第25話
「これが、ジャパニーズナツマツリ!」
「夏祭りという単語は日本のものじゃから、ジャパニーズをつけるのは間違いだと思うのじゃが」
問いを理詰めで返されて、エルは不機嫌そうに軽く頬を膨らませた。
世良とエルが東京に来てから約一ヶ月。ちょうどそのタイミングで始夏祭りというお祭りが開催されたのだ。
エルは日本文化が大好きだが詳しくはなく、体験したことも少ない。だから祭りの開催に喜ぶのも、渋る世良の腕を引っ張って外に出ることも当然の帰結だった。
夏祭りと言うには少々早い時期だが、それでも地球温暖化によって六月下旬でも八月の真っ只中のような暑さがある。
アニメでよくキャラクターが祭りに参加している場面を見たことがあるエルにとっては、夏祭りイコール夜というイメージがあるらしい。昼ほどから祭りは開催されていたが、エルが会場に来たのは夕方だった。
大きな広場には何十個もの屋台が並んでおり、ソースの匂いや砂糖の甘い香りを漂わせている。屋台を営業しているのは『ガワ』。そして、屋台を楽しみ食事に舌鼓を打ち道を練り歩くのも全員『ガワ』だ。
エルはこんなにも『ガワ』が集まっている場所を見たことがなかった。広さのせいでそう感じたのかもしれないが、空港ですらも閑散としていたのだ。エルは思わず破顔する。
「セラさんっ! どこに行きます? おれ、リンゴアメを食べたいですっ! あとあと、ヤキソバ、ワタアメ、カキゴオリ!」
「……そうじゃな。妾も少し、この懐かしい雰囲気に浸りたい」
それから、世良はにやりと笑んでエルの顔を見返す。
「折角じゃ、屋台制覇でもしてみようかの」
「ヤタイセイハ?」
「全ての屋台でものを買う、という意味じゃ」
「いいですね! やりたいです!」
エルは高揚した気分を抑えきれずにぴょこぴょこと跳ね、世良はこれから人混みに入るので三対の羽をできる限り小さく折り畳む。
さて、どこから行こうかと屋台を見回しながら歩いていると、あ、と聞いたことのある声が聞こえてきた。
「エルさーん、世良さーん!」
振り向くと、少しの人混みを隔てて晶が大きく手を振っていた。その隣では何も言わずに巡が佇んでいる。
「あー! コミツさん、ロウガさん!」
「久しぶり! 元気?」
「とても元気です! セラさんも」
晶と巡は人混みを掻き分けエル達に駆け寄る。エルは嬉しそうに笑顔を浮かべ、晶と巡の頬にキスをした。エルの母国では当然の挨拶だ。二人は自分達の文化にはない行動に少し狼狽えたが、エルなりの挨拶だとすぐに理解したためにすぐに平常を取り戻す。
「二人だけですか? アイゾメさんとヤナギさんは?」
「やだなぁ、うちら今プライベートだから。四六時中みんな一緒にいる訳じゃないよ」
「けど、コミツさんとロウガさんはいつも一緒ですよ?」
「そりゃ、あたし達は友達だから当然」
「アイゾメさんとヤナギさんは友達ではないんですか?」
「友達っていうより、同僚って感覚の方が近いかなぁ」
そんなことより、と晶が周囲を見回しながら頬を綻ばせる。
「めぐちゃんめぐちゃん、夏祭りなんて久しぶりだよね。それこそ、地元のちっちゃいお祭り以来じゃない?」
「……二人の地元は同じなのじゃな」
「うん。うちら、幼馴染だもん」
晶ははにかみながら言う。晶と巡の『中の人』は小学生の頃からの付き合いがあり、その時に結ばれた縁故ゆえに共に背信者として活動するようになった。
「そんなにも長く続く縁とは、貴重じゃな」
しみじみと呟く世良に、晶は「えへへ」とはにかんでみせる。
「まあ、地元のお祭りは規模が小さかったから屋台の数も種類も少なかったけどね。めぐちゃん、りんご飴買おうよりんご飴。うちあれ食べたことない!」
「あ、おれも買いたいです!」
偶然間近にりんご飴含むフルーツ飴が売っている屋台があったため、四人はそれぞれフルーツ飴を購入する。
ちなみに、エルのりんご飴と世良のぶどう飴は巡と晶の奢りだった。
「それじゃ、お祭り楽しんで」
その一言を残して、エルと世良は二人に大きく手を振って別れる。
夕彩が少しずつ闇色に染め上げられ、その代わりに提灯の橙色の光が浮かび上がり始めた。エルはりんご飴に齧りつこうとして、厚みに苦戦しながら少しずつ減らしていく。世良はとっくにぶどう飴を食べ終わり、焼きそばを半分以上減らしていた。
紅生姜をエルの口に放り込み、その初めての味に目を白黒させている反応に世良は笑い声を上げる。
時計を見ていないのでわからないが、祭りが始まって夜になり、それなりの時間が経過した。
どおぉおおん、と腹の底がビリビリ震える轟音が周囲一帯に鳴り響く。
音の方向を仰ぎ見ると、星が見えない夜空に大輪の花が咲き誇っていた。流れ星のような軌跡を残して花弁が散り、やがて儚く消えていく。ほんの数秒が寿命の、炎の花笑み。
「花火……」
「お、どろきました……。ホンモノの花火、音が大きいですね」
エルは目を丸くして空を見上げていた。アニメで見ていただけなら花火がどんなものかは知っていても、その音の大きさはわからないだろう。
「エル、覚えておくが良いぞ。この腹の底に響く大音声も含め、花火の醍醐味なのじゃ」
「なるほど、愛の告白が聞こえないのはこのせいですね」
会話を交わしているうちに、第二射が空に舞い上がる。下から上に落ちていく星のような。
それが闇に飲まれて消えて、しかし一瞬の間の後にまた花火が轟音と共に咲いた。
周囲の視線も花火に吸い寄せられており、何年ぶりに咲いた花を歓声を上げながら見守っている。
「しかし、あれは……」
世良が落とした呟きは、周囲の声と雑踏に掻き消される。エルはじっと夜空を見上げており、聞こえなくてよかった、と世良は安堵した。
花火は一つずつ夜空に浮かび上がっては消えていく。そして、その花火は単色ばかりだ。
花火は内側と外側で色が分かれるものが多い。その色のコントラストが美しいのだ。しかし、今夜空に上がっているものは紅色一色、青色一色、といったようなものばかり。ようやく一つ多数の色が混ざったものが上がったと思えば、何やら雑然としている印象だ。
しかし、初めての花火にはしゃいでいるエルにわざわざ言うべきことではない。彼女は楽しそうにしているのだから、水を差すことはやめた方がいいだろう。
それに、美しいものは美しいに変わりはないのだから。
世良はエルと共に、じっと花火を見つめ続けた。
「……来た」
夏祭り会場のど真ん中で、うつろは射的の屋台で呟く。もう既に弾は撃ち尽くしており、店主に礼を一言言って銃を置いた。
「あ、お客さん! 景品……」
「結構です。お祭り、楽しんで」
うつろはそう言い残して、足早に人混みに紛れる。付き添いをしていた枝垂も店主に会釈して去っていった。
店主は呆然とその背中を見送って、そして自分の屋台に並んだ景品を唖然と眺めた。
射的のコルク球は五発のみ。景品は階段状に並んだ棚に並んでおり、上に並んでいるほど遠く大きく重く、弾を当てて倒し取るのが難しい。何発か連続で当てないと倒すのは不可能だろう、という目算だ。
しかし信じがたいことに、最も取るのが難しい景品が五つ、綺麗に倒れているのだ。
「哀染うつろの名前は伊達じゃないってことかねぇ……」
これで商品を持っていかれたら、商売上がったりだった。うつろの寛大さに感謝しながら、店主は景品を立て直した。
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