第7話

  サンペルスの町に着いたセクトとガスパ。門ではガスパのとりなしもあり特にトラブルもなく町へ入る事が出来た。門を入ってすぐ馬車の停留所に馬車を止める。


「それでセクトとは冒険者になるんだったな」


 下車し対面する二人。


「そうだな…… 特に伝手もないし、そのつもりだ」


「そうか。冒険者ギルドはこの道を真っ直ぐに行って中央の広場にある」


 ガスパが指を刺すのはサンペルスの目抜き通り。セクトが目をやると真っ直ぐ続く道の両端に露店が並んでいる。通りの幅は広く左右に露店があっても、馬車が余裕を持ってすれ違う事が出来る幅がある。


「もし何かあれば顔を出してくれよ」


「冒険に必要な物も一通り置いてあるから」そう言ってガスパは店の名前と簡単な場所をセクトに説明をすると礼を言うセクトと握手を交わす。


「あぁ、直ぐに寄らせてもらうよ」


 別れの挨拶を済ませ、店へ戻るガスパの馬車をセクトは見送る。「よし」と小さく呟くと目抜き通りをギルド目がけ歩き出す。


 ―― これは……


 過去のセクトが知るサンペルスの町とは随分と様子が変わっている街並み。道具屋であった場所が食料品店に変わっていたりと、まるで初めて訪れた町に感じてしまう。活気であったり、町の人々の雰囲気は記憶とそれほど変わらない。それがセクトを混乱させる。きょろきょろと見渡しながら町を歩く。


「あれは」


 セクトの視線の先には一軒のパン屋。外見は随分と古くなってしまっているが良くしるそこに安心感の様なものがこみ上げる。セクトの脚が勝手に店へと向かう。扉に手をかけ、ゴクリと息を飲み込んだ。軽く押し込むと扉の上に取り付けられたベルが小さく鳴る。鼻に届く香ばしいパンの匂い。店の中は記憶とは変わっているが並ぶパンの一部は良く知る物であった。


「いらっしゃいませ」


 店の奥から女性が顔をだす。妙齢の女性、エプロンを付け頭には布巾を巻いている。仕込みをしていたのだろうエプロンは白くなっており、頬にも線を描くように白い粉が付いていた。


「ん?お客さん見ない顔だね?」


「あっ、あぁ。ついさっきこの町に着いたんだ」


「そうかい。うちのパンはサンペルスでも評判なんだ。良かったら見ていってよ」


 にこりと微笑む女性。セクトは小さく返事をすると二つパンを手に取る。それは駆け出しの頃から世話になった、固く焼き上げたパンだった。


「お客さん、冒険者なのかい? 」


「いや。今からギルドで登録しようと思っているところだ」


「そうなんだね。いや、そのパンを買うのは冒険者の人くらいだからね」


「すぐに食べるなら他のがオススメだよ」と違うパンを女性はセクトに手渡す。焼いたばかりなのだろうか、ほのかに温かい。軽く触れれば先に取ったパンとは違い柔らかい。


「じゃあ、これも頼むよ」


「まいどあり」


 そう言って女性はパンを包む。セクトは会計を済ませ、それを受け取るとじっと女性を見つめる。女性はセクトの視線に首を傾げた。


「どうしたんだい? 」


「いや…… エルザさんは」


 女性の動きが止まる。


「エルザ? エルザはおばあちゃんの名前だけど」


「おばあちゃん?」


「そう。何年も前に亡くなったんだけど。おにいさん、おばあちゃんの知り合い?」


 その言葉に次はセクトの動きが止まる。セクトの記憶のエルザはセクトより少し年上の人だった。夫婦でこのパン屋を営んでいた。夫婦には小さな娘がおりその子も良く店を手伝っていた。エルザには駆け出しの頃から世話になっており、綺麗な人で憧れのお姉さんというやつであった。


「あぁ…… いや、世話になった人がエルザさんには世話になったと」


「そうなんだ。ちょっと待ってて」


 そう言って女性が店の奥へ姿を消す。店の奥から「おかあさん、ちょといい」と母親を呼ぶ声が聞こえる。少しして姿を現す女性、その隣には過去の面影を残す別の女性がいる。


「なに、レイラ。……あら、お客さん?」


「そう。なんかおばあちゃんの」


 そう言ってレイラは先程のやり取りを説明する。


「そうなんですね。あの失礼ですが」


「あぁ、すいません。私はセクトと」


「えっ!」セクトの名前を聞いた女性、レイラの母親が声を上げた。ここでセクトは頭のなかで「しまった!」と声を上げた。目の前の女性がエルザの子供ならばセクトの名前を知っている。パンを買いに来た時等は良く話をしていたし。セクトの奥さんになってあげると言われる程になつかれていた。


「あっ、いや」


 ぞわりとした気持ちがセクトの胸にこみ上げる。それは過去のセクトならばあり得ない考え。


―― 消してしま


 ぶるりとセクトは頭を振るいその考えを追い出す。


「セクトは世話になっていた人の名前で。その人が亡くなった時に名前をもらって」


「…… そうですか……」


「あのデイジーさんですか?」


 セクトが呼んだその名前に瞳を潤ませ小さく頷く。レイラの母親、デイジーがぎゅっと着ていた服の裾を握る。言葉が出ないのか、デイジーは口を開くが言葉を詰まらせる。


「あの…… また、来ます」


 何とも言えない気まずさに。セクトは頭を下げ逃げるようにパン屋を後にする。


 残るデイジーとレイラ。セクトが店を出た途端にデイジーはその場に座り込んでしまった。絞り出す様に口にするセクトの名前。


「おかあさん」


 デイジーはレイラによくこう言い聞かせていた「冒険者に恋をするのだけは絶対にだめだ」と。セクトと言うのはそう母親がそう言う様になった理由の名前だった。ダンジョンで命を落とした筈の人の名前。幼かった母親の初恋の人の名前。大きくなるにつれて思い出となる筈であった人の名前。


「セクトさん……か」


 レイラは小さくしゃがむ母親の姿に小さくセクトの名前を呟いた。

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へんたい!! 珈琲飲むと胃が痛い @datth

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