魔王を倒すと世界の危機! 魔王を倒さなくても世界の危機!? 勇者に究極の2択が迫る!

高峰 涼

第1話 連敗脱出計画

 ――クーゼレス大陸――  

 そこには魔法で繫栄している3つの国があった。3つの国は数百年以上も前から「異形いぎょう」と呼ばれる怪奇生物に襲われていた。異形退治を生業とする「異形狩いぎょうがり」や「勇者」が退治してなんとか被害を抑えている。その異形を生み出しているのが大陸の南西に棲む魔王アルジェス。魔王アルジェスは険しい山岳に建造した魔王城で異形を造っている。魔王城はその道のりの険しさから辿り着くのも容易では無く異形も結構強いので並みの異形狩りでは歯が立たない。


 現在クーゼレス大陸にある3国、北方の国「タクレイス」東方の国「ミアーラ」南方の国「カンアクライト」この3国の王達がタクレイス城に集まり話し合っていた。

 話し合いを提案したのはタクレイス国の王「シシャール」それに応じミアーラ国の女王「イクレイ」カンアクライト国の王「デル・ス・クライト」がタクレイス城会議室で魔王討伐全戦全敗中の「ユークトス一行」の事で頭を悩ませている。(ちなみに17敗中)

「何故ユークトス達は勝てぬのか」

 クライトは茶色の短髪を掻きながら悩んでいる。豪快で明るい性格の彼も今はその明るさが見えない。

「彼らは決して弱いわけではないのですが…」

 長い金色の髪をそっと撫でながらゆっくりと話し始めたのはイクレイ。聡明で優しい性格の彼女はユークトス達を庇いたい様だ。

「確かに彼らは弱いわけではありません。実際魔王城へ辿り着けているのは現在の所、彼らのパーティーだけですから」

 シシャールは冷静で物事の本質を的確に見抜く性格をしている。何日か手入れをしていないらしく銀色の髪はぼさぼさである。

「それで今回私がお二方を招き直接提案したいのは、彼らの様に魔王城に辿り着き魔王と対峙出来る勇者を『育成』する事です」

「ほう、勇者を育成すると?そんな事が可能なのか?」

 クライトが興味ありげに聞き返す。

「私の研究では勇者は『素質』を持っている事が判明しました。これを使えるようにすれば魔王を倒せる可能性が上がるのではないか、と言う事です。そして私はこれに『勇者育成計画』と名付けました」

 普段物静かなシシャールも自分の興味がある事を話す時は3人の中で一番饒舌になる。ちなみに重度の研究マニアであり王同士の話し合いの場だと言うのに研究着のままである。イクレイもクライトもシシャールの身なりの事に全く触れないのはいつもの事だからと軽く諦めている。

「勇者育成計画が成功した場合彼らでなくても魔王を倒せるとも聞こえるのですが」

 少し考えた後イクレイが勇者育成計画について自らの見解を述べる。

「この計画で力をつけた勇者が魔王を倒してくれても私は構わないと考えています。無論今まで散々頑張って来たユークトス一行には申し訳ないと思いますが、異形を造り出し人間を襲うと宣言・実行している魔王を倒す事が我々の最重要課題ではないですか?」

 シシャールが発した『魔王を倒す』この言葉を出されてはイクレイもクライトも今回の計画に乗らざるを得ない。国民の被害を最小限に抑えたいのは3人共同じだからだ。

「いいだろう、その提案カンアクライト国王デル・ス・クライトの名において承諾した」

 クライトがテーブルの上に置かれている書面に半分呆れ顔をしながら荒々しい文字でサインをする。

 続いてイクレイがペンに手を伸ばす。

「ミアーラ国女王イクレイの名において承諾致します」

 イクレイが綺麗な文字でサインをすると書面を見てくすっと笑う。既にシシャールは書面にサインをしていたのだ。勿論証人の前でサインしている。

「えーと、タクレイス国王シシャールの名において以下同文っと、おーいカルミ、これでいいかな」

 書面に3国王のサインが揃った所でシシャールが会議室の端で目立たないようにしていた1人の側近の名を呼ぶ。

「はい、3人が署名した事は私が証人となり正式な書面であると証言する事をいかなる事があっても誓います」

 カルミはひざまずき頭を下げながらそう誓った。よく見ると他にも2人同じ事をしている。ミアーラとカンアクライトの者だ。3国間の重要書面を制作する場合3人の証人を必要とするというのが国家間の決め事だった。

「3国王の署名と3人の証人、よっしこれで計画を実行出来るって…クライト何か言いたそうだけど何か不服でも?」

 シシャールは何か含みのある顔をしているクライトに気が付いた。

「うむ、1つ気になってな。勇者を強化する計画というだけならタクレイスだけでやれるだろう。何故3国間の重要書面にする必要があったのかが判らん」

 シシャールは椅子に座っているクライトの前に立つと説明を始めた。

「今回の計画、確かにタクレイスだけでやる事は可能です。しかしそうすると問題が発生しかねないのです」

「勇者が強くなって何が問題なのだ?」

 クライトはよく分からないといった顔をしている。

「強い勇者が…」

 と言いかけた言葉はイクレイに遮られた。

「貴方は国家間のパワーバランスが崩れるのを恐れたのですよね。1国だけ強力な勇者を保持していると言う事はそれだけで他国に戦争を仕掛ければ勝ててしまう、そういう事でしょうシシャール」

 イクレイはシシャールを椅子に座らせると真っ直ぐシシャールを見つめながら更に言葉を続ける。

「貴方がそんな事をする筈が無いのは私もクライトも理解しています。ですが国民はどうでしょうか?隣国が強力な力を手にした事を知れば不安に思うでしょう。何故自分の国もその力を持たないのかという不満は小さくても必ず出ます。貴方はそうならないように私達を呼んで書面を作ったのですよね、3国で同じ力を持てば不満は出にくくなりますものね」

 シシャールのぼさぼさの髪をお気に入りの櫛でかしながらイクレイが微笑む。

「本当に貴方は先の先を見ていますね、私達の安全まで考えていたのですから」

「なるほど、俺達のまつりごとの事を考えていたのか」

 イクレイが綺麗にいた髪をクライトがぐしゃぐしゃにしながら笑う。

「ありがとうなシシャール」


 こうして『勇者育成計画』は始まりを告げた

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