第4話 恋する乙女
◆
最近、私――リリィ・フォルティスは悩んでいた。
その理由はただひとつ。
「ゼロ様、かっこよすぎるんだけどおおおおお!!」
誰にも気づかれないよう、声を押し殺して枕に顔を埋める。けど、ダメだ。思い出すたびに、心が大暴れする。
仮面に隠された神秘的な瞳。
敵を一瞬で葬り去る圧倒的な力。
まさに、私がずっと憧れていた“ヒーロー”そのものだった。
冷徹で無敵。どこか儚げな雰囲気さえ漂わせている――そんなゼロ様の姿に、私は完全に魅了されてしまった。
でも、ゼロ様はあくまで仮面の裏に隠された存在。彼が誰で、何を考えているのか、それを知ることはできない。
それに、私はただの……何の力もない、普通の女の子だ。
「こんな私が……」
その悩みは、頭の中でぐるぐると回り続ける。
それでも、やっぱり私は――ゼロ様に惹かれている。
それはもう、止めようとしても止まらない感情だった。
そして、気づいたら……彼が現れるたびに胸が高鳴る自分がいた。
ゼロ様の静かで冷ややかな声に私の心は奪われていた。
「ゼロ様、ああ、かっこよすぎる……!!」
もう、どうしよう……!
こんな気持ちを抱えていることが、私には少し恥ずかしくて、でもどこか嬉しい。
それに、あのゼロ様の言葉。
「……風が、泣いている」
それは一体どんな意味だったのかしら……ゼロ様のことだから、きっと深い意味はあるはず。
そもそも私なんかが、ゼロ様を推し量るなんておこがましいにもほどがある。
それほど、ゼロ様は私にとっては、特別な存在。
でも――
最近、なんかおかしいの。
ゼロ様に恋してるはずなのに、なぜか、違うやつのことが気になる。
それは、ゼロ様とはまるで正反対の存在。
ただの荷物持ちで、情けないのに――なのに、なぜかほっとけない。
「……リアン」
気づいたら、名前を呼んでいた。
……いや、別に、好きとかじゃない。うん。たぶん。
ただ、どうしてだろう。ゼロ様が現れる直前、彼がよくそばにいる気がする、とか。
私がピンチの時、必ず現れてくれるあのタイミングとか。
もちろん、まさか、とは思ってる。
あんなに完璧なゼロ様が、あのリアンなわけない。ありえない。ありえるはずが――。
「……でも、もし、もしもよ?」
もし、あの仮面の下にいたのがリアンだったとしたら?
この胸の高鳴りは、ゼロ様だけじゃなく、リアンにも向けられていたとしたら?
私は枕をぎゅっと抱きしめた。
わけがわからない。
でも、ゼロ様に恋しているはずなのに、リアンのことが気になってしまう自分が……少しだけ、怖い。
まるで、仮面に隠された誰かの正体を、無意識に追いかけてしまっているみたいだった。
私は枕に顔を埋め、目を閉じたまま深呼吸を繰り返す。
「ゼロ様、どうしてこんなに……」
思わず口に出した言葉が、静かな部屋の中に響く。ゼロ様のことを考えるだけで胸が高鳴り、顔が熱くなる。
あの仮面をかぶった姿、冷徹で無敵な雰囲気。まるで私の心を完璧に支配してしまったかのように、彼のことばかり考えてしまう。
「でも……」
ふと、頭をよぎったのは、やはりリアンだった。
彼のことが気になり始めてから、私の心はますます混乱していた。
ゼロ様への憧れが強いはずなのに、どうしてこんなにリアンのことが気になるのか、自分でもわからない。
「おかしい、ゼロ様に恋しているはずなのに……」
リアンなんて、ただの荷物持ち。戦いになれば真っ先に逃げ出すし、情けないところばかり目立つ。
でも、時折見せる優しさに、どうしても胸が温かくなる。それはまるで、ゼロ様の冷徹さとは正反対の、柔らかな光のようなものだった。
私が疲れている時、リアンはいつも「大丈夫か?」と声をかけてくれる。その一言に、私はいつも救われていた。
情けなくて頼りないのに、そういうところだけ妙に気が利く……だから余計に、目が離せないんだよね。
ついからかってしまうのは、もしかして――この気持ちを隠したいからなのかもしれない。
「リアン……」
名前を呼んでみて、さらに混乱が深まった。彼に対して感じるのは、ただの親しみや安心感だけだと思っていた。
でも、どうしてだろう。心の中で違和感が募る。もし、ゼロ様があの仮面を取ったら……そこにいるのはリアンだったらどうしよう、と、そんな考えがふっと浮かぶ。
「いや、ありえない……」
頭の中で何度も自分に言い聞かせる。ゼロ様は、あんなに完璧で冷徹な人物だ。
リアンのように、あんなに優しくておっとりしているわけがない。
でも、ふとした瞬間に、ゼロ様の言葉とリアンの言葉が重なって見えることがあった。ゼロ様が言ったあの一言、「……風が、泣いている」。
あれは何かの暗示だったのかもしれない。リアンがたまに言うような、無意識のうちに深い意味を含んでいる言葉に似ている。
かつて一度だけ、真夜中に、誰もいない場所で、リアンがぽつりと呟いたのを見たことがある。
確か、「……夜が、騒がしい」って、そんな言葉だったと思う。
その瞬間、なぜだか分からないけれど――リアンの姿が、ゼロ様と重なって見えた。
「ううん、違う、ゼロ様はゼロ様、リアンはリアン……」
私は再び枕に顔を埋めて、目を閉じた。もう、何が何だかわからない。
ただ、胸が重く、心がざわつく。その原因が、ゼロ様とリアン、どちらのことなのかもわからない。
ただひたすらに、心が引き裂かれるような思いに駆られていた。
「ゼロ様……リアン……」
私の心が向かう先は、果たしてどちらなのだろうか。それとも、どちらも――?
その答えを見つけることができる日は、まだ遠いのかしら。
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