第13話 《配信》朗読

 夜の21時、配信開始。


 画面には、月守よみのの姿が映る。

 背景は、自己紹介動画と同じ、月明かりに照らされた夜に、一本杉を添えたもの。


「こんばんは。我は月守よみの。今宵も楽しい宴にしましょう」


『こんよみ〜』

『従者いる?』

『主従配信、ですか?』

『今日もコンビと聞きつけて』


 コメント欄は、2回目の配信なのに、初配信と同じくらい。いや、それ以上に賑わいを見せていた。なにより、視聴者――夜語り衆たちは、よみのの語りと従者の掛け合いを楽しみにしていた。


「皆さんのご心配には及びません。安心してください。今日も従者はいますよ。はい、挨拶をしてください。」


 俺は、ゆづに振られて挨拶をする。従者ということもあって、硬い挨拶も考えたが雰囲気的にそれはやめた。


「こんよみ〜。皆さんこんばんは。従者でこざいます。今日もよろしく〜」



「はい、従者も揃いましたので、今日することについて説明していきますね。今日は、少しだけ物語を読んで行きたいと思います。やはり、我の本分は語りなので、夜に語るには、ちょうどいい話を」


『え、朗読? 2回目で?』

『急に知的企画きた』

『眠れる配信助かる』

『絶対途中で茶番になるやろ』


 ゆづは、静かに朗読を始めた。

 声は落ち着いていて、言葉の一つひとつが夜に溶けていくようだった。


 ゆづは、元から声がいい。透き通るような声を持ち合わせていながら、力強く人に届けることができる。声色もある程度は変幻自在。声優さんに向いているのではと密かに思う程だった。


 そのゆづによる朗読。文章は、初めてということもありあえて誰も知らないような文章を持ってきた。

 よみのは、少し声のトーンを落として、息を吐く。


『声トーン下げるだけで急に雰囲気出るな』

『耳が気持ちいい』

『これで内容が(走れメロス)とかだったら笑う』

『いや逆にガチで泣かせにきたりしてさ』


 ゆづはページをめくり、静かに語り始める。


「――その日は、朝から雲ひとつない青空であった」


 声色を落ち着け、抑揚をつける。少し傲慢そうなよみのから出る声。彼女が、淡々と語りかけるその姿に、コメントも一瞬だけ静かになる。しかし、


「ふむ。主よ、わざとらしい間を入れたな?」


 俺は、ゆづを少しからかってみた。


「えっ、なにそれ。朗読ってそういう間が大事なんだよ」


「いや、今のは完全に“朗読してます”って顔をしていたぞ?」


「我はそんな顔してないよ。しかも、映ってないでしょ!」


「映るとは、いったい何のことかな主よ」


「……むぅ…」


 一瞬よみのではなく、ゆづが出てきてしまった。


『確かに顔が浮かんだw』

『想像できる』

『でも、朗読はガチで上手いな』

『照れてるのかわいい』

『従者ナイス』


 その後も朗読は続く。だが、文章中に出てくる「馬車」が出るたびに朔が「今の時代ならタクシーですね」と茶々を入れたり、「森の奥へと進んでいった」という描写に「不法侵入ですか」と規則正しく補足したり。


『wwwww』

『真面目に読ませてあげてw』

『腹、腹死ぬw』

『朗読×従者=新境地』


 物語がクライマックスに差し掛かると、ゆづは真剣に読み込もうとする。声に熱がこもり、コメント欄も自然と静かになる。ところが。


 朔真は、とあるコメントを拾う。


「よみの様、視聴者から“従者の声が癒し”との声が届いております。嬉しい限りですね。」


「……今、朗読中。従者は、黙っておれ」


『主従の掛け合い最高w』

『わざわざ今、言わなくてもww』

『クライマックスよ』

『よみの様、ツンデレですか?』

『従者暴走』


 俺の言葉にコメントも大いに沸く。


 朗読が終わると、どっと笑いと拍手のコメントが流れる。


『所々真面目なのにおもろい』

『耳が幸せで腹筋も鍛えられるなw』

『シリーズ化希望!』

『朗読上手かった』


 息を切らしながらゆづは言う。


「……こんなはずじゃなかったんだけど。癒やし枠のつもりだったのに」


「主よ、癒やしとは形を変えて訪れるものだ。今日の視聴者も十分癒やされたはず」


「笑い疲れてじゃん!」


 けれど、その笑い疲れこそが、主と従者による配信の「らしさ」なのかもしれない。


 最後、恒例の「おつゆづ」で締められ、夜の朗読配信は幕を閉じた。


 配信後、ゆづは、少しだけ笑った。

 疲れていたようだったが、楽しそうだった。しかし、俺は、最後までしっかり朗読させてあげればよかったかなと少し思った。せっかく上手いし、いつか完璧なところも知ってほしい。 


 でもなにより、あの空気が、心地よかった。これが求めていた配信だった。

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