第6話 卒業したくない
卒業式の日はどんよりと曇っていた。
灰色の雲が一面を覆い、乾燥した空気はひやりとしている。あれから祥太は、無事に私立の昴流学園に入学が決まった。四月からは竜之介と同じ制服を着る事になる。
入学式は春爛漫の暖かい日になればいいな、とささやかに願った。ぽかぽかの日差しにピンクの桜、春風に乗って鼻をくすぐる花々に囲まれたい。しかし、まずは卒業式だ。
その儀式も無事に終わろうとしている。
祥太は体育館の中から外をぼんやりと眺めた。そして、壇上からマイクを通して響いていた宏人の声がいっそう低くなった事に気付いた。
卒業生代表の宏人の朗々とした声が体育館を包み込んでいる。女の子はすでに涙ぐみ、ハンカチを持って口を噛みしめていた。
卒業したくない。もっと、みんなと一緒にいたい。そう願っているのかもしれない。しかし、祥太の心は違った。
早くここから出たい。いなくなってしまいたかった。
祥太は盗み見るように宏人を見つめてから、視線を床に落とした。
凛とした立ち姿。宏人の横顔。見るに耐えなかった。
しばらくして声がやんだ。
ピアノの音が流れ始め、在校生が卒業生を送る歌を歌い始めた。感極まった女子生徒の涙が頬を伝い、それらが伝染して五割の生徒は泣きじゃくっている。
祥太の列が立ち上がった。導かれるように祥太も立ち上がるとゆらりと歩き出す。
俺たちは今日、卒業する。
あれから宏人と口を聞かない日々がずっと続いていた。このまま、卒業してしまうのだ。それでいいのだろうか。
祥太は顔を動かして宏人の座っている席を見た。宏人はまっすぐ前を向いて微動だにしない。
何を考えているのだろう。その横顔は無表情だった。
教室に戻ると涙に濡れた担任の小西が現れ、賛辞の言葉を述べ始めた。
最後の別れをしてから、生徒が小西の周りに集まっている。先生、飲みに行こうよと冗談で女子生徒が誘っている。君たちは未成年ですよ、と小西が笑っていた。
いつの間にか、みんな教室を出ていた。
「記念撮影だってよ」
竜之介の声に我に返った。
「あ、うん」
忘れ物はないか確認して、二人は教室を後にした。
校庭は卒業生で溢れていた。
順番に記念撮影が行われ、先生たちの仕事もこれで最後なのだろう。てきぱきとカメラマンの指示に従って動いている。
そんな先生たちも嬉しそうで、少しさみしそうに見えた。
笑顔で記念写真を撮り、自由になった生徒たちは各自で写真を撮り始めた。母親はすでに帰り、祥太と竜之介は二人で自分たちがいた教室の方角を眺めていた。
「宏人のボタン、全部なかったな」
「……ふうん」
宏人の名前を聞いたとたん、祥太はびくっと体を揺らした。竜之介は祥太の肩を抱いた。
「今日は卒業式やで? 何でそんなに暗い顔しとんや。もっと笑えや」
「うん……」
笑いたかったが、笑えないのだ。
「暗いなあ。緑ヶ丘高校落ちたんがそんなにショックなんか? もう一ヶ月も前やろ? はよ、忘れや」
緑ヶ丘高校は確かに受けたが、どんな問題を解いたかもう覚えていない。それより何のために受けたのか、その理由も今は分からない。祥太は押し黙った。
「四月から俺と同じ昴流学園に行けるんやから、幸せやんか。俺はまた三年間、祥太と一緒におれるんかと思うと、はよ高校に行きたくてたまらんわ」
「ねえ、竜之介」
「何や?」
背後では写真を撮っている女子生徒のはしゃぐ声がしていた。
「何で俺、緑ヶ丘校落ちたんだろう」
竜太郎がギョッとした。
「え? そ、それはあれやな。祥太のレベルに合わんかったんや。逆に受かっとったら大変やったで? お前は大嫌いな勉強を毎日死に物狂いでやって、塾に通って、今よりずっと痩せて骨と皮だけになるかもしれんかったんや。落ちてよかった」
「ひでぇ……」
力なく笑う。確かにここ一ヶ月で祥太は少し痩せてしまった。
「それより、昴流学園はええ高校やで? アホばっかり集まっとるけど、スポーツが強いんや。祥太の好きなサッカーは国体に行けるレベルやしな。あ、宏人や。宏人っ」
いきなり竜之介が手を振る。祥太はびくっと肩を震わせた。振り向くと、写真を撮り終わったらしい宏人が目の前を歩いて行く。
「宏人っ」
竜之介がもう一度呼んだ。しかし、宏人はこちらの方も見ずに行ってしまった。
「何や、あいつまだ怒っとんのか」
「あんな奴知らない……」
ぼそりと低い声で祥太が呟いた。
「ケンカしたまま卒業なんて悲しいやんか。何があったんか知らんけど、はよ追いかけて謝って来いや」
「嫌だ」
祥太も強情だった。
あの日以来、二人はひとことも口を聞いていなかった。
「絶対後悔するで。ただでさえ高校が違って会う時間が減るのに」
祥太は黙っている。竜之介はぽんぽんと肩を叩いた。
「宏人って、名前呼ぶだけでいいんや。なあ?」
「うん……」
うな垂れていた祥太はちょっと顔を上げた。優しい目で竜之介が見ている。
「ほら、行って
「でも……」
「絶対に後悔する。俺の言葉を信じて、宏人に声をかけるんや。名前を呼ぶだけでいいんや。簡単やろ?」
「……うんっ」
口を噛んでいた祥太だったが、決心したように顔を上げると、宏人を追いかけた。
本当はもっと早く仲直りしたかった。
祥太の中ではあの出来事はなかった事にできたのだ。でも、宏人はそうはいかなかったらしい。
何度か話しかけようと試みたが、次の日から徹底的に無視されてしまった。無視をされるたびに祥太は傷ついた。そして、気が付くと自分も意地になっていた。
祥太は、宏人に追いついた。
「ひ、宏人っ」
声をかけると、女子生徒に囲まれた宏人が振り向いた。
「あ……」
宏人の視線は冷たかった。
「あの……」
声が急に出なくなった。すると、後ろから声をかけられて腕をつかまれた。
「柏木くんっ」
「え?」
「写真、一緒に入ってくれる?」
クラスの女子がカメラを持って笑っている。
「え? あっ」
断る隙も与えず祥太は女子の集団につかまってしまった。
「あの、俺……、あっ、宏人っ」
宏人が背中を向けて遠ざかっていく。
「柏木くん」
焦れた女の子たちが引き寄せる。
「うん……」
祥太はしょんぼりとしたまま写真に写った。それから、とぼとぼと竜之介の所へ戻った。
「謝ったか?」
「ううん……」
「はあ? 何しとんや」
「邪魔が入ったんだよ」
自分でも泣きたくなってくる。どうしてこんなにタイミングが悪いんだろう。
「祥太の家と宏人の家って近いん?」
「うん。歩いて数分のところにある」
「それやったら、今日家に帰ったらすぐに会いに行け。絶対やで、約束しいや」
念を押されて頷いた。
そうだ。まだ、チャンスはある。
「分かった。約束する」
祥太はしっかりと頷いた。しかし、それはかなわない事だった。
卒業式が終わって、すぐに宏人の家族は田舎に里帰りしてしまった。
謝るタイミングを逸して、祥太はがっかりと肩を落とした。
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