異世界★戦国武闘伝~歴女よ戦国武将となって戦へ、我は歴史学をもって軍師とならん~

近森 元

プロローグ

 夢を見た。

 乱世を生きる夢だ。

 夢は、異世界において現実となる。



 私は風の中にいた。

 戦場の風が私の心をざわつかせた。


 「来い、幸村! おまえが本当に真田幸村なら必ず来るはずだ。」

 

 馬のひづめの音が聞こえる

 来た!


 森かの中ら突如として現れたるは真田幸村が率いる騎馬部隊。           

 ドワーフの傭兵隊長ヴァン・ダイクンと、冒険者ゴドー・グリフィスが幸村に従っている!

 赤備あかぞなえの甲冑に身を固め、めざすは大公爵ドメルグ・トクーガの首ひとつ。 


 私が右手をあげると、真田幸村がかすかな笑みを浮かべた。

 「われは来た!」

 と言っているのだ。

 騎馬隊は私の眼前を全速力で駆け抜け、丘を目指して突進していった。



 丘の上に閃光が走った。

 真田幸村の火の魔法が炸裂したのだ。

 ビームの如き炎の剣が敵をなぎ払う。



 「大公ドメルグ・トクーガ殿の首、討ち取ったなりー!」

 

 「えい! えい! おおおぉぉぉぉーっ!」


 勝どきがあがった。

 やったか、幸村!


 幸村の騎馬隊が反転して駆け下りてくる。


 馬の蹄の音を轟かして、日の本一の兵ひのもといちのつはものが私の眼前を通り過ぎようとしていた。

 私はその美しい姿にしばし見惚れた。


 そして、真田幸村は疾走する馬上から私に向かって手を差し出したのだ。

 私はその手をつかんだ。

 幸村が馬を反転させると、遠心力で私の体が浮き上がった。

 私は真田幸村の後ろにまたがり、馬上の人となっていた。




 「第六天魔王殿、この真田幸村がお迎えに参ったなり。」


 「幸村よ、この魔王と共に天下を取るか!」


 「魔王殿とこの幸村が力を合わせれば、天下は我らのものなり!」


 「わはははは、わははははっ!」


 「第六天魔王殿、追手が来るなり。」

 

 「追手など、この第六天魔王の風の魔法の餌食にしてくれるわ!」


 私の手の中で風が渦巻き、一気に打ち出す。


 「えいっ!」


 突風が戦場のあらゆるものをなぎ倒し、空の彼方に吹き抜けていった。




 これは夢ではない。

 異世界というもうひとつの現実だ。


 第六天魔王と真田幸村、

 我らは「召喚者」と呼ばれる。

 魔導士の魔法によって異世界に召喚された者だ。

 何のために召喚されたのか?

 魔導兵器としてである。

 召喚者は魔導士よりも強力な魔力を備えたバケモノなのだ。



 おっと、種明かしをしておこう。


 この真田幸村は本物ではない。

 23歳の現代の女性だ。

 戦国武将にあこがれる歴女である。

 「オンラインRPG戦国武闘伝」をプレイしているところを異世界に呼ばれた。


 私も、第六天魔王でも、織田信長でもない。

 歴史学者である。

 学問一筋に40年近くも生きてきた独身男である。

 「オンラインRPG戦国武闘伝」の歴史監修を務めたゲームの生みの親だ。

 

 このゲームは、応仁の乱から大坂の陣まで、戦国武将の戦いを網羅した歴史シュミレーションゲームの傑作なのである。

 歴史好きの男たちを虜にし、「歴女」と呼ばれる女性たちを熱狂させ、一大ブームを巻き起こした。


 異世界召喚の魔法が発動するとき、魔法の検索エンジンは何故かこのゲームにヒットするようだ。

 異世界において、第六天魔王を称する私と、真田幸村に扮する歴女が出会うことは必然であった。

 まさに、ゲームが取り持つ縁である。



 私は、異世界の物語を語らねばならない。

  

 物語を語り始める前に、異世界に呼ばれるまでの私がどんな人物だったかを見てもらおう。


 見えるだろうか?

 テレビ局の応接室でプロデューサーに詰め寄られているのが私だ。

 青い顔をして、身をすくめている。



 ***



 「私はお払い箱か!!」

  

 怒りに震えながら私は言った。


 「ええ、先生にはアニメ版『戦国武闘伝』の歴史監修を第二期から降りていただきます。」


 テレビ局の応接室で、私はプロデューサー氏からクビの宣告を受けたのである。


 「戦国武闘伝」は1年前にアニメ化され、第一期「応仁の乱編」が放送された。

 しかし、視聴率が低迷し、私はその責任をとって歴史監修を降ろされたのだ。


 私のあとがまには、女性歴史学者の大河内瑠奈おおこうち るなが決まっているという。

 彼女のことは知っている。

 最近、テレビのコメンテイターとして売り出し中の歴史学者である。



 失意のうちに会議室を出た私は、廊下で大河内瑠奈とすれ違った。

 出ていく私と、入ってくる大河内瑠奈。

 人生というものは、こうして敗者と勝者を交錯させる。


 大河内瑠奈は大きな肩パットの入ったジャケットを羽織り、手には大きな扇子を持っている。

 バブルの頃に流行したボディコン・ファッションに身を包んだ厚化粧のアラフォー女だ。


 「おーっほっほっほ、先生、お久しぶりですわね。お会いできて光栄ですわ。先生のお仕事は、このわたくしが立派に引き継いでさしあげますわ。おーほっほっほ!」


 「君のような中途半端な学者に監修ができるのかね?」


 私は冷静を装って静かに言った

 しかし、腹の中は煮えくり返っていたのである。


 「何をおっしゃいますの、先生に足りないところは、このわたくしがおぎなってさしあげますと言っておりますのよ。感謝されてもいいはずじゃございません?」


 大河内瑠奈は高飛車にそう言い放つと、扇子を開いて頭の上でひらひらさせた。


 「私に足りなりところだと。」


 「視聴率ですわ!」


 くそ、ぐうの音も出ん!

  


 大河内瑠奈は私に追撃を加えた。


 「それに私は女性。戦国武闘伝は歴女に大人気のゲーム。女性の心理はわたくしのほうが分かっておりますのよ。女性に受ける要素を付け加えたいと思っておりますのよ。おーっほっほっほ。」


 「女性に受ける要素だと。おまえは何を言っているんだ?」


 「腐、ですわ」


 「腐?」


 「おーっほっほ。先生にはお分かりにならないかしら。戦国武将のエロス、男と男の愛! ボーイズラブの世界ですわぁ。ステキー!!」


 なんということだ。私が心血を注いだ戦国武闘伝が、ぼーいずらぶ…



 悔しいぃぃぃぃ!

 すべてが終わった…


 私は目の前が真っ暗になった。


 これは比喩ではない。

 ほんとうに真っ暗になったのだ。


 闇だ、暗闇だ!


 私の体が暗闇のなかを落ちていく…

 

 ああああああああああーっ


 

    


 漆黒の長い暗闇を抜けると、そこは剣と魔法の世界だった。


 私は立ち上がり、異世界を歩き始めた。

 

 


 

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