第4話 恋する乙女


 最近、私――リリィ・フォルティスは悩んでいた。


 その理由はただひとつ。


「ゼロ様、かっこよすぎるんだけどおおおおお!!」


 誰にも気づかれないよう、声を押し殺して枕に顔を埋める。けど、ダメだ。思い出すたびに、心が大暴れする。


 仮面に隠された神秘的な瞳。

 敵を一瞬で葬り去る圧倒的な力。


 まさに、私がずっと憧れていた“ヒーロー”そのものだった。

 冷徹で無敵。どこか儚げな雰囲気さえ漂わせている――そんなゼロ様の姿に、私は完全に魅了されてしまった。


 でも、ゼロ様はあくまで仮面の裏に隠された存在。彼が誰で、何を考えているのか、それを知ることはできない。

 それに、私はただの……何の力もない、普通の女の子だ。


「こんな私が……」


 その悩みは、頭の中でぐるぐると回り続ける。

それでも、やっぱり私は――ゼロ様に惹かれている。

 それはもう、止めようとしても止まらない感情だった。


 そして、気づいたら……彼が現れるたびに胸が高鳴る自分がいた。

 ゼロ様の静かで冷ややかな声に私の心は奪われていた。


「ゼロ様、ああ、かっこよすぎる……!!」


 もう、どうしよう……!

 こんな気持ちを抱えていることが、私には少し恥ずかしくて、でもどこか嬉しい。


 それに、あのゼロ様の言葉。


「……風が、泣いている」


 それは一体どんな意味だったのかしら……ゼロ様のことだから、きっと深い意味はあるはず。

 そもそも私なんかが、ゼロ様を推し量るなんておこがましいにもほどがある。


 それほど、ゼロ様は私にとっては、特別な存在。


 でも――


 最近、なんかおかしいの。


 ゼロ様に恋してるはずなのに、なぜか、違うやつのことが気になる。


 それは、ゼロ様とはまるで正反対の存在。

 ただの荷物持ちで、情けないのに――なのに、なぜかほっとけない。


「……リアン」


 気づいたら、名前を呼んでいた。


 ……いや、別に、好きとかじゃない。うん。たぶん。


 ただ、どうしてだろう。ゼロ様が現れる直前、彼がよくそばにいる気がする、とか。

 私がピンチの時、必ず現れてくれるあのタイミングとか。


 もちろん、まさか、とは思ってる。

 あんなに完璧なゼロ様が、あのリアンなわけない。ありえない。ありえるはずが――。


「……でも、もし、もしもよ?」


 もし、あの仮面の下にいたのがリアンだったとしたら?

 この胸の高鳴りは、ゼロ様だけじゃなく、リアンにも向けられていたとしたら?


 私は枕をぎゅっと抱きしめた。


 わけがわからない。

 でも、ゼロ様に恋しているはずなのに、リアンのことが気になってしまう自分が……少しだけ、怖い。


 まるで、仮面に隠された誰かの正体を、無意識に追いかけてしまっているみたいだった。


 私は枕に顔を埋め、目を閉じたまま深呼吸を繰り返す。


「ゼロ様、どうしてこんなに……」


 思わず口に出した言葉が、静かな部屋の中に響く。ゼロ様のことを考えるだけで胸が高鳴り、顔が熱くなる。

 あの仮面をかぶった姿、冷徹で無敵な雰囲気。まるで私の心を完璧に支配してしまったかのように、彼のことばかり考えてしまう。


「でも……」


 ふと、頭をよぎったのは、やはりリアンだった。


 彼のことが気になり始めてから、私の心はますます混乱していた。

 ゼロ様への憧れが強いはずなのに、どうしてこんなにリアンのことが気になるのか、自分でもわからない。


「おかしい、ゼロ様に恋しているはずなのに……」


 リアンなんて、ただの荷物持ち。戦いになれば真っ先に逃げ出すし、情けないところばかり目立つ。

 でも、時折見せる優しさに、どうしても胸が温かくなる。それはまるで、ゼロ様の冷徹さとは正反対の、柔らかな光のようなものだった。


 私が疲れている時、リアンはいつも「大丈夫か?」と声をかけてくれる。その一言に、私はいつも救われていた。

 情けなくて頼りないのに、そういうところだけ妙に気が利く……だから余計に、目が離せないんだよね。


 ついからかってしまうのは、もしかして――この気持ちを隠したいからなのかもしれない。


「リアン……」


 名前を呼んでみて、さらに混乱が深まった。彼に対して感じるのは、ただの親しみや安心感だけだと思っていた。

 でも、どうしてだろう。心の中で違和感が募る。もし、ゼロ様があの仮面を取ったら……そこにいるのはリアンだったらどうしよう、と、そんな考えがふっと浮かぶ。


「いや、ありえない……」


 頭の中で何度も自分に言い聞かせる。ゼロ様は、あんなに完璧で冷徹な人物だ。

 リアンのように、あんなに優しくておっとりしているわけがない。


 でも、ふとした瞬間に、ゼロ様の言葉とリアンの言葉が重なって見えることがあった。ゼロ様が言ったあの一言、「……風が、泣いている」。

 あれは何かの暗示だったのかもしれない。リアンがたまに言うような、無意識のうちに深い意味を含んでいる言葉に似ている。


 かつて一度だけ、真夜中に、誰もいない場所で、リアンがぽつりと呟いたのを見たことがある。

 確か、「……夜が、騒がしい」って、そんな言葉だったと思う。


 その瞬間、なぜだか分からないけれど――リアンの姿が、ゼロ様と重なって見えた。


「ううん、違う、ゼロ様はゼロ様、リアンはリアン……」


 私は再び枕に顔を埋めて、目を閉じた。もう、何が何だかわからない。


 ただ、胸が重く、心がざわつく。その原因が、ゼロ様とリアン、どちらのことなのかもわからない。

 ただひたすらに、心が引き裂かれるような思いに駆られていた。


「ゼロ様……リアン……」


 私の心が向かう先は、果たしてどちらなのだろうか。それとも、どちらも――?


 その答えを見つけることができる日は、まだ遠いのかしら。

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