日常会話くらいなら」

「とりあえず下田くん慰める?泣いてるよ」


「りぃも行きたいなぁ」


出た。


「室長!りぃも行きたいです!」

「どの口が言ってんだ」

「君はここでやって行く気はあるの?」

「自分の立場わかってる?」


バカで顔は可愛くても、やはり先輩方の癇に障るらしい。


俺も岩本もいなくなったら、こいつ大丈夫なのか?

果ては身売りじゃないか?


「室長、こいつやる気だけはあるので

 今後もよろしくお願いします」

「うんうん、大丈夫

 れんちゃんに話してあるから

 仙台が落ち着いたら東京で面倒みるよ」

れんちゃん?

「山崎ですか?え…じゃあ秘書課?」

いや秘書課こそ無理なんじゃ?

だいぶ無礼だけど。

「来年の新入社員と一緒に

 れんちゃんが礼儀作法教えてくれるから」

そういうことね。

山崎もなかなか怖えからね。



上司や先輩も加わって、お気楽じゃなくなった飲み会は


「な、そう思うだろ?」

「そうですね」

「飲み行くだけで鬼よ鬼嫁」

「飲みに行くのも仕事なのにな〜、な!」

「はい」

飲みに行くといったら奥さんに激切れされたらしい先輩のグチや


「この浮気者ーーー!」

「下田さぁん、時代は岩本ですよぉ〜」

「うるさーい!酔っ払うな下っ端のくせに!」

「2つしかかわりませーん」

「朝霧さんお刺身あーーんして下さいーー」

「あ!オレもオレも〜」

「ダメ!朝霧さんはりぃの!」

モテモテだったり。




「朝霧くんは顔色変わらんよな〜」

「室長が注いであげまちゅね〜」


珍しく酔っ払いな上司二人。

室長と企画部部長。


「あ、すみませんありがとうございます」


「「かんぱーい」」


なんとなく仕事が一区切りついて、あとは進めるのみ一直線だから、室長たちもほっと一安心なのかもしれない。



「いやね、今言ってたんだけど

 朝霧くんも入ってきた時は心配したよねって」

「そうそう、やたら尖ってたしさ〜」ワハハハハ

「お言葉ですがこの先輩は今もトゲットゲです!」

「え、今もなの〜」ワハハハハ

「前世はおそらくヤマアラシです」

「うるせぇな、前世うさぎだし」

「ひゃー!絶対ない!」


「大丈夫かって上はよく話してたよ」

「そうそう」


笑っていた室長は、酒を一口飲むとしみじみ


「それが今じゃね」


トンと俺の肩に手を置いた。


「アルゼンチンも成功が見えてるし

 仙台も任せてよかったよ」

「ありがとうございます」



「本部は神田くんに任せて

 朝霧くんには第一線で動いてもらって」



え?



「いいビジョンが見えてきたなと

 我々は話してるんだよ」

「行く行くは二人に任せようかってね」


「いいコンビだ」



そんなこと言われたら辞めれねぇじゃん



そんな風に話してくれてるとか


神田も絶対喜ぶじゃん



「え、なんでお前が泣くんだよ」

「だってぇぇええ話ぃぃ」




そんな未来の話をされて、希望が満ちないはずない。



仕事、頑張りたくなるじゃん。



ダメだ

このままじゃダメだ



ちゃんとしないと



ちゃんとしたい







.



「お疲れっした~」

「りぃも行く~」

「室長ごちそうさまでした。

 明日は寄らずに仙台に戻ります」

「うんうん、オッケー」


店の前で、帰る人たちとまだ飲む人たちと別れ、俺は先にホテルに戻ることにした。


「岩本、りぃのことちゃんと見てろよ」

「わかってま~す」

「下田頼んだぞ」

「はいさ~」


12月の冷たい夜の空気。

狭い店で暑かった体に丁度涼しかった。


緊張する胸の内を落ち着かせるようにしばらく歩いた。


握りしめるスマホ


息をつかずにいられない。




スマホに神田の名前を探し


電話マークをタップした。




RRRRR RRRRR


呼び出し音がますます鼓動を早くする。


RRRRR RRRRR


夜は取引先の忘年会だと下田が言っていたから、出れない状況かもしれない。


あと1コール


RR


『はいはーい朝霧?どした?』


落ち着け


『そっち終わった?合流しようかと思ったけど』

「神田!」

『え…なんだよ』


落ち着け俺


『朝霧今どこ?外だよな?』




「ごめん!サンバの彼女がいるなんて嘘だ!

 俺スズが好きだ!!

 諦めきれない!スズが忘れられないんだ!

 だから俺諦めないから!

 でもお前とは一生仕事したい!

 辞めたくないんだ!どっちも諦められない!

 ごめん!そういうことだから!」




『ちょ…耳……音量考えろ!

 てかこんな時間にどこで叫んでんだよ!』

「えーっと…銀座」

『や…銀座で何叫んでんのお前…頭大丈夫…?』



手が震える


心臓がはち切れる



でももう

逃げないから



何かをどうにか取り繕っても嘘ついても蓋してもなにしても



俺はスズが好きでどうしようもない。



会いたい

声が聞きたい

抱きしめたい




そばにいてほしい




「そういうことだから」


『はいはい、了解』



スズとも


神田とも



ちゃんとしたい。




これが俺の



前に進むということだ。

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