第一章1 『最強殺し』

 続いてのニュースです。先日、網羅もうら学園最強と呼ばれたSランク。宮野みやの羅将らしょうが行方不明になってから一ヶ月が立ちました。未だに有力な情報がなく──


 ピッ。


 ああ眠たい。手がちべたい。


 手が冷たくて動けない。


 ベットで横になってテレビを見れば、体も起きてくると思ったが、どうやら動かないと駄目らしい。


 枕元の携帯をみると──時刻は午前七時。

 

 このマンションから学園へ向かうまで、バス使って二十分だから……余裕持って八時に出るか。


 朝起きたら、学園までの時間を逆算してから、いつもと同じルーティンを摂る。

 

 今日もいつものルーティンのハズだった。


 ……ピンッ……ポーン

(誰だよ……こんな朝っぱらから)


 少し溜めてからのポーン。独特のチャイムの鳴らし方にイヤな予感がする。


 重い体を無理やり起こし、昨日タンスから放り出して置いたワイシャツを羽織った。制服のズボンを履いて、辿り着いた玄関ドアの覗き穴から外を見る。

 

 するとそこに──やっぱり。


「……ぅ゙」


 ──結依ゆいが立っていた。

 不知火しらぬい結依。同じ「闘戦学園とうせんがくえん」の一年で、幼馴染。科は俺とは別の「技術科エクスギア」で評価はAランク。


 ちなみに俺はCランク。俺とAランクの結依じゃ、まるで住んでいる世界が違う。


 なんでここにいるんだろうな、男子寮だぞ。


 彼女は「闘戦高とうせんこう」のセーラー服を着て、チョコレート×ブラウン色の学生鞄を片手に持って立ちすくんでいる。


 めんどくさい……が素直な感想だ。ならばいっその事、居留守を使おう。足音は立ててない。


 玄関部分には靴やら傘やらが散らばっている。そんな所をゆっくり忍び足で後退りすれば──転ぶのは必然的だ。


 ドンッ!


「うおっ!」


 ──最悪だ。玄関で足がもつれ、床に思いっきり体をぶつけてしまった。


「りゅ、りゅうちゃんどうしたの? だっ大丈夫?」


 ドアの外から、結依の声がする。

 駄目だ。音を聞かれた。

 もう居留守は使えないぞ。


「あ、ああ、大丈夫」


 平静を装い、玄関のドアを開けると……

 何やら大きな包みを持って立っていた。


「で、何の用だ。後、りゅうちゃん言うな」


「ご、ごめんね。りゅうちゃ……あ、りゅうくん。今日来たのは昨日疲れてただろうし、夜ご飯とか食べてなくて、お腹減ってるかなって思って」


 ……ちゃん。を、くんに変えただけだろ、昔から何も変わってないぞ。


「飯は、食ってないけど……下のコンビニで買ってくるから良いよ」

「それじゃ駄目だよ! りゅうちゃ……あ、りゅうくん、今日戦闘訓練の日でしょ? しっかり食べないと持たないよ!」


 最後まで言いきってから、あわあわと口を手で押さえる。


 ……文句を言う気も失せるな。普段の学園でのクール美女は何処いった。キャラ変わりすぎだろ。


「えっとね。りゅうちゃ……あ、りゅうくんの為にお弁当作ってきたから、朝とお昼の分。良かったら食べてね……」


「わかったって。ちゃんと食べるから……ほら、早く帰った。ここ、男子寮なんだぞ」


「う、うん。また、学校でね! あ、あと──気を付けてね、最近『最強殺し』って言う学園最強だけを狙う狂人もいるみたいだから──」


 あぁ、今朝ニュースで流れてたやつか。


「分かった、分かった。気をつけるから……

それじゃ、また学園でな」


「うん、またね……あ、明日の夜にお弁当取りに行ってもいいかな?」

「あぁ、良いぞ。明日の夜だな、覚えとく」


「バイバイ……! りゅうくん」


 ──ガチャん


 足早に去っていく音を聞いて、少し申しわけなさを感じる。今度、お礼でもするか。


 それにしても、全くだ。


 「最強殺し」なんて、俺の所に来るわけ無いだろ。一生お目にかかれそうにないよ。


 ──グルルルッ


 いい匂いに釣られたのか腹から信号が鳴る。正直、週に三回は来る彼女に助けられている節もある。


 どうしてこう世話を焼いてくれるんだろうか……なんて考えるのは辞めた。


 多分……あの出来事が原因だから。あの忌まわしき記憶。俺が一人ぼっちになったあの記憶。


 ──グルルルッ!


 先程より大きく長く鳴って、もう限界に近い腹をどうにか持たせて、リビングのデカ机で結依の持ってきた弁当を広げて食べた。


 いかん腹が減った。今すぐ食わなきゃ……助かった、結依。


 プルプルッ、ブーブー


 携帯が震えだし、最終アラームが鳴る。最後のアラームは七時三十分だ。


 マンションを出る前は準備や飯で二十分はかかるので、余裕を持った設定にしている。


 余裕ありそうだし、二十分だけ漫画を──


 だらだら、ぐで〜ん。


 俺は満腹になって満足し、本棚にあった漫画雑誌から一冊取り出して読みふけっていた。


 ふと、携帯の時計を見る。


 午前七時 五九分──


 やば、後一分しかない。少しだらだらしすぎたか。


 ソファーに放り投げてあった、学ランを手早く着る。愛用武器「黒刃レイブレード」を腰の革ケースにしまい、残りの弁当を持って、慌ただしく家を出る。


 部屋は五階。真下には、コンビニや公園、バス停などがある。


 ──残り三十秒。


 このままだと間に合わない。──ならっ。


 三階付近の階段で手すりを乗り越える。そして俺は、助走もなしに飛んだ。


 ──おっしゃぁ!!


 誰もいないところで、豪快に着地。痺れる足を無視して、バス停に向かって一直線に向かう。


 子供の頃一度は憧れた空中飛行。飛ぶことは難しいが、擬似再現なら俺みたいな雑魚でも出来る。というか、この島の住人はみんなアホみたいな身体能力を持っている。

 

 十秒程走り、そしてバス停に着いた。

 

 だが、目の前に広がる光景に俺は膝から崩れ落ちた。


 ちくしょう、なんで──なんで今日に限って、満員なんだ。既に定員オーバー三十人。中には、一人顔見知りもいるし。


「あっ世良じゃねえか! どうしたんだそんなところで土下座して。へへっ遂に悔い改めたかっ」


 コイツ……わかってるくせに。


「うるせーよ須藤。わかっとらぁ」


 須藤賢吾すどうけんご……かつて同じ、「戦闘科アサシン」だったが、今は転科して「万能科オールラウンダー」の優等生。


「八時五十分までにはつけよー! じゃあな 世良〜! 一限目ふけたら、あの鬼教官はボコボコじゃ済まないからな~」


 走り去るバスを横目に、俺は仕方なく自転車で向かうことにした。







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