第9話 その動き、約束と違うでしょ
本日の第一声は、シオン。
マスターの席で、漫画を読むクロウに迫る。
「あのね」
「なに?」
淡々と答える。
「二日経ったよね?」
「え? 二日? 何の事だ?」
「クロウ。あなたね。二日後にはここを立つって言ってなかったっけ?」
「そんな事言ったっけ?」
シオンが呆れる。ついたため息の大きさで落胆ぶりが分かる。
「自分からマスター会議に行くって言ったのよ」
「ああ。それね。予定変更。三日後にはいくからさ。安心しな」
クロウは、マスター専用の机に足を置いて、漫画を読んでいた。
業務時間ですが、仕事をしていません。
これはマスターらしからぬ姿であり。
シオンの心には、段々と怒りが湧いて来る。
「三日後? あなたそれって、会議の日でしょ。何考えてるのよ」
「大丈夫。大丈夫。間に合うから心配しなさんな。それにそんなムキになって、言うなよ。なんだかお母さんみたいで、俺が仕事が出来ない奴に見えるじゃん。周りの目も気にしてよ」
フラン君とか。リリちゃんに聞こえたら。
仕事の出来ない、情けない男みたいでしょ。
と、クロウはチラチラ彼らの姿を見た。
そんな事も知らない彼らは、今日も懸命に新人登録を頑張っている。
「あんたね。いい! アバルティアとクライロンの鉄道を乗り継いで利用しても三日は必要なのよ。今行かなかったら、間に合わないんだからね。さっさと行きなさいよ。遅刻したらどうするの」
『あんた学校に行きなさいよ』
お母さんテンションのシオンだった。
「いや、目的地はクライロンの王都だろ。あそこまでなら一瞬だわ。一分あればいける」
「は? 鉄道を使って、三日が限界だって言ってるじゃない」
「鉄道? あんなもんに頼るか」
「え?」
「お前さ。これを見ろ」
「?」
シオンは言われたとおりに、クロウが持っている漫画本を見た。
「ほい!」
「え。消えた」
漫画本が一瞬で消えた。跡形もなくだ。
「シオン」
「なに?」
「頭」
「頭?」
シオンの頭に漫画本があった。移動の痕跡もないのに、彼女の帽子のような立ち位置に移動していた。
「え? なにこれ。あなたが読んでたやつじゃない」
「そう。こいつはテレポート。移動魔法さ」
「テレポート!? そんな高度な魔法。あなた使えたの!?・・・え、いったい。どこで。それって宮廷魔法師団が、結束して発動させる魔法よね」
「そうなの?」
「そうよ」
各国にある魔法師団。
高名な魔法使いから、若手の有望株まで。
多種多様な魔法使いが存在しているエリート集団。
魔法系統のジョブに就いたのなら、一度は入ってみたい仕事だ。
その中でも、エリート中のエリートたちが、このテレポートを行えるとされている。
繊細な魔法コントロール力と、物体を目的地にまで移動させるイメージ力が必要となるからだ。
「それにあなた。魔法陣はどこにあるの? 魔法陣から、魔法陣まで移動させるのがテレポートの基本じゃないの?」
「魔法陣? ああ、そいつは人の移動の時だけだ。これはモノの移動だから、気を遣う必要がないのさ」
「・・・え・・・どういうこと?」
「要は傷がついてもいいだろ。漫画本だからさ。でもな、人では、そうはいかねえ。失敗した時にドロドロに溶けた人が出てくるなんて、悲惨だろ。だから、たぶんな。魔法師団の連中は、繊細なコントロールを皆で分け合ってんだよ」
「え?」
「いいか。シオン。魔法ってのは基本一人で出来る。俺がそういう風に教えただろ」
「ええ。そうね」
シオンは、素直な時は素直な返事をする。
「でもさ。お前さ。難しいものは皆でやろう。こう教わったのか?」
「それはそうよ。当たり前でしょ。王都の学校でも、それが基本だったわ」
「どこの王都だ」
「クライロンよ」
「クライロン特別支援学校か」
「ええ。そうよ」
各国には学校がある。
地方にもあるが、中央。王都圏にある学校は有名校ばかり。
その中でもクライロン特別支援学校は、特別だ。
さすが大陸中央に君臨し続ける国家。教育機関は、他国を凌駕している。
五国の学校が戦う。
学校別対抗戦での成績は常に上位である。
「あそこでもそんな教えか。いいか。魔法は気合いと根性」
「え? 気合いと根性?」
「そうだぞ。やれると自分を信じていけば、一人でも出来る! 皆でやることでも、一人で出来たりするのよ・・・つうかさ。メイちゃんが今でも校長か?」
「メイちゃん・・・ってまさかあんたって人は!」
メイフリン・リンクバード。
こじんまりとしたものが好きなエルフ。
可愛いものを集めるのが趣味。
ジョブは大賢者。あらゆる魔法を扱える。
マジックマスターとも呼ばれている。
御年345歳の若手だ。
エルフにとっては、1000歳未満は若手となっている。
「メイフリン様の事よね。何偉そうに親し気に言ってんのよ」
「メイちゃんだろ。マジックマスターのさ」
「あんた・・・そっちで覚えてるの!?」
「あ? 当たり前だ。彼女の魔法の基礎は、俺が作ったからな。メイちゃん。昔は細かい部分がド下手糞だったからな・・・じゃあ。俺、さっきの魔法で疲れたから寝るわ」
シオンの頭の上にある漫画本を取って、クロウは自分の顔に被せる。
すると、いびきをかいて寝始めた。
「zzzzz」
「あ、もう寝たの・・・・」
シオンはクロウが見える自分の席に座った。
肩肘を突いて、彼を見る。
「でもメイちゃんの基礎を作った? この人が? え。だってこの人。どうみても、歳がいっているって言っても、40くらいよね? メイフリン様は三百歳越えよ。あれ??」
この人と出会って三年。
色んなことで、知らない事にでくわす。
だから、困る事が多い。
でもこの人と出会えたから、自分が自分らしく生きていける。
今も笑顔でいられるのは、クロウがいたから。
だから、シオンはクロウの隣で、今日も仕事をする。
◇
三日後。
「クロウ。本当に大丈夫なの」
「しつこいな。お母さんみたいに心配すんなって」
「だって。あなたまだここにいるじゃない。本当は王都に向かっているはずでしょ」
「だから言っただろ。テレポートでいくからよ」
毎回この話をしないといけないのか。
クロウが珍しくうんざりしていた。
二人の会話の合間にフランが聞く。
「マスター。テレポートって、あのテレポートですか?」
「あのって?」
「移動のです」
「そうだよ」
「魔法陣は?」
「ああ。君もか。大丈夫だ。向こうにあるからさ」
「え? 向こうですか?」
「ああ。あっちに魔法陣があるから、ビュビュンと行けちゃうんだ」
「そ。そうですか・・・それはまた凄いですね」
テレポートの原理を理解していると分かる。
魔法陣から魔法陣ではない状態で、移送を行う。
それがいかに難しい事をよく理解していた。
「ほんじゃ。リリちゃん。フラン君。頑張ってね。君たちの新人登録作業。報われるように俺が交渉してくるよ」
「「?」」
二人が首を傾げると、クロウの体が薄くなり始めた。
青の光が彼を包み込む。
「ちょっと。あたしは。あんた。あたしには何にも言わないの」
「え? なんか言ったか。聞こえねえんだよな。この光が出てくるとよ」
「ちょっと。ずるいわよ。二人だけ」
「だから何言ってんだよ。シオン・・・あ!? 悪りい。時間だわ」
クロウが消えた。
「酷い。二人には挨拶してるのに・・・」
がっくりしたシオンの肩にリリアナの小さな手が乗った。
「まあまあ。シオンさん。そんなに気落ちしないで、マスターはシオンさんを一番信頼しているんですよ」
「そう?」
「ええ。そうですよ。いつもシオンはどこ行ったって。言ってますから」
「そうなの」
彼女の言葉で、シオンが明るい顔になった。
しかし、リリアナは大いに勘違いしていた。
クロウがそう聞く理由は、そういう意味じゃない。
ただ単純に、そばにいられるとガミガミ怒られるから、そそくさと見えない位置に隠れたいだけである。
それでも・・。
「そうよね。あたしがいないと駄目よね」
「そうですよ」
立ち直ったシオンだった。
彼女も意外と単純で、純粋で、一途である。
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