第3話 勇者育成計画


勇者達は各国が保有する空飛ぶ船、操魔艇そうまていでタクレイスの城下町から20キロ西に造られた訓練所に34名が集まった。

「やっと着いたか」

 ユークトスは軽く伸びをしながら周りを見回すと大声で

「俺はユークトス、皆ヨロシクな!」

 と自己紹介を始める。すると

「あの、本当にユークトスさんですか?」

 栗色のショートカットのよく似合う少し背の低い女性がユークトスに話しかけてきた。

「ああそうだけどサインが欲しいかなお嬢さん」

 ユークトスは軽くおどけてみせる。

「お嬢さんだなんてそんな~、私こう見えて26歳ですよ。あ、私シラって言います」

「シラさんか、よろしく」

 握手を求めると小さな手で握手してくれた。皆それぞれに自己紹介などをしていると


「皆様私はタクレイス国王の側近カルミ、案内係を務めさせて頂きます。この訓練所の施設は全て無料でご自由にお使い下さい。尚この訓練所は財政の問題で1カ月間しか使用出来ませんので皆様には1カ月で結果を出して頂く事になります」

 訓練所には宿、食堂、酒場、医療施設など様々な施設があり大勢の人が働いていた。費用を全て国庫から出すとなると1カ月という期限がつくのも頷ける。

「次に強化訓練の説明を始めます。最初に『素質』を取り出します。『素質』とは魔力と別の力と考えています。この力に便宜上『秘力ひりょく』と名付けました。この力を使える様になれば魔力と秘力の2つの力を使い今までとは全く違う戦い方が出来る筈です」

話を聞いていた勇者達がざわつく。


(なんか凄そうだな)  (大丈夫なのかしら)


 カルミは想像していた通りの反応だと思いつつ更に説明を続ける。

「秘力を取り出す方法ですが、まずは皆様の魔力の器を破壊します。魔力の器、皆様なら感覚的に分かると思います。その器の底に『秘力』は沈んでおりそのままでは取り出す事は出来ないので一度器を破壊して取り出します。器は自然と元通りになる事は研究により確認されているので心配しないで下さい」


(心配するなってもなぁ)  (な、なんか怖い)


「不安に思うのも当然です。強制はしません、国王シシャール様もこう仰っておりました」


カルミはシシャールから託された書状を読み上げた


――危険だと思った時は自分の身を案じて下さい、自分の命を守って下さい。引き返すのもまた立派な勇気です。私は責めたりはしません。むしろその勇気を賞賛します。進む勇気、戻る勇気、どちらも立派な勇気です。どうか無理はしないように――


「これがシシャール様のお言葉です。今から考える時間を2時間設けますのでじっくり考えて後悔のない判断をして下さい」


――2時間後――

10名が棄権しそれぞれの国へと戻って行った。それを誰も責めはしなかった。


 カルミが2時間経過した事を告げる。そして

「この場に残った方々にはこれから器の破壊方法を教えますので挑戦して下さい」


その方法とは


『1、現在保有している全魔力を身体に留まる様に放出し器を空にする 2、空になった器に魔力が回復していくのを待つ 3、魔力が回復したら身体に留めていた魔力を器に戻す 4、許容量を超え崩壊した器から精神力で秘力を掴み取る』


「方法は以上です。注意点としては器を崩壊させた瞬間気絶すると秘力を掴めないという事なので気絶せずに崩壊させて下さい」


「魔力を留めながら魔力回復を待つってのは結構しんどいな」

 そう言いながらユークトスは既に全魔力を身体に留めている。回復を待つ間ぶらぶらと歩いていると見知った3人を見つけた。

「お、ガンドにサティアにティラトスじゃん」

 見つけたのは魔王城に行く時にパーティーを組んでいる3人だった。

ガンドは盾役、ユークトスは剣士、サティアは攻撃系魔法使い、ティラトスは支援魔法使いだ。ちなみにサティアとティラトスはサティアが姉でティラトスが弟である。

 4人でその場に座り込み他愛のない話で時間を潰していると

「姉さん、そろそろ魔力が全快します」

 ティラトスがサティアに告げる。

「そうみたいね。じゃあ皆用意はいい?」

 このパーティーはいつもこんな感じでなんとなくサティアに仕切られている。


4人共意識を内なる器に集中させ留めていた魔力を器に戻す。器が軋むような違和感の後 パァン! と器が砕ける感覚、それと同時に妙な力を感じた。これこそ「秘力」である。4人共これを掴み取る事に成功した


「みんな、生きてるか~?」

 地面に倒れながらユークが声をかける。

「あ、ああ」

「大丈夫よ」

「僕もなんとか」

ガンドもサティアもティラトスも倒れながら返事を返す。暫くその場から動けず倒れていると救護班により救護室に搬送され軽く検査を受け問題なしと診断されるとベッドで暫く眠り込んだ。


――3日後、目覚めると傍らにはシラが椅子に座ったまますぅすぅと寝息を立てて眠っていた。

「シラさん?」

 シラに声をかけると

「ん、んん…あ!ユークトスさん目が覚めたんですね!身体は大丈夫ですか、何か飲みますか?」

 矢継ぎ早に質問してくるシラの目は少し赤い。

「もしかしてずっと俺達の傍に?」

「ええ」

 俺が身体を起こそうとするとシラが手を差し出して身体を起こすのを手伝ってくれた。ユークが周りを見ると3人の姿はなかった。

「お仲間の方々は昨日目を覚まして今日から秘力の訓練をすると言ってグラウンドに行きました。あの、その、私にユークを任せるって言って」

 シラは顔を赤く染めて俯く。

「そっか、ごめんな迷惑かけて。こんなのが魔王と戦った勇者だなんて笑えるだろ」

 シラはぶんぶんと首を横に振ると

「そんな事ないです。一番早く秘力を手にした皆さんは十分凄いですよ!」

 シラは少し口ごもりながらも話を続けた。

「私の父は異形狩りでしたが12年前、異形に敗れました。私は父の仇を取りたい、皆さんの力を利用してでも魔王を倒したい。笑われるべきは内心そんな事を考えている私の方です」

 シラの頬を涙がつたう。ユークはそっと涙を拭ってやると

「だからあの時俺に声をかけたのか。俺だって仲間の力を借りなきゃ魔王の所まで辿り着けないんだ。シラさんが俺達の力を利用してでも魔王と戦いたいってんなら俺達と一緒に行かないか?」

 ユークの申し出にシラは一瞬戸惑いを見せたがやがてニコリと微笑むと

「はい、では皆さんの力を『お借り』します」

 ユークはシラの涙が先程の涙と違って輝いている気がした。

その後訓練所で3人を見つけシラの事を全て話すと皆笑顔で迎えてくれた。


それから2週間が過ぎ秘力を手にした者は残り1週間休息を取る様にと通達があった。


 シラはユーク達のアドバイスを貰いながらもまだ秘力を取り出すのに苦戦している。ある日ユーク達が夕飯を食べているとグラウンドの方から妙な魔力を感じ

「この魔力の波長…もしや」

 グラウンドに行き魔力探知でシラを探し出すと魔力暴走寸前のシラが地面に倒れ悶えていた。

「シラ!しっかりしろシラ!」

 シラはユークの見立てでも危険な状態だと判るほどに衰弱している。

「サティア、消滅陣で何とかならないか?」

「あの魔方陣は広範囲の魔法を一時的に無効化する範囲型よ、個人に使えるか判らないわ、それに今は魔力が膨れ上がっている状態だから魔法と判定されるかどうか」

 サティアは魔方陣展開を躊躇っていたが覚悟を決め杖を手に取り詠唱を始め魔方陣を展開した。まだ発動はさせていない。

「展開した状態で何分耐えられる?」

 ユークの問いにサティアは

「顔を見れば何を考えてるかすぐに判るわ。持って3分よ、その間に彼女を助けなさい」

「ありがとなサティア」

 ユークはシラの額の汗を拭いながら呼びかける。

「シラ、聞こえるかい?俺だユークトスだ、まずはゆっくりと呼吸して意識を保つんだ。俺達と一緒に魔王の所に行くんだろ?なら暴れる魔力に負けちゃダメだ」

 ユークが必至に励ますとシラが薄らと目を開け消え入りそうな声で

「ユーク…トス…ん、わた…も…一緒…に行き…た…い」

 そう言うとシラは弱々しく手を伸ばしたがその手はユークトスに届く前に地面に堕ちシラは意識を失った。意識を失うと同時に魔力の器が崩壊し魔力暴走は避けられたがシラは高度治療室に運び込まれ予断を許さない状態となった。


 ガンドが何も言えず項垂れるユークの肩を軽く叩いた。

「ガンド…」

 ガンドはユークに背を向けると

「俺は一時ひとときお前の涙を隠す盾になろう。今は泣け」

 ユークはガンドの背に隠れ涙を零した。ふと見るとガンドの背中が微かに震えている、ガンドは背中で悲しんでいた。

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