4 アーカム博物館にて3

宙を舞う腕は、2度3度空中を回り、ドン と鈍い音を立てて床に落ちた。

イーサンは剣を異形に向けて構えなおし、一歩後ろに下がって間合いを取った。

異形はイーサンに向き直りながら、ゆっくりと背を起こした。

切断された右腕の傷口からは、ぼたぼたと黒い液体が落ちている。

異形は声も発さずに、イーサンを凝視しながら腕の傷口を長い舌でべろりと舐めた。


腕だけではダメだ。弱点はどこだろうか。

恐らく心臓を突けば倒せると思うが、場所が分からない。

となると、頭しかないが頭は遥か上にあり、とてもじゃないが手が届かない。

何とかして頭を下げさせないと。


ここであいつを倒せなければどっちみち殺されるしかない。

イーサンは腹をくくった。


剣を右下に構え、足を軽く開き腰を落とした。

どっと汗が噴き出す。イーサンは大きく息を吸った。

そして、今度はイーサンが先に飛び出した。

反応した異形は、左手を振り上げ、力一杯に振り下ろした。

イーサンは軽く右側にステップ。異形の左手の爪はイーサンを掠めながら轟音とともに床を叩き割った。

そのままイーサンは左足を軸足に反時計回りに体をひねらせ、

力任せに異形の左足に剣を叩きつけ、そのまま振りぬいた。

先ほど腕を切り落としたときよりは浅いが相当深く切り付けた。

傷口から黒い液体が噴出す。

イーサンは体を翻し、異形の正面に立った。


先ほどの地面に突き刺さった左手で前のめりだった異形の体勢が、

そしてその後の足への攻撃で、さらに大きく前にぐらりと崩れた。

異形は左足の膝をつき、地面に切り落とされた丸太のような右腕をついた。


異形は顔を上げ、赤く光る邪な目でイーサンを見た。

一瞬、にやりと笑ったように見えた。

左手を地面から抜き、イーサンに向けて横払いをしようとした瞬間、

それよりも早く、イーサンの持つ剣が異形の眉間に深々と突き刺さった。


「グアアアアアアアアアッ」


異形がはじめて声を発した。

首を左右に激しく振り、イーサンは後ろに突き飛ばされて尻餅をついた。

この世の物とは思えない、聞いた者の気を狂わせるような不快な声であった。

異形は残った左手で剣を抜こうとしたが抜けない。

左手で頭を掻き毟る。

暴れる異形をイーサンは見つめることしかできなかった。

そして、やがて頭の動きと左手の動きが止まり、目に当てた左手の指の隙間から、赤く光る邪な目がイーサンを見つめた。

何か、心の中をのぞかれているような気がしたが、

イーサンを見つめていた赤く光る邪な目は徐々に光を失い、やがて瞼を閉じた。

そして異形は左手を地面についたが、力を失ったようにぐらりと頭をつき、ズン という鈍い音とともに地面に体が倒れた。


博物館に静寂が戻った。


イーサンは今起こったこと。自身で行ったことが全く理解できず、

呆然と異形の亡骸を見つめていた。

「あ、剣を抜かなくちゃ」ぼそっと呟くと、よろよろと立ち上がり剣に手をかけた。

グッと力を入れると、手ごたえもなく、するっと”銀色に鈍く光る剣”が抜けた。

頭の傷口からは黒い液体が流れ出した。


そしてイーサンは剣を持ったまま膝をついた。


「イーサン、大丈夫か!」

ランドルフがふらふらと歩いて近づいてきた。

「か、勝ったんでしょうか・・・」イーサンが目の前に横たわる巨大な異形を見ながら呆然として言った。

「ああ。君のおかげで助かった。」

ランドルフがイーサンを抱きしめた。

「ありがとう。」


その時、目の前にある異形に変化があった。

空気がゆらりと歪むように見えた後、砂のように異形の体が崩壊し始めた。

見る見る間に砂のようになっていき、そしてその砂も空気中に溶けるように消えていった。

先ほど切り落とした腕や、傷口から流れた黒い液体も溶けるように消えていった。

唖然として二人が見つめる目の前で、異形と呼ばれた物は跡形も無く消え去った。


「消えた・・・。」


ランドルフはイーサンの持つ剣に気がついた。

「イーサン。その剣・・・」

イーサンは剣を見た。

その手には、銀色に輝く、錆一つ無い剣が握られていた。


その時、メインホールのほうからサイレン音が聞こえた。

警察や消防隊が到着したようだ。


ランドルフははっとした。

「イーサン!君はこの場を離れたほうがいい。後のことはうまく処理しておくから。

 早くバックヤードから行きなさい!」

ランドルフも説明できない状況にイーサンを巻き込むわけにはいかないとランドルフは思った。

「わかりました。」

イーサンは立ち上がると、剣をランドルフに渡し、よろよろと隣の展示室に向かった。

先ほど異形が破壊したガラスケースが扉を塞いでいるのが見える。

だが、撤去できないほどではない。イーサンは倒れたガラスケースに手をかけ、力任せに横に引っ張った。

人一人であれば何とか通れる隙間ができた。


イーサンは扉を開けると隙間からバックヤードに滑り込んだ。


その直後、展示室に警官隊が走りこんできた。

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