第15話 作戦会議

 王国軍の駐屯地は、まるで戦場の前線そのものだった。


 張り詰めた空気の中、鎧を纏った兵士たちが慌ただしく行き交い、地面に敷かれた地図の上では作戦が次々と塗り替えられていく。

 焼け焦げた草の匂いと、金属の軋む音。そして兵士たちの怒声が交じり合い、あたりは騒然としていた。


 ――まさか、ここまでの大規模作戦になるなんて。


 前線に駆けつけた時点で、それなりの規模だとは予想していたけど、ここに集まった面々を見れば、この戦が例年の小競り合いでは済まされないと誰でも理解できる。


 集まった顔ぶれを見て、僕は息を呑んだ。


 この作戦会議に呼ばれたのは、僕たち《銀狼の牙シルバーファング》だけじゃなかった。隣に陣取るのは、王都で名を馳せるA級冒険者パーティ《鷲の剣イーグルブレード》。

 筋骨隆々の戦士や、冷たい眼をした女魔導士、誰が見ても一流の猛者ばかりだ。


 その前に立つのは、ミレシス王国軍の総司令官――パトラー将軍。鉄のような威圧感を纏った男だ。


 噂には聞いていた。冷徹で、的確で、戦場での判断力は神がかっていると。

 だけど、今こうして目の前に立たれると、噂なんて生ぬるいと思い知らされた。


 将軍の瞳は、まるで刃のようだった。感情の色がほとんど見えない灰色の瞳。なのに、僕たち一人ひとりを正確に測っているような鋭さがあった。

 鎧の上からでも伝わってくる、異常なほどの圧。声をかけられてもいないのに、背筋が勝手に伸びた。


 ……この人には、嘘も、見栄も、通じない。僕の中の直感が、そう告げていた。


「集まってもらうところ悪いが、早速作戦会議に入ってもらうぞ」


 鋼のような声が響く。僕らを見渡しながら、パトラー将軍が重々しく口を開いた。


「――諸君も知っての通り、我が軍はゼロの介入により、甚大な被害を受けている。だが、嘆いている時間はない。この状況を打開するため、冒険者である君たちに、敵戦線をこじ開けてもらいたい」


「……俺たちに死ねというのかよ」


 パトラー将軍の言葉に、ジークは苦々しく言った。

 場の空気が凍りつき、気まずい沈黙が漂っている。


 けれど、将軍は眉一つ動かさなかった。


「死ぬな。生きて突破しろ。それが任務だ」


 淡々とした口調だった。だけど、その一言が重く、鋭く、胸に突き刺さる。命を捨てる覚悟ではなく、生き残ることを命じられる。

 それが、どれだけ過酷か――分かっているからこそ、ジークも何も言い返せなかった。


「現在、帝国軍はセリオス平原にて布陣を固めている。我が軍は正面から本隊をぶつけ、敵陣を中央で引き裂く。その混乱を利用し、包囲殲滅を狙う」


 将軍は地図の上に手を伸ばし、戦線をなぞるように指を滑らせる。


「そして、君たちには――その突破口を開いてもらう。敵陣中央、最も警備が厳しいとされるこの区域だ」


 地図の一点を鋼の指が突いた。僕の喉がひとりでに鳴る。

 そこは……帝国軍が要衝としている、自然の塹壕ざんごう。地形も複雑で、戦力が集中しているとされる場所だった。


 ――そこを……突破しろって?


 目の前に突きつけられた任務は、無謀とも思える内容だった。けれど――パトラー将軍の眼差しには、一切の迷いがなかった。


「異論がある者は申し出ろ。だが、覚悟のない者に戦場を任せるつもりはない」


 将軍の視線が、僕ら一人ひとりをなぞる。まるで、心の奥を試されているようだった。


 張りつめた空気の中、僕の胸に、ひとつの違和感が静かに芽生える。


 ――本当に、セリオス平原が主戦場なのか?


 帝国軍の規模は、予想よりもずっと小さい。まるで“偽のゼロ”に全てを託しているかのような布陣だ。

 もしそうなら、“偽のゼロ”が帝国側の人間である可能性は極めて高い。


 “偽のゼロ”が味方なら、この兵力は理解出来る。


 だとすれば、この胸に残る引っかかりは何だ?


 どこか不自然だ。まるで、こちらの出方を見透かして待ち構えているような……そんな嫌な勘が拭えない。


 帝国軍の陣形は、緩やかな弧を描くように広がっている。パトラー将軍の言うように包囲するならば、相応の兵力が必要だ。


 だが今、奇しくも王国軍はその条件を満たしている。あまりにも都合が良すぎる。まるで「ここで勝負を決めろ」と誘導されているかのようだった。


 しかも、“偽のゼロ”は開戦以来、一度も姿を見せていないという。あれほどの存在を温存したまま、帝国がここまで思い切った策に出るとは考えにくい。


 ――つまり、この布陣自体が囮なのでは?


 別働隊がどこかに潜んでいて、別の目標を狙っている可能性もある。だとすれば、その標的は――?


 ……いや、落ち着け。もっと大きな視点で考えよう。


 もし帝国の本当の狙いが領土の侵攻ではなく、何か別の目的にあるとしたら――。


 僕の沈黙を見て、パトラー将軍が口を開く。


「……言いたいことがあるのか。あるなら言え。戦場で口を噤む者は、それだけで仲間を殺す」


 その声に、僕の中で何かが決壊した。


 ――もう、黙ってはいられない。


「……あ、あの……僕、その……帝国軍のこの配置、もしかして“囮”なんじゃないかって……思うんです」


 その瞬間、視線が一斉に僕に集まった。

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