第5話「デートしませんか」
「ごめんね、洗い物まで手伝ってもらっちゃって」
「別にいーよ、あーしも半分食べちゃったし」
オムライスを食べ終わった後。
俺と春季は二人で並んで皿を洗っていた。
水に浸した皿をスポンジでこすり、汚れを落としていく。
洗剤のついた皿を再び水で洗い流し、左にいた春季にわたす。
春季はタオルで水気を取って棚に戻される。
「これからどうしようかな……」
「え?」
「ああいや、なんでもない」
食事を終えて、皿洗いも終わって気が緩んでいたからだろう。
つい本音が漏れてしまった。
一度飢えが満たされて、思考する余裕ができたからだろう。
それは同時に、冬美に浮気されて、別れたことに
本当にどうしたらいいんだろう。
「おにいさん」
「…………」
「おにいさん、水」
「え?あっ」
言われて気づく。
もう食器は洗い終わっているのに俺の正面にあった蛇口から水が溢れていた。
慌てて閉める。
「おにいさん、あーしとデートしない?」
「んえ?」
「今日はせっかくだし遊んじゃおうかなって」
「そういえば、春季ちゃん、学校は?」
今日は金曜日だったと思うんだが。
まだ平日の昼間であり、本来なら学校がある日のはず。
もちろん、大学をサボっている俺がいえたことではないのかもしれないが。
「いや、今日は土曜日だから学校はないよ?」
「……あれ?」
「おにいさん、時間の感覚が、あの」
「…………」
確か、冬美と夏山先輩の浮気現場を見たのが木曜日で……俺丸二日も家から出てなかったのか。
スマホすら見てなかったから全然わかってなかった。
「と、ところでさ。デートのプランを練ろうよ!」
「あっ、もうデートするのは確定なんだ?」
「え、嫌だった」
「行かせていただきます」
そんな言い方をされたら可哀そうに思えるし、別に春季と遊びに行くのが嫌だというわけでもない。
何より、断る理由も存在しないんだから。
「今から行くとなるとどこがいいだろうなあ。渋谷か、池袋か……」
頭痛を堪えながら、俺は今までに行ってきたデートスポットを思い返そうとする。
だがそれは。
「うーんそれだとなんかありきたりなんだよねえ。どこか、行ったことのない場所ってないの?」
「行ったことのない場所?」
他ならぬ春季の言葉によって止められた。
どうしてか、視線がずっとベランダにある気がするけど何を見てるんだろうか。
「えーと、せっかくデートするならやっぱりちょっと変わったところに行きたいなって」
それはまあ、理解できる感覚ではある。
東京で生まれ育ったものにとってはあるあるだと思うのだが。
自分が住んでいる場所になんでもありすぎて、別の都道府県に行く必要がないのだ。
「あるけど遠くなるんだよなあ」
「遠くてもいいじゃないですかあ」
「帰ってくるの遅くなるだろ?」
「じゃあ、いいアイデアがありますよ?朝早くに帰るんですよ」
「それは解決になってないんだよなあ」
というか、高校生と朝帰りはまずいだろう。
あんまりよく知らないけど、確か補導されるんじゃなかったか?
「うーん、横浜とかどうです?」
「まあそれならいけるか」
横浜なら確かにデートスポットには事欠かないだろう。
ついでに言えば、今まで言ったことがない場所だ。
これはどういうことかと言えば、冬美との思い出も存在しないわけで。
嫌な思いをすることも――。
「あ」
俺はようやく気付いた。
春季ちゃんの気遣いに。
「春季ちゃん」
「どうかした?」
「いや、あの、ありがとう」
「どういたしまして」
春季は、にっこりとほほ笑んだ。
「さて、じゃあ出かけましょうか!」
「わかったよ」
「いやー、健五郎さんとお出かけするの久しぶりだなー」
「確かにそうだね」
「二人きりで道を歩くのなんて何年振りだろうね!」
「それこそ俺達が初めて会った時以来じゃないか?道に迷って半べそかいてた」
「あーあーあー、聞こえない―!」
当時小学生だった春季が、この街に転校してきたばかりのころ。
まあ土地勘もなければ、子供ゆえに地図を見るというのも難しいわけで。
迷子になってしまったのだ。
家まで送っていったのが俺達の縁の始まりだ。
そして、ちょうど春季を探しに行こうとしていた冬美と家の前で鉢合わせて――というのが俺と冬美の出会いだったりする。
友人に冬美とのなれそめを語った際。
「いやそれどんなラノベ?」と突っ込まれた覚えがある。
いや俺も、そういうラノベを読んだことはあるけども。
「あれからもう五年になるのかあ、時がたつのは早いもんだね」
「どうしたの、急におばあちゃんみたいなこと言って」
「ん?失礼だよ?おにいさん?」
そんな軽口をたたきながら、駅までの道を歩いて行った。
とはいえ、俺もあまり春季のことを笑えない。
俺だって、同じことを思ったから。
あっという間の五年だった。
そしてその中で人は変わらずにはいられない。
俺も高校生の恋も大学受験も知らなかったあのころから、幾分か成長しているとは思う。
春季の変化はそれ以上で。
子供の活発さが鳴りを潜め、おしとやかで清楚な美少女になっていった。
まあ、最近急にギャル化してしまったりもしたんだが。
それにしても、どうして春季は急にギャルになったんだろう。
本人に訊いてもはぐらかされるし。
「変化……」
「お兄さん?」
冬美も、この五年間で変わってしまったということだろうか。
清楚で愛情深い人間だったと、そう思っていたのに。
いつから、先輩と関係を持っていたんだろう。
いつから、変わってしまったんだろう。
あるいは、最初から何も変わっていなくて。
俺が見ていたものは、幻だったのだろうか。
「おにいさーん!」
「うおっと」
ばしんと背中を叩かれた痛み
「え、何?」
「何、じゃなくて、もう電車きちゃうよ?」
「あ、本当だ!」
ちょうど電車が来て、ドアが開くところだった。
俺達は電車に乗り込んだ。
◇◇◇
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