第6話 真田幸村、見参!

 私は再び丘に登り、グランローゼ城を眼下に見下ろしていた。

 城下では王家の兵士と大公の兵士が小競り合いを繰り返している。

 城壁と堀を破壊しようとする大公の兵士たちに対して、協定違反だとしてこれを邪魔しようとする王家の兵士たちが立ちはだかった。

 このままでは済まないな。いずれ戦いが再開されるだろう。

 

 「ニャン子、真田幸村殿はどうであった?」


 「書状をお預かりしておりますニャ。」


 「見せろ。」


 書状には、待ち合わせの日時と場所だけが書いてあった。


 「三日後か…」


 「この場所ならば、召喚者が落ち合っても言い訳ができますニャ。」


 「召喚者墓地とはうまいことを考えたものだ…」


 この世界には過去にも大勢の人間が召喚されていたいようだ。

 おそらくは強力な魔力の使い手として、いわば兵器として召喚されたのだろう。

 彼らはこの世界を生き、死んでいった。

 この世界で一人ぼっちで死んでいった召喚者たちを、郊外の墓地に埋葬したのは名も無き人々だったという。

 召喚者は勇者であり、英雄だったのだ。


 「ニャン子よ、グランローゼ城の城内はどんな様子だった?」


 「冒険者たちは城を退去しはじめたニャ。」


 「王家の勝ちに乗じて一攫千金を狙った冒険者たちが王家を見限るのは当然だな。」


 「王家の重臣の方々の中にも、城を去る人がいるみたいニャ。」


 「重臣のなかでもまともに戦おうとしているのはエクストン卿くらいのものか。」

 

 「まだ、ドワーフの傭兵隊長がいるニャ。それに気骨のある冒険者は残っているニャ!」


 「そして、真田幸村か。」


 「はいニャ。」



 おっ、大公が数人の家来を連れて丘を登ってくるぞ。


 「魔王殿、此度は大勝利じゃ。丸裸になったグランローゼ城などもはや赤子の手をひねるようなもの。ようやってくださった。感謝しておるぞ。」


 「では、感謝のしるしとしてしばらく休暇をいただきたい。」


 「休暇とな。お疲れであられるのか?」


 「疲れている。この世界に飛ばされて右往左往していれば誰でも疲れます。この街の郊外には、召喚者たちの墓地があると聞きました。同じ召喚者の先達せんだつを、お参りすることで心を安らげたいのだ。」


 「これはこれは、魔王殿にしては殊勝しゅしょうなことじゃ。案外、信心深いのじゃな。」


 「信心ではない。人の心のありようだ。」


 大公は大きくうなずき、私の墓参りを許してくれた。


 「魔王殿、では護衛を付けるゆえ」


 「大公殿、この魔王に護衛など必要と思われるか?」


 「一人で行かれると申されるか?」


 「いや、このニャン子を帯同たいどうする。」


 「それは重畳ちょうじょう。」


 そう言った大公の顔がニヤケた。

 そして小声で私にささやいたのだ。


 「魔王殿も隅に置けませぬな。猫娘、お気に入りであろう。召喚者の男は好色じゃのう。いや、英雄、色を好むじゃ。せいぜいお楽しみあれ。ほっほっほ。」


 やっぱり召喚者の男は誤解されている。

 墓地に眠る先達たちの多くが、おそらく猫耳メイドに篭絡されたのだろう。


 あー、大河ドラマの女優さんみたいな大人の女性を世話役にしてほしかったなぁ。


 だが、ニャン子は役に立つ。私の忍びの者なのだ。



 *** 


 召喚者の墓地は静かな竹林のなかにあった。

 墓石が整然と並んでいた。

 私は墓石をひとつひとつ眺めながら歩いた。

 

 これは私が知っている名前だ。

 墓碑銘は「源九朗義経みなもとのくろうよしつね」とあった。


 義経は召喚されていたのか、やはり生きていたんだ!

 驚きである。

 これは歴史学の一大発見だ!

 だが、この世界に居ては学会に発表することもできん。

 残念だ。


 私は義経の墓石に手を合わせた。

 静かに時が過ぎていく。




 「先生、お久しぶりなり。」


 私の背後から声がした。


 「真田幸村殿か?」

 私は手を合わせたまま答えた。


 私のことを先生と呼んだぞ。

 お前、誰だ!


 私が振り返ると、真田幸村がいた。

 陣羽織など着ているが、女だ。

 凛とした美しい顔をしている。


 「先生のゼミでお世話になった上田遥うえだ はるかなり。」


 「おおおおーっ、上田君、君も異世界に呼ばれたのか!」


 私の元教え子だ。

 歴女をこじらせて、剣道や弓道、挙句の果てに馬術までやっていた。

 昔、彼女に質問したことがある。


 「君は歴史を学びたいのかね、それとも戦国武将になりたいのかね?」


 彼女はパキパキした笑顔で答えた。


 「もちろん戦国武将になりたいなり! でも、それは無理だから歴史の勉強をするのだ。」

 

 成績も優秀だった。

 歴史の研究者になりたいと言っていたが、あの事件は私の記憶に新しい。


 彼女は大学院に進み歴史の研究をしていたのだが、担当教官がろくでもない奴だったのだ。

 こいつは教え子にセクハラをしていると噂があった。

 上田君の親友が担当教官の毒牙にかかった。


 -----義を見てせざるは勇無きなり!


 上田君は抗議のために担当教官に詰め寄り、殴り倒してしまったのだ。

 空手三段、剣道二段の腕前なのだから、中途半端な男など敵では無い。

 ところが武道を使って暴力を働いたことをとがめられ大学を追放された。


 腹立たしいことに、担当教官はおとがめなしだ。

 この担当教官は有力政治家のコネがあったのだ。

 大学とはそういうところだ。

 学問の府でありながらいまだ男尊女卑がまかりとおり、権力を志向する者が好き放題をしている。閉ざされた象牙の塔だ。


 「上田君、すまなかった。」


 同じ研究者として、私は彼女に謝った。


 「先生のせいじゃ無いなり。先生にはほんとうによくしてもらったなり。学問への意思は忘れてないなり。」


 「嬉しいことを言ってくれる。」


 私はこの世界に来て初めて涙を流した。

 涙は頬を伝い、ささくれ立ったわたしの心を清めてくれるように思えた。




 それから私たちは異世界に召喚されてから、何があったかを話しあった。


 「あの事件の後、あたしは就職したなり。でも歴史学への情熱を忘れられなかったなり。戦国武闘伝をプレイすることだけが心のなぐさめだったなりよ。」


 上田遥は王家の魔導士エクストン卿によって召喚された。

 オンラインゲーム「戦国武闘伝」で真田幸村になって戦っていたところ、異世界に呼ばれたらしい。

 魔法陣の上に落ちた時、どういうわけか戦国武闘伝さながらに赤備えの鎧兜を身にまとっていたというのだ。


 「この世界は、戦国さながらの乱世だったなり。グランローゼ城は大阪の陣そっくりの状況だたったのだ。ならば戦うしかないと思ったなり。」


 「戦国武将になるという夢を、この異世界でかなえたわけだな。」


 「あたしは真田幸村になることにしたなり!」


 「あの炎の剣は凄いな。」


 「火魔法の応用パターンを考えたのだ。火炎弾ファイヤーボールの連射を一条の光に収束したなり。」


 「私も習いたてだが、風魔法の使い手だ。」


 「第六天魔王が先生だと知ってびっくりしたなり。」


 「今は敵と味方だ。」


 「先生はどうしてトクーガに付くなりか?」


 「行きがかり上だ。だが大公への義理は果たした。あとは好きにする。だから真田幸村につなぎを取った。ニュン子を使ってな。おい、ニャン子出てこい!」


 「はいニャ!」


 ニャン子は幸村の影から飛び出した。

 メイド服ではなく、忍者のような黒装束に身を包んでいる。

 

 「驚いた。なんで幸村君の影から出てくるんだ。それに、なんだその恰好は。メイド服はどうしたんだ?」

 

 「サスケ、ご苦労であったなり。」


 幸村君が言った。

 なんと、ニュン子は真田幸村の忍びだったのか!

 しかもサスケと呼んだぞ。

 

 「先生、ご無礼をお許しくださいなり。トクーガの陣地にサスケを送り込んだのはあたしなり。」


 「大公は忍びとして入り込んだ猫耳娘を見つけて、私にあてがったというわけか…」


 すべては真田幸村の策略だったというわけか。


 「上田君、君もニャン子を使って私を篭絡しようとたくらんだのか?」


 「そんなことは無いなり。先生の熟女好きは知ってるなりよ。猫耳娘に興味はないはずなり。」


 「なんか馬鹿にされてるような気がしたが、まあいい。」


 私はつづけた。


 「上田君、いや真田幸村君、おぬしの采配見事であった。それにニャン子、ニャン子などと呼んで済まなかった。今日からはサスケ君と呼ばせてもらう。」


 「はいニャ!」



 ***


 さて、ここからが本題だ。

 私と幸村は、竹林の小道を歩いた。

 風が竹林を吹き抜け、ざわざわという音が鳴り続けている。

 

 「幸村君、この後、どう戦う? グランローゼ城は丸裸だ。大公は城を落とすだろう。」


 「逆に先生にお尋ねしたいなり。あたしはどう戦えばいいなりか?」


 「大坂夏の陣において、真田幸村がどう戦ったかを知っているな。」


 「あれは一か八かの奇襲なのだ。必ず勝てる戦法ではないなり。」


 「だが、それしかないと思うぞ。奇襲攻撃というのは生きるか死ぬかの狭間はざまで戦うものだ。生きようと思えば死に、死のうと思えば生きる。その駆け引きだ。」


 「織田信長公も桶狭間で奇襲攻撃を仕掛けたなり。時の運が信長公に味方して、今川義元の首を取ったのだ。後世から見ればそれは必然のように思えるけど、間一髪で信長公が敗れたかも知れないなり。」


 「真田幸村も同じだ、徳川家康の首ひとつを狙って突撃した。家康の陣まで攻め入ったが、間一髪で逃げられ、幸村は討ち死にした。だが、この奇襲が成功していれば歴史は変わった。」


 「どうころぶかは時の運ということなりか?」


 「いや、信長と幸村の違いは、時代の追い風を受けたかどうかだ。信長は勝つべくして勝った。」


 「幸村は負けるべくして負けたなりか?」


 「そうだ。そして、今回の風はどちらに吹くかだ…」


 幸村君は沈黙した。

 真田幸村を名のってはいるものの、その実態は現代の23歳の女性だ。

 死を賭けて戦えというのは酷というものだ。

 しかし、私たちはこの異世界において乱世を生きている。

 もし、おまえが意地を見せるなら、私はおまえに味方しよう。


 私はそう決意して、幸村君に言った。


 「私は風使いだ。風を真田幸村に吹かせて見せよう!」


 私は笑った。


 「先生、ありがとなり。」


 幸村君はペコリと一礼して立ち上がり、サスケを残して墓地を去った。

 去り際にひとこと言った。


 「先生、気を付けるなり。今日もトクーガの兵に尾行されてたなり。あたしが片付けといたなりよ。」


 私も脇が甘い。せいぜい気を付けよう。

 ここからは白刃しらはの上を素足で歩くようなきわどさだ。


 さぁーて、大勝負!

 大逆転を見せてやる!



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