第35話・『アーサー

「はぁ……、くそ……」


 階段を登る。ただひたすらに真っすぐな階段を。それなのに息が切れて仕方ない。


「やっぱり傷があるんじゃ……」

「いや、外傷はない。それ以外の何かだな」


 体力が回復しない。そりゃ階段も登ればそれなりに体力は使うだろうが、それでもゆっくり上るだとか、偶に足を止めれば呼吸は戻ったりするもの。

 今の俺は、そうしても回復しないという状態にあった。


「(やはり、原典を喪失したせい、か?)」


 確信はない。だがここまで大きく何かが欠けた感覚といわれると、思い当たる節は1つしかない。


「やっぱり少し休もうよ。階段しかないし寝るのは難しいけど、座るくらいなら出来るし」

「そうか・・・・・・。なら少し、少しだけな」


 そう言って座り、呼吸を整えに入る。

 塔に入り、先に進むとなって少しづつ何かを失っていった。

 預かり物のフェイトブリンガー。

 俺の背景、ジャックの名前。

 俺を象徴するものが全てと言っていいほど無くなった。ということは・・・・・・。


「初めて会った時と同じ、だな」

「え?」

「俺には名前も武器もなかった。そんな中出会ったのがリン、だったな」

「ああ、そういえばそうね」


 そう。そこまで戻ってきた。なら――この体に残っているものは……。


「……行こうか」

「え、もういいの?」

「ああ。流石に万全とは行かないが、それより先に進みたくて、な」

「そう」


 二人、立ち上がる。再び階段を登り始めた。


     *     *     *


 ――キィン……。ゴォン……。


「戦闘音、か?」

「そうっぽい。この先の広間だろうね」


 俺たちやマトリクスを置いてさらに先行出来る存在……。そいつが今戦っている。


「私らはゆっくり行ってやりましょ。漁夫の利ってやつよ」

「そううまくいけばいいが……」


 様子を伺いながら顔を出す。そこには――。


「(ちょうど終わったっぽい?)」

「(分からん。もう少し様子を見て……)」


 とこそこそとしていたら――。


「……おう。出てきていいぜ。多分、終わったからよ」


 そう言う言葉を聞いて階段を登りきる。


「うっわぁ……」


 リンが驚嘆の声を上げる。場所自体はいつもの円形の白いフィールドだが、いたるところの壁面が抉れていたり、切断されたような跡がある。それも部屋中に、だ。

 こちらも下層で激戦を行ってきたつもりだが、ここまででは無かった。相当な戦いがあったと簡単に想像がつく。


「あ~、そこに居るってのは分かる。だがちっと、目をやられてな。よく見えねぇんだ、近くに来てくれるか?」


 その声の主は――。


「……アーサー」

「ああ? お前はあれか。俺の過去を知ってるやつか。前にあったな」

「そうだ。……お前が能力を奪われるところを見ていた」

「ゲホッ……、なんだ、あの場にいたのかよ。ハズいところを見せちまったな」

「いや、お前は勇敢だった。それは間違いない」

「……そうか」


 アーサーは静かに笑った。体をみるといたるところに傷がある。どれも深い。その出血量を考えれば輸血しなければこの先は……。


「んで、どうだ? 上への階段は出てるか?」

「……、ああ」


 振り返った先に、確かに階段があった。この階の試練はクリアされた、ということでいいのだろう。


「そりゃ、よかった――」

「おい!」


 目に見えて脱力するアーサー。やはり、立ち上がる事すら厳しいか。


「なぁ、すげぇんだぜ……。俺は原典を、背景を失った。いっちまえば一般人というか、それ以下というか。まぁそんなもんだ。ゴホッ……。

 でもよぉ、『エクスカリバー』は、そんな俺でも輝きを失わなかった。信じられるか? 選定の聖剣なんて代物が、ただの一般人に振るわれたんだ」


 彼はさぞ誇り高そうに語る。実際にそうなのだろう。『アーサー』も『エクスカリバー』も二つで一つのようなもの。

 その片翼で、塔のここまで登ってきたというのだから。


「俺はもうだめだ。——そら、持って行けよ。聖剣は力になると思うぜ」


 そういって柄をこちらに向けてくるが……。


「……無理だな。俺には重すぎる」

「そうか……。そうだな、コイツは重すぎる」


 そう言って笑って見せた。


「行けよ。まぁ、後で追いつくがな」

「ああ……、休んだら登ってこい」


 その会話を最後にその場を去った。


「ねえ。アイツって」

「……。俺たちは先を目指そう」


 リンと言葉を交わし、再び塔を登り始める。


 

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