『童話』 盆栽の中の箱庭

(//∇//)もじ (変更前は夕詠)

第1話

 むかしむかし。

 ある山のふもとに、小さな村がありました。

 土地はやせていて、畑の作物はあまり育ちませんでしたが、村の人たちは助け合いながら穏やかに暮らしていました。


 村はずれの高台には、重松という木こりが住んでいました。

 かわいいお嫁さんとは仲睦まじいと評判の夫婦でしたが、なかなか子どもには恵まれません。

 それでも二人は、毎日を穏やかに、幸せに過ごしていました。


 ――夏の終わり。

 その年は何日も雨が降らず、各地で日照りが続きました。

 実りはじめた稲穂もその暑さで乾き、か細い穂はさらに硬く小さくなりました。


 秋。

 わずかな実りを年貢として納めてしまうと、あとには何も残りません。

 せめて足しになればと、重松は山で罠をしかけて待ちましたが、動物たちも暑さを避けて陰に潜み、体力を温存していました。

 たまに捕れるのは、小さく痩せた小動物ばかりです。


 それを村に持ち帰ると、みんなはなけなしの食べ物を持ち寄って、お湯に沈んだ薄いお粥に小さな肉の欠片を浮かべ、炊き出しで飢えをしのいでいました。

 けれどついに、村から食べ物が尽きる日がやってきます。


 ちょうどその日。

 遠く都から、お殿様の使いという立派な身なりの武士が村にやってきました。

「都では今、雨乞いの祭壇を造っておる。御柱となる立派な松の柱が必要で、国中を探しておるのだ。来る途中、この山には樹齢千年の松があると聞いた。それを切って納めるならば、この餅米をやろう」


 そう言ってお侍が馬から降ろした俵の餅米は、村人にとって何よりも貴重なものでした。


 その松とは、目の前の山頂に立つ巨大な松の木です。

 太い幹が空にまっすぐ伸び、まるで山を守る神のような風格をたたえていました。

 村にとっても大切な御神木であり、昔から「この松を切れば祟りがある」と言い伝えられていました。

 けれど、今は生きるか死ぬかの瀬戸際です。


 村人たちは困り果て、顔を見合わせました。

 やがて、村をまとめる長老が重い腰を上げて言いました。

「重松。お前さんは木こりで、誰よりも力がある。お前が若い衆を連れて松を切ってきてくれんか」


 重松もお腹が空いて立っているのがやっとでしたが、反対はしませんでした。

 村人たちは餅米を炊いて餅をつき、みんなで分けて食べました。

 重松は大きな斧を抱え、若者たちと山へ向かいました。


 けれど山に入るなり、若者たちは祟りが怖くなり、逃げ出してしまいました。

 仕方なく、重松はひとりで松を切ることにしました。


 切る前に、松の前で手を合わせて言いました。

「村の衆と大事な女房のためです。どうか、ゆるしてくだせい」


 そう言って深々と頭を下げ、思い切って斧を振り下ろしました。

 ――やがて、松は倒れました。

 地鳴りのような轟音がふもとの村にまで響き渡りました。

 みんなは不安に顔を見合わせましたが、もう後の祭りです。


 重松は倒れた松の枝から、開きかけの大きな松ぼっくりをひとつ取って懐にしまいました。

 山の入口で心配して待っていたお嫁さんは、無事な夫の姿にほっと胸をなでおろしました。

 重松は松ぼっくりを取り出し、にっこり笑って言いました。

「これはあの松の子だ。二人で大切に育てよう」


 二人は帰ると、松ぼっくりを一番大きな盆栽の鉢に植えました。

 そのとき――。

 ぱたり、と屋根に水の粒が落ちました。

 ぱたり、ぱたり、とそれは増え、やがて二か月ぶりの雨になりました。


 殿様の使いは大喜びで、松の木のことなど忘れたかのように帰っていきました。

 しかし、次の日も雨は止まず、雨足は日ごとに強くなっていきます。

 喜んでいた村人も三日も経つと不安になりました。

 乾ききった山に大雨が降れば、土砂崩れが起きるかもしれないのです。


 ――そして、それは起こりました。


 真夜中。

 がらがら、どどど、と大きな音を立てて山が崩れました。

 土砂と共に、あの巨大な松の幹が村を襲いました。

 重松はお嫁さんを抱きかかえ、その上に布団をかぶって、震えながら朝を待ちました。


 翌朝。

 重たい引き戸をがたがたと開けると、村は山の土砂の下に埋まって消えていました。

 ただ、少し離れた高台にある重松の家だけがぽつんと残っていたのです。


 二人は呆然と立ち尽くしましたが、泣いている暇はありません。

 すぐに鍬を持ち、木や岩が混ざった泥を掘り返しました。

 何日も何日もかけて村人を探しましたが、誰一人見つかりませんでした。


 全ての家の跡を掘り終えたころ。

 あの松ぼっくりから、いつの間にか小さな芽が出ていました。

 重松はそれを皆の供養として大切に育てました。

 不思議なことに、その松はみるみるうちに立派な盆栽へと成長したのです。


 ある日。

 お嫁さんがその盆栽の周りに、小さな家が建っているのに気づきました。

 呼ばれて見に行った重松は、目を丸くしました。

 それは村の家々そっくりだったのです。


 小さな家は日に日に増え、盆栽の下には賑やかな小さな村ができました。

「あの縁側でキセルを吸っているのは長老か? おお、あそこで手を振ってるのはシゲさんにおタエさん」

 よく知る顔ぶれが、小さな人の姿となって暮らしていました。

 声は届きませんが、みんな畑を耕し、笑い合いながら村での生活を続けています。


 夫婦にとって、それは毎日の楽しみでした。

 けれど同時に、二人だけが取り残されたようで、どこか寂しくもありました。


 やがて家々は増え、盆栽の鉢では手狭になりました。

 ある日、重松夫婦は村の跡に穴を掘り、鉢の土ごと松を移し替えました。

 そのときには小さな家々は消えてしまっており、二人は心配になりましたが、一晩待ってみることにしました。


 翌朝。

 朝もやの中で人の声がした気がして、重松ははっと目を覚ましました。

 あの日以来、誰の声もしない静かな朝だったのです。

 二人は顔を見合わせ、外へ飛び出しました。


 すると――。

 山崩れで消えたはずの村が、目の前にありました。

 懐かしい家々が立ち並び、人々の笑い声が響いていました。

 重松は転がるように駆け寄り、手を振りました。

「おーい、みんなー!」


 振り返った長老は涙を流して言いました。

「お前さんのおかげじゃ。山の神さんが許してくださったんじゃ。ありがとう、ありがとう」

 村人たちも泣きながら重松と手を取り合いました。

 村の真ん中には、あの盆栽そっくりの立派な松がそびえていました。


 ――それから。

 村は山から流れてきた肥えた土で豊かになり、作物も立派に育つようになりました。

 やがて、重松とお嫁さんの間には玉のように可愛い男の子が生まれました。

 その子は松のようにまっすぐに育ち、やがて立派な若者となって村長になりました。


 彼は村の人々を集め、村の真ん中に立つ大きな松を、山の頂に植え直しました。

 そばに立派な祠を建て、神木として祀ったのです。


 若い松はその後も代々の村人に守られ、今も山の頂で青々と枝を広げているといいます。

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