第37話

「それで、一体どうやるんだ」


 薄暗い部屋の中、しかしその中で己の存在を主張するかのような真っ白な衣服に身を包んだうつろが口を開く。それに対し、手毬がそっけなく返す。


「どう、とは?」

「『ガワ』が消滅する方法。算段はあるんだろ」


 重々しく濁った空気の中で、あえてそれを読まずにうつろが問いを投げかけた。巡は口を固く噤んだまま、じっとうつろを見つめ続ける。


「そうですね。……それくらいは、教えて差し上げましょう」


「信用されてないな、僕」


「逆に信用されるとお思いで?」


「いいや。逆にこれで信用されてたら、不安だった。組織のトップがそんなんで大丈夫かって」


 うつろが軽薄に笑う。巡は空恐ろしさを覚えた。半年の付き合いの中で、一度も見たことのない表情だった。

 と言っても、現在うつろの表情は雑面で隠されているのでわからない。あくまで、笑みの気配がするというだけだ。

 真っ白な水干と、左側に置かれた七支刀。瓦礫に挟まれて自ら切り落とした脚は既に癒えて傷跡一つない。巡にとってはあまり馴染みのない姿で、長く伸びた金色の猫っ毛だけがその青年がうつろである証明であるように思った。


「まあ、方法はともかく、どうやるか自体は大方察されていることでしょう。哀染先輩、あなたの推測をお聞きしても?」


「『アルカディ』が天使誘拐事件を起こしていることは知ってるよ。だから、一定数の天使が必要なんだと当たりはつけてる。天使との繋がりで考えられるのは大悪魔かろんだな。複数名の天使を使って、大悪魔が何かをしようとしてる、と僕は大雑把に考えてる。ラピや孤霧、それから宮之原あたりも同じ考えには行き着いてそうかな」


 つらつらと述べられる考察に、手毬が小さく拍手をした。面を被っているように変わらない笑顔のままの賞賛。


「合っています。私達は天使を使って、地獄の門を開こうとしているのです」


「地獄の門?」


「はい。国立西洋美術館に展示されてるんですよ。私達は、ひとまずはそれを開いてみることから始めたのです。幸にして、ここにいるかろんは地獄よりの使者という設定です。七体の天使を捧げることで、地獄の門を開ける、という厨二臭い設定も同時に持っています」


「……」


 うつろは、部屋の角で丸まっている少年を思わず見た。漆黒の髪に白いメッシュ、大きな金色の瞳を持つ幼い子供だ。少なくとも、見た目は。


「さなり。わがはいは地獄の渡守、死者の魂の運び手なり。今こそ仮の姿で現世にしのんではいるものの、いつかは地獄に帰らねばならぬのだ。七人の天使を贄とし、冥界への門はひらかれる」


 かろんは外見と高い声に不吊り合いな口調で語る。厳粛な口調もどこか辿々しい。彼が抱えている大鎌には青白い炎が宿っており、それだけで彼の言葉に信憑性があるような気がしてくる。


「けど、その地獄への門が開いたところでどうなるって言うんだ? 地獄に飛び込んだってそれじゃあただ死ぬだけだろ、消滅じゃない」


「そこで、私達は研究を重ねたのです。百聞は一見に如かず。にとろ、アレを持ってきてください」


「ええっ、あちきがかい?」


「ええ。早く」


「あんな不吉なの、見たくもないんだがねぇ」


 にとろが渋りつつも持ってきたのは、小さな鳥籠だった。うつろが覗き込むと、そこには掌に収まるほどに小さく、真っ白の鳥。ただ、翼に付けられたタグとそこに書かれた『レウケ』という文字が、普通の鳥と異なっている。


「シマエナガ……?」


 写真を見たことがある。確か、シマエナガという名前の鳥だったはずだ。


「まあ、本来はモズの姿なのですが今はこの姿にさせています。コレ、『ガワ』です」


 手毬の言葉に、うつろは驚かなかった。人外の姿をした『ガワ』もままいる。しかもシマエナガは可愛らしさに定評のある鳥だ。『ガワ』のモチーフにされることに不思議はない。


「私達が試しに作ったんです」


「作った……?」


「はい。絵を描き、雑に可動域を設定し、しかしそれだけ。コレの存在を明かす配信などもしていません。私達だけしか、コレの存在は知りません。コレは『ガワ』としてすら不適格です。……しかし、コレは死ななかった」


 死ななかったということは、このシマエナガは『ガワ』になっているということだ。配信者ですらない、自我を持っているかすら怪しいこの鳥が。


「私は今まで、『ガワ』は配信者の立ち絵だと思っていました。しかし、コレに中身はない。配信者の『中の人』を持たない。ならば、何がコレを『ガワ』にさせたのか。私は、認知だと思ったのです」


「認知……つまり、瀧さん達がこの子のことを知っているから、この子は『ガワ』になったと?」


「はい。実際、私の『アルカディ』には一人、そういう方が所属しておりました。『中身』を持たない、機械音声で喋る『ガワ』。その方の存在を知って、見て、事情を知り、私は確信したのです」


 手毬が言っている人物は、プシュケのことだろう。彼女の存在は、彼女を描いたクリエイターである丹砂レイだけが知っている。

 つまり、『ガワ』を『ガワ』たらしめているのは本人以外の認識である、ということだ。


「なるほど。僕が『ガワ』であるのは、配信者であった『哀染うつろ』を知ってる人がいるから。その鳥……レウケ、でいいのか? その子が『ガワ』になってるのは、その子の存在を君たちが知ってるから、ってことか」


「理解が早くて助かります」


「それじゃあ、もしかして……僕達を知ってる人を全員消滅させれば、僕達も消えれるかもしれないって?」


 認知によって存在が確定するのなら、自分達を認知している存在を消してしまえば。

 けれども、それは無理な話である。


「『ガワ』を消滅させるために『ガワ』を消滅させる気? もし『アーカイブ』を皆殺しにすればいいって話なら、こう言うのはなんだけど、一応出来はするかもしれない。けど、配信者は大抵他の配信者を観るものだよ」


 自分達を認知している者がいなくなればいいと言っても、それは簡単なことではない。不死である『ガワ』も含めて消滅させなくてはいけないのだから。


「ええ。そのために、まずは地獄の門を開いて、それから試してみよう、という話です。例えばですが、この世界にいる全ての『ガワ』を門の向こうの地獄に突き落とせば、私達……いいや、一人だけは消えれるかもしれないですよね」


「……随分薄い勝算だなぁ」


「可能性がゼロから小数点以下の一に変わるのです。上々でしょう?」


 言葉にすれば、それは大規模な集団自殺だ。それも大半の人が望まないような。虐殺、と言い換えてもいいかもしれない。

 自分が消え去るために、他の全てを犠牲にする。頭が眩むほどの勝手自儘である。しかし、そうでもしないと自分達の望みは叶えられないと、うつろは知っていた。


「残り、必要な天使は?」


「現段階でも足りてはいますが、最低でもあと一人は欲しいところです、念のため。失敗の要因は少なければ少ないほど良いので」


「わかった。一人は、多分護衛されるだろうから、もう一人の方を。……傷を負わせてもいいか?」


「はい。殺してしまっても構いませんよ」


 うつろは雑面の下で完全な虚無の表情を浮かべながらゆらりと立ち上がる。まるで意思のない幽鬼だ。手に固く握られた七支刀が、電球の光に照らされて煌めいた。


「今から接触をはかる。……消してしまおう。全部、全部」

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