第2話 召喚者の魔力と風の魔法

 私と大公は神殿の外に出た。

 神殿の中庭にはかがり火が焚かれ、夜の闇を照らしていた。

 甲冑に身を包んだ兵士たちが並んでいる。


 ここは野営地であり、大公はこの神殿を陣所としているわけか。

 ということは、今は戦争ど真ん中ということだな。


 大公は小高い丘を指さした。

 丘の上には月が出ていた。


 「あの丘の向こうのグランローゼ城を攻めるのじゃよ。こたびは魔王殿の力をお借りしてサナードを叩き潰す!」


 「前回の戦いではサナードに敗れたのか?」


 「敗れたのではない。サナードが邪魔をしよったのじゃ。」


 要するに、サナードが邪魔して、城を落とすどころか撤退したわけだな。


 「もはや統治能力を失ったアマテラス王家を滅ぼし、この大公ドメルグ・トクーガが新たな平和を打ち立てるのじゃ。」


 アマテラス? 

 神の名だな。

 神の名をもつ王朝か…

 

 「王家はアマテラスというのか?」


 「さよう、400年の昔、魔王を倒した初代王アマテラスが築いた王朝じゃ。じゃが、風雪には耐えられんものじゃのう。この国の平和を望むなら、もはや王朝交代しかない!」


 王朝交代の話などどうでもいい。

 興味深いのは初代王が魔王を倒したことだ。


 「初代王は魔王を倒したのか?」


 「うむ、それまでこの国は魔王と魔族によって支配されておった。わしら人間は魔族の奴隷じゃった。何処どこからともなく現れた初代王は、魔王軍と戦って勝利をおさめた。それがこの国の始まりじゃ。」


 驚いた。

 この国は魔族を滅ぼして誕生したのか!

 私は驚きを隠しながら言った。


 「案外、歴史は浅いのだな…」


 「歴史とな? 魔王殿は先ほどから歴史、歴史と申されるが。歴史がそんなに大事なのであろうかのう?」


 「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ。私の世界のことわざだ。」


 「魔王殿は賢者か?」


 「そう、歴史学者だ。賢者のはしくれだよ。」


 「それは重畳ちょうじょう!」


 調子が狂う。

 

 この世界の人間には歴史という概念が希薄なようだ。


 私たちの世界でも歴史という概念を濃厚に持っているのは東アジアとヨーロッパだけなのだ。

 歴史という概念は、案外、特別な事なのかもしれない。

 例えば、インドはヒンドゥー教や仏教の影響で輪廻転生が信じられている。

 歴史とは過去から未来へのストーリーである。

 因果は巡る輪廻の世界では、このストーリーが生じにくい。

 英語で歴史はヒストリーである。語源は his story ヒズ ストーリー、「彼のストーリー」なのだ。

  

 まあいい。

 私は歴史を知る者だ。

 その知識は異世界でも活用させていただく。

 いわば、歴史チートだ。

 

 

 「魔王殿、そなたの魔法の属性を見てしんぜよう。」


 「魔法の属性とは?」


 「うむ、わしは生活魔法程度しか使えんが、属性は火じゃ。」


 さっきから、大公の掌に小さな明かりが灯っているのは魔法だったのか。


 「主な属性は火・水・風・木・土・金の六つじゃ。属性にはそれぞれに役割があり、使い方も様々じゃ。まっ、他にも属性はあるがの。主だったものは六つじゃ。」


 「大公殿、私はこの世界に来たばかりで、魔法が使えるかどうかも分からん。」


 「そうであった。では、少しばかりテストをさせていただこう。」


 そう言って大公ドメルグ・トクーガは耳の尖った若い男を呼んだ。

 金髪碧眼のイケメン野郎だ。

 こいつが着ている黒の魔道服はなかなかオシャレだ。


 「この者はエルフ族の魔導士ルディーノ・オルスじゃ。魔王殿の魔力を見極めさせていただく。」


 「うむ」


 そう返事した私に魔導士ヴァルディーノ・オルスは、


 「ご無礼!」


 と断ってから、手をかざした。


 << アルゴ・デム・バルガ・オン・ソワカ >>


 魔法の詠唱というのはこういうものか。

 魔導士の手が光を帯びて、その光が私を包んだ。


 私の背後から一陣の風が吹き抜け、かがり火の炎を揺らした。


 魔導士ヴァルディーノ・オルスは言う。


 「魔王様の魔法属性は『風』にございます。魔力については推定でしかありませんが、私の魔力をはるかに凌駕しております。」


 魔導士よりも魔力が強いということか?


 「さようにございます。召喚者は強い魔力を秘めておりまする。」


 「ほう、では私にも魔法が使えるのだな。」


 「御意ぎょい!」


 「風の魔法か、悪くない!」


 「ただ、魔法の発動には必ず詠唱が必要です。この世界にはエーテルという粒子が満ちております。言葉の力が魔法粒子エーテルを集めて魔力を魔法に変換させます。」


 「わかった、魔導士殿。やってみよう!」


 私は目を閉じて、掌を空にかざした。


 「アルゴ・デム… 何だったけ??」


 魔導士殿はとまどったような表情だ。


 「さっきの私の詠唱はエルフ族の古代語にて、エルフ族の言葉を使えるのは我らエルフのみにございます。魔王様はご自分の言葉をお使いください。」


 「つまり、オリジナルの詠唱を考えろということか?」


 「さようにございます。第六天魔王様にふさわしい詠唱こそが魔王様の魔力を最も引き出すのでございます。」


 うーん。オリジナルと言ってもなー。

 そうだ、第六天魔王、織田信長といえばこれしかない!



 「魔導士殿、おうぎ所望しょもうじゃ!」


 「はっ!」


 ヴァルデーノ・オルスは腰の扇を抜いて私に差し出した。


 私は扇を勢いよく開き、天にかざした。


 「舞うぞ!」


 扇をゆっくりと動かしながら、優雅に舞った。

 大河ドラマで何回も見たやつだ。一度やってみたかったのだ。


  人間五十年 下天げてんうちをくらぶれば

  夢幻ゆめまぼろしのごとくなり

  ひとたびしょうを受け

  めっせぬもののあるべきか 


 織田信長が好んだ幸若舞こうわかまい敦盛あつもり」の一節である。

 これが私の詠唱だ。


 確かに、エーテルとかいう魔法粒子が集まってくるのを感じる。

 魔法粒子が急速に集まってくると、少し胸が苦しくなった。

 このあたりでいいか、魔法の発動だ。


 「第六天魔王が命ずる! 来い、風よ!」


 -----どおおおおおおおおおーん


 突風である。

 突風は野営の陣地を守る兵たちをなぎ倒し、かがり火の松明を吹き飛ばしてしまった。

 もちろん、大公も魔導士も吹っ飛ばした。



 「あーっつはっはっはー」


 風で吹き飛ばされ転げまわった大公が、甲冑のほこりを払いながら笑っている。


 「魔王殿、上々じゃ、上々じゃ、わはははは!」


 「これが魔法か!」と私はつぶやいた。


 大公は私の肩をポンと叩いて言った。


 「魔王殿、この風は天下取りの風じゃ! 明日より城攻めにかかる。サナードを倒してくだされ。頼みましたぞ。」


 大公はそう言って高笑いを決め込んだ。


 だが、戦いというのは、やってみなければ分からないものだ。

 歴史の風がどちらに吹くか、それを見極めさせてもらおう。


 こうして、城塞都市グランローゼ攻略戦が開始されることになるのである。

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