3章 第9話 ライム!
自分が魔族だと知った時、悲しかった。辛かった。
だが、同時に安心している自分もいた。
あぁ、そうだったんだと。
人でいたい、人がいい、そう思う気持ちもあるし、受け入れることは難しい。
それでも僕にはこれしかないから。
いや、この力があれば、なんだってできる。
ーーーーーー。
昔から違和感があった。
父上とは似ても似つかない容姿。
何度挑戦しても、身につかないリベレイト。
なにか、体の奥底にある失われた感覚。
抑圧されたような、拘束されているような体の違和感。
執拗に父上は、戦いなんてしなくていい、好きなことを学べと言われて生きてきた。
それはまるで、戦いから遠ざけようとしているようで、何かを隠しているようだった。
でもそれは父上の愛情だと思っていた。
戦いから自分の息子を守ろうとしているのだと。
父上はそれだけかっこよかったから。
正義のために振るう剣技は美しく、芯のあるものだった。
だから、どれだけ周りに認められなくても歩みは止めたくなかった。
強い騎士になって、いや騎士じゃなくてもいい。剣士でも、兵士でも、戦士でも。
父上のような英雄になりたかった。
大切なものを守れるような。
誉れある英雄に。
ーーーーーー。
でも、どれだけ頑張っても成果が出るわけじゃなかった。
『納得いくまで、やってみるといい。』
父上はいつも、僕の背中を押してくれる。
本当は戦わせたくなかったはずなのに。
僕が、力を求めていたから。
止めることはしなくなった。
だから、その期待に応えたかった。
あなたの横に立てるって。
もうひとりでやって行けるって。
安心させたかった。
ーーーーーー。
でも本当の強さを知った。
僕のそれは偶像に縋る妄言でしか無かった。
アノンという存在は、本当に天才だった。
生まれ持った勇者の気風。
圧倒的なまでの力と美しい魂。
穢れのない心。
劣等感に苛まれる僕とは住む世界が違った。
輝いていて、眩しくて。
徐々に英雄になることなんて諦めていたのかもしれない。
どうやっても、彼には勝てなかったから。
彼になら、負けてもいいと思えたんだ。
ーーーーーー。
でもそうじゃなかった。
僕はどうしても、傲慢で我儘だった。
光をくれたアノンのそばにいたいと、横に並び立ちたいと思うようになっていたんだ。
だからこそ、彼も周りと同じように離れていく気がして、気持ちがどんどん焦って行った。
初めての友達だったから。
出来損ないの僕の隣にはいてくれないと思ってしまったから。
力を、欲した。
ーーーーーーー。
今度は好きな人が出来た。
明るくて、本当の強さを持った女の子。
真っ直ぐで、いつも僕を照らしてくれる。
かっこよくて、あったかくて。
だからこそ、魔物が現れた時僕は自分を酷く責めた。
大切な人を守れもしなかった。
動くことも出来なくて、助けてくれたアノンにさえ、嫉妬の心が沸いた。
それは力への嫉妬だったのか、リタを取られると思ったのかわからない。
それでも、確かに僕の心が黒く染ったのを感じた。
英雄に憧れて、大切な人を守るために強くなろう、そう思っていた僕は結局魔物が現れたら、なにも出来なかった。
こんなに惨めな気持ちになったことは無かった。
同時に自分がどうしようもなく、器が狭く穢れた魂を持っていると思った。
ーーーーー。
だから、開き直ったんだ。
正しさでも力でも、プライドでも、想いでも勝てない。
強くなんてなれない。
それならいっそ、醜い魂に身を任せて自由になればいい。
それが唯一輝く正しい魂を持つものたちへ勝つ方法だ。
そう思った時、体が嘘みたいに軽くなった。
そう、僕の中に眠っていた魔力が目を覚ましたんだ。
ーーーーーー。
それからのことはあまり覚えてなくて。
気がついた時には、僕が魔族で、父上の実子では無いことを知っていた。
憧れていた父上は英雄なんかじゃなかった。
魔族を恨み、関係の無い魔族を手当たり次第に殺し回っていたんだ。
あくまで過去の話だ。
それでも、僕には許せなかった。
父親面をしていた男はずっと僕を裏切っていたんだから。
『何もかも知っていたくせに!!ボクが英雄になれないってわかってたくせに!!』
僕を人として育てたかったようだけど、自分勝手がすぎる。
贖罪のつもりなのだろうか。
改心した証としたかったのだろうか。
『僕の親を殺したのは人間じゃないか!!!』
全てが信じられなくなった。
ーーーーーーー。
それから僕は周りと距離をとるようになった。
あくまでもいつも通りに過した。
力の研究も進め、魔導の力を自在に扱えるようになるまで隠し通そうと思ったからだ。
ずっと誰かに監視されているような感覚があった。
魔力を扱えるようなったからか感覚がより鋭くなった。
ボロを出したのはハルだった。
監視されていたのは知っていたが、だれに監視されていたのかは判別がつかなかった。
力のテストを兼ねて、誘い出したんだ。
まんまとあいつは引っかかった。
裏切られたような表情をしていたが、仲間だと信じたかったのは僕だ。
彼女は僕が魔族であると、最初から知っていたんだ。
敵となる可能性があると、監視をしていた。
『仲間だと信じていたのに!!』
『楽しい時間を過ごした仲間だと思っていたのに!!』
ーーーーーー。
人間は嘘しかつかない。
平気で人を裏切るんだ。
自分の大切なものためなら、平気で他者を陥れる。
だから、僕は決めたんだ。
圧倒的な力で、人族の世界を変えると。
人として、この世界を変えてやる。
この力があれば簡単だ。
誰も信じない。僕がやるんだ。
そうしたら、みんな認めてくれるはずだ。裏切らないはずだ。
強い力とその成果があれば。
そのためにこの学園を利用する。
ーーーーーーー。
書庫で得た知識には他にもある。この学園には突然魔力に目覚めてしまった者も多く在籍している。
そして、魔力を持たないものには魔力を魔力だと判断できないと。
魔族だと判断できるものがいるとするならば、天使か『ディバイン』に到達できるものだと。
天使メアも人間の両親から生まれ、後に魔力を得たらしい。
まあ、結局あとで魔族だとバレたらしいが。
あれは天使たちを敵に仕立て上げるために、王国側が粗探しをしていたからバレただけだ。
魔族と人が共存できるように、戦争を終わらせるための学園でバレても問題にはならない。
将来的には魔族の生徒も入れるつもりでの、試験的な運用もされている。
現に教師陣は僕が魔族であると知っていた。
それでも在籍されるなんて、本当にどうかしている。
だが、好きなように利用させてもらう。
ーーーーーーー。
「少しまずいことになった。」
「……くっ……」
暗闇の中。ロウソクの火だけが室内を照らす。
神妙な面持ちのミルクと、苦悶の表情を浮かべるチョコ。
そして浮かない顔のハルとキク。
「ライムの暴走の次はなんっすか。」
「……ルネフィーラが消息を絶った。」
「は?」
「え?」
「アタシとココアが監視をしていたんだが、翌朝に完全に消えたんだ。」
「どういう意味ですか……?」
「土の人形に途中から変わってた。いつすり変わったのか分からなかった。」
「なんっすか!!それ!!もう、完全に手遅れじゃないですか!!!」
「ライムは完全に個人的な力の行使と見ていいだろう。……魔王の手先、もしくは魔王の器は別にいる。」
「考えたくは無いが……もう復活しているのかもな。」
「とにかく、今まで以上にアノン、シルビア、姫を守るんだ。ライムは最悪敵対することになっても病むを負えん。」
「外に出た3人はどうするっすか?あとルネフィーラの捜索は?」
「外に出た3人は我々と同程度の力だ。そう簡単には死なない。……残念だが、ルネフィーラはもう諦めるしかない。」
「そんな……」
「悔しいが、ルネフィーラを探すよりも、彼女が接触した人物を当たった方が……いい。」
悔しそうに呟くチョコ。
それ以上、キクやハルが追求することは無かった。
ーーーーーーー。
六魔人の目的は第1に姫を守ること。
第2に魔族と人が暮らせる世界に変革すること。
そのために、魔王の器となる存在や魔王の手先と思われる存在は排除しなければならない。
魔王は人も魔族も全て滅ぼそうと動く存在だからだ。
そして優秀な力を持つ者や天使の力を持つものは守らなければならない。
魔王側から守り、敵対することを避け、見方とすることで理想を実現させることができるからだ。
既にライムは魔力を発現させ、敵対する可能性は高い。
ルネフィーラも何者かにさらわれてしまい、守ることが出来なかった。
警戒していたにもかかわらずだ。
後手に回ってしまい、まずい状況ではある。
だが、しかしそれだけに彼らの行動は正しかったという裏付けにもなっている。
魔王側は天使の力を恐れている。
天使たちについては人間側が裏切ったことで分からないことも多い。
途中から記録が改竄されたり、抹消されたりしているからだ。
どこまでが正しい歴史なのかはっきりとは分かっていない。
恐らく魔王は古の時代、天使たちと戦っている可能性が高いのだ。
それに封印したのは天使の一人メアだ。
なにかしらの因縁があるのかもしれない。
少なくともミルク達は、魔王を倒せるのは天使と神候補であると考え、行動していた。
彼らには世界を救う力があるからだ。
だからこそ、守らなければならない存在であった。
ーーーーーーー。
「こないだ、途中で終わっただろ?私が相手をしてやろう。」
「ちょうど、行き詰まってたんだ!たすかるよ……教えてよ、『魔族との戦い方を!!』」
「いいだろう。教えてやるよ。」
闘技場。
夏休みも中盤に差し掛かったが、アノンはイリスの元へ帰ることも無く、鍛錬に励んでいた。
実際のところは一度イリスの元へ帰ったが、イリスがしばらくの間家を空けていて会うことが出来なかったのだ。
対峙するのはミルクであり、観客席にはキクの姿がある。
「ルネも最近会ってないし、回復できないからさ。キクがいてくれて助かるよ。」
「いいってことっすよー!」
軽く準備運動に、組手を交わしながら会話を進ませる。
遠くからはキクが手を振っている。
「そうか……ルネフィーラも進級試験に向けて鍛錬しているのだろう」
「そう……だ、ね!!」
息を切らしながら応戦するアノンに対して、余裕そうな表情のミルク。
ルネフィーラのことも何事もないように隠す。
話したところで何にものならないと思っているからだろうか。
「ライムとは話しているか?学園にはいるようだが……」
「ぜーんぜん!話してくれないよ、あいつ〜!!」
「そうか……」
「あのリタルトって子とも話してないね!結構、仲良さそうだったのにさ!」
「……そうか」
ーーーーーー。
「ライム!ねえ、ライムってば!!」
「……なに?」
「なに?じゃないじゃん。なんで避けるの?」
学園内の教室。
ライムは読書を行っていた。
夏休み中、何度もリタルトに声をかけられたが、すべて無視していた。
「……君に合わせる顔がない。」
ライムの脳裏にハルを傷つけたことがよぎる。
「ちゃんと話して。」
「……むりだよ」
「……私も……話すから。」
「聞きたくないっ!!」
リタルトは必死の覚悟で、秘密を打ち明ける決意をする。
だが、ライムは逃げるように席を立ち、その場を後にする。
自分が魔族であることを知られるのも、リタルトの秘密を知るのも怖いのだ。
「まってよ!!ライムってば!!!」
追いかけるリタルト。
その手を取り、ライムを引き止める。
「なら、聞いて。」
「くっ……」
顔を背けるライム。だが、彼の視線に無理やり入るリタルト。
「私、ライムのこと大好きだから。」
「は……?」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。
リタルトは真っ直ぐにライムを見つめて、続ける。
「どれだけ突き放されても、どんな秘密があっても、この気持ち変わらないから。」
「な、なに、何言ってんだよ!!!今そういう話じゃないじゃん!」
本気のリタルトの想いに顔を赤らめ困惑するライム。
自分の心が溶けそうな、受け入れてしまいたい想いを掻き消す。
勢いに任せて振りほどかれる手。
今のライムはその言葉を受ける訳には行かない。
だが、振りほどかれた手をリタルトはもう一度掴む。
「本気だもん!!!話せないのもそばにいれないのもいや!!!それなら、何も知らない方がいい!!」
「だからなんでそんなに話になるのさ!!」
「私だって隠していることいっぱいあるよ?でも話すの怖いし……話して避けられるのも怖い。だから、今のライムの気持ち、ちゃんと分かってるから。」
「……なにがしたいんだよ」
拒絶するように顔を背けるライム。だが、彼女の言葉にやっぱりリタルトが好きだと自覚してしまう。
「一緒にいたいの。それだけじゃダメ?」
「僕は君にそんな風に思って貰えるような人間じゃない。」
だが、ライムの心は彼女を拒絶する。どれだけ思われたって、今のライムは人を信じられない。
「……今は何言ってもダメなのかな。……こんなに想ってるのに。ライム自身が自分の素敵なところに目を向けられてないよ。」
「そんなの僕には……ないよ。」
「なら、戦おうよ。進級試験で。」
「……え?」
「魂と魂の会話だよ。戦いは。特に闘技場での戦いは。……絶対、返事貰うし、ライムの想い受け止めてみせるよ。」
グイッと顔を近づかせて、微笑むリタルト。
ライムは圧倒されつつ、去っていくその背中を見つめる。
突き放しても、リタルトはむしろ強く想うばかりだ。
ライムはそれでも、自分の魔力を誇示することしか出来ない。それでしか自分の価値を見出せないと思っているからだ。
裏切られたくない。信じたい。
そんな歪んだ想いが、彼を暴走させているのかもしれない。
人にあたり、力を見せつけ、力を誇示し続ける。
それが正しいことだと本気で思っているのだ。
ーーーーーーーー。
心を閉ざすライム。
その心を開こうとするリタルト。
友人として、向き合おうとするアノン。
あくまでも目的を遂行させようとする六魔人。
蠢く魔王の影。
そして、ルネフィーラはどうなったのだろうか。
思惑が交錯する中、進級試験が幕を開ける。
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