第13話 負けるもんですか!

 「マスター。マスタークロウ! いますか! 緊急事態なんです!」


 ロクサーヌのギルド会館に響いたのは、息が上がっているネルフィの声だ。

 事態を一刻も早く伝えたくて、焦っていた。


 その彼女の声に反応したのが、職員の部屋で作業をしていたリリアナだ。

 メモを取って、今までのギルド職員の行動を記録していた。

 マスターへ報告するためである。


 「ネルフィさん?」

 「あ。リリアナ殿。マスターは!」

 「それが今。出張中でして」 

 「え。マスターが・・・」


 あのワームを一撃で屠ることが出来るマスターがいないなんて。

 ここでは彼が、唯一の希望だったのに・・・。


 絶望感に苛まれたネルフィが動きを止めると。


 「ネルフィさん、どうしたんですか?」

 「どうしたら・・・いいんでしょう・・・・どうしたら」


 うわの空で話を聞いていないので。


 「ネルフィさん!」


 リリアナが声を張り上げた。


 「あ。リリアナさん。そうだ。それが今・・・」


 団長レオが今の緊急事態に対処している事を伝えると。


 「なるほど。魔族がいるかもしれないという事ですね・・・それにさっきの地震は、もしかしてですが」

 「おそらく、団長が港の方で戦っているんだと」

 「わかりました。シオンさんとフラン君にも連絡します」

 「そういえば、お二人は」


 ネルフィが、キョロキョロとギルド会館を見る。

 いつもしっかり仕事をしている二人がいなかった。


 「はい。二人は情報を集めてまして、町を移動してます。そうだ。このあとやる予定だったことを前倒しにして・・・。これで伝わると嬉しいですが。緊急無線を使います」


 ギルド会館に設置されている緊急無線。本当の危機が迫った時にのみ使用が可能。

 ロクサーヌは、王都アバルティアの会館に繋がる。


 『ウイウイウイウイ』


 警報装置の高い音が鳴り響いて、無線が繋がる。


 「こちらアバルティア会館。そちらはロクサーヌですね」

 「はい。こちらロクサーヌのギルド会館です」

 「何用でしょうか。これは緊急無線ですよ」

 

 些細な事で使うなよ。

 という心の声が聞こえそうな相手の態度だ。

 そこに、疑問を持つのは、この会話が聞こえているネルフィだった。

 なんだか失礼な態度にも聞こえてきて、自分が対応していないのにイライラした。

 

 でもリリアナは気にせず話しかける。

 こちらとしては相手がこのような態度であるのは想定済みだからだ。

 

 「はい。魔族がやって来たようです」

 「は?」

 「魔族一体と、ガーゴイルの群れが、ロクサーヌの海岸に現れました」

 「何を言って。魔族なんて、千年は現れて・・・」


 いないだろうが!

 このような強い言葉にはならなかったが、その思いが端々に現れていた。


 「それが、現れたのです。ロクサーヌでは先程地震のような攻撃までありました」

 「ありえない! 嘘をついているのでは」

 「こんな事で嘘を言うわけがないです。こちらに救援が欲しいです。援軍を出せませんか」

 「・・・出せませんよ」

 「なぜ」

 「無理です。不確定な証言ですし。それに、マスターなしでのこちらの冒険者らの出撃は許可を出せません。そちらとこちらは別のギルド会館ですからね」

 「ああそうですか」


 ぶっきらぼうに、リリアナが言った。


 今回、当然の事だが、アバルティアにだってマスターがいない。

 それは全部のマスターが、会議に参加しているからだ。

 

 しかも、彼らアバルティア会館と、ロクサーヌ会館では、支配権が別になる。

 だから、別な地域の派兵が出来ないと判断した。

 でも同じ国ではあるのだ。

 だったら、そこに融通があってもいいだろうと思うリリアナの口調は強くなっていく。


 「いいですか。アバルティア会館! ここが消滅したら次はあなたたちだ。それをお忘れなく!」

 「脅しても無駄ですよ」

 「ええ。脅しと捉えても結構です。しかし、本当の事です。相手が魔族。こちらの上位冒険者は、三級冒険者たちまでです。この戦力では勝てないのは確実。そしたら、こちらが全滅して。あなた方の方に行くでしょうね。今の敵の大戦力が!!! そちらもやられても知りませんからね」

 「・・・・・・」

 

 リリアナも負けじと言い合いに入る。

 どうせ、このような形になると思っていた。

 彼女は覚悟の上で、連絡をしていたのだ。

 ロクサーヌ側が格下だから。

 相手はこちらに言い分を信用して来ないだろう。

 そう思って彼女は連絡を出していたのだ。


 「でも知っています。どうせ信じてもらえないってね。だからせめて一つ連絡をしてほしい。今マスター会議に参加している。ロクサーヌのギルドマスタークロウへの連絡をお願いします。こちらに来てもらえませんかと」

 「クロウへですか?」

 「はい。この連絡を緊急でお願いします。現在のマスター会議で、クライロンにいると思いますので」

 「・・・・わかりました。その連絡はしましょう。しかしあなたがマスター以下の立場。その話を・・・ここから先の人間が聞いてくれるかは、わかりませんがね。あまり期待しないでくださいよ。中継点の人間が連絡をするか知りません」


 マスターの権限がないものが緊急連絡を使用。

 その上で、魔族襲来。

 二つのありえないことで、信用度がない連絡となる。

 

 「なんでもいい! とにかく、伝えてください!」


 リリアナの怒りもかなりのもので、ぶっきらぼうに答えると、相手方は最後に慌てていた。


 「わ、わかりました」


 そして相手の言葉を聞かずして、リリアナは魔法無線をぶちっと切った。



 「ああ。ふざけてます! こっちだって、好きでアバルティアに連絡したわけじゃないのに!! 何がマスター以下ですか! ギルド職員でしょ。だったら、誰の連絡だって信じてくださいよ!!! 同じ職員なんだから!」

 

 珍しくリリアナが愚痴を大声で言うと。


 「ふざけてますね。リリアナ殿。なんですか。今のは? 本当にギルド職員なんですか?」

 「そうなんですよ。酷いですよね。あのアバルティアの人たちは、私たちの事を信じないんですよ。こっちの事を一方的に嫌っているんです」

 「嫌い?」

 「はい。マスターが、マスターたちの中で新参者で。しかもここがアバルティアの分家じゃなくて、独立したマスターとして、存在しているのがね。気に食わないんです」


 ロクサーヌのギルドは、アバルティアの支部として存在しているギルド会館ではなく、しっかりとした独立のギルド会館となっている。

 そこが、本家となるはずだと思い込んでいるアバルティアの全体が不満として思っている事だ。

 何も東のギルドマスターだけが不満に思っている事じゃないのである。


 「絶対負けません。私はここで頑張って! アバルティアよりもすんごいギルド会館にするんだから! 私たちのマスターが凄い人なんだって認めさせるんですよ!」

 「そ。そうですよね。頑張りましょう。私もここで頑張ります」

 「はい。ネルフィさん、一緒に頑張りましょう!」

 「はい!」


 リリアナとネルフィは、このロクサーヌの地で努力していこうと誓った。


 


 

 

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