第10話 ここから始まるオレ達の挑戦

 再び【第1会議の間】へとやってきたユウヤは、椅子を元に戻していた。

 自席をたつ際、まだコノハは悪戦苦闘しながら資料を揃えていたので、こちらに来るまでまだ早いだろう。

 そう思いユウヤは適当な椅子に座ると、おもむろにノートPCを開く。

 手慣れた操作でメールソフトを起動し、新規のメールが来ていないか確認する。

 出向したとは言え彼は今でもIT事業部の所属であり、固定の顧客を抱えた営業マンでもある。

 当然ながら顧客からの依頼や要望、最新技術の展示や講習の案内など多種多様なメールが届く。

 SNS全盛と言われて久しいが、やはり再確認が必要な内容はメール方が保持性などの観点から優れていると言えるので、ユウヤも連絡にはメールを使っていた。(指定外のSNSを業務で使用することを禁じられていることもあるが。)

 そんなメール群をチェックしつつ、必要な内容は必要業務ToDoリストへと登録していく。

 2つの部署を掛け持ちとなる以上、訪問営業に向かうタイミングも調整が必要になる。

 新規顧客がいない以上、ある程度は自由にできるとは言え、日程の設定は先方の業務推移などを考える必要があり、それなりに注意が必要だった。

 しばらく、メールとリストを睨みながら考えていると、会議室のドアが開く。

 その音に気がついたユウヤが入口の方に顔を向ける。

 そこには大量の資料を持ったコノハがガニ股で歩いていた。

 いくら紙とは言え積まれた厚さが10センチメートルを超えていては、その重さはかなりものだろう。

 慌てて席を立ったユウヤはコノハからさっと資料を取り上げる。


「あっ……」


 一瞬何が起きたか分からなかったコノハが気の抜けたような声をあげる。

 そのまま、ユウヤが資料を机の上に載せるのを眺めていた。


「資料置くの、ここで良いか?」


 ユウヤの問いかけでコノハはようやく我に返った。


「あ、そうそう。……ありがと」


 慌ててお礼を言いながら、コノハはユウヤの反対側の席に座ると、手早く資料を分けていく。

 どうやら資料は2人分あったようで、資料の束は2つの山に分けられた。


「そんなに有るのならデータで渡してくれればいいのに」


 仕分け作業を見つつユウヤが言う。

 素直な感想であり、彼としてはもっともなことを言ったつもりだった。


「まだちゃんとした資料としてまとまっていないから、データファイルも多くてファイル形式もまちまちなの」


 そう言いながら最後の1枚を束の上に乗せたコノハは、端を整えたうえでユウヤへと束を渡す。


「さて、説明を始めますか」


 両手をポンポンと合わせながらコノハが宣言する。


「まずわたし達の現状だけど、実質まだなんにも始まっていない状態よ」


 そう言いながらコノハはホワイトボードに図を書き始める。

 上段には『会社』と書かれた囲いがあり、そこから少し下に『わたし達』と書き込まれる。

 そこへ『会社』から矢印が勢いよく書き足される。


「大体1ヶ月くらい前の話だけど、浅川部長と言うか会社から指示が有ったの」


 そう言いながら話しだした内容。

 それは会社、いや『ワグテイルプロジェクト』として新規IPを創設することであった。

 これまでも社内で運営しているゲームタイトルはいずれも独自タイトルでは有ったが、いずれも知名度、収益性は会社の想定から見るとイマイチと言った感じであった。


「そこで、会社は思いついたの。若い世代でチームビルドして新しいゲームを世に放とうってね」


 そこまで言うとコノハは誇らしげに胸をそらした。

 元々、高校生の頃の学生によるゲーム企画コンペティションで受賞していたコノハが中心人物として登用されたのは、概ね皆の想定内であった。

 だがコノハには弱点があった。

 それは、口で人に説明するのが不得手であること。

 そして情報を削ぐ事が苦手なこと。

 つまり、企画段階の状態で細かいところまで設定してしまい、それを全て説明しようとしてしまうことだった。


「あ~、なるほどねぇ……」


 ひと通りの説明を聞いてユウヤは納得したと言った顔だった。

 新人研修の時もコノハのアイデアは独創的で面白そうだと評判が高かった。

 しかし、プレゼンが始まると延々と終わらず、要点が不明な話を聞かされることとなり、指導員役の社員たちからの評価は芳しくなかった。

 あれから約2年が経とうとしているが、今もコノハのその性質は直っていないということだ。

 つまり今、ユウヤはコノハの資料をまとめる作業も会社から望まれているのだ。


「まぁ、資料ってのは詳しければ良いって訳じゃないからな」


 手元の資料ともメモ書きともつかない大量の情報を前にユウヤが小さな声で言う。

 それが聞こえたのかコノハが少しムッとした顔をする。


「資料は簡潔明瞭に。そして最初のインパクトが重要だ」


 そう言いながらユウヤは手元の紙束からミスコピーらしい何も印刷されていない紙を取り出す。

 そして、ジャケットの裏からボールペンを取り出すと、紙の上にペンを走らせる。


 何を書いているか興味を持ったコノハが紙を覗き込んむ。

 そこには以下のような事が殴り書きされていた。


 - ここから始まるオレ達の挑戦 -


 その紙を掴むとユウヤはコノハの方へ向ける。


「ほい」

「あ、ああっと!?」


 そのまま無造作に放った紙はヒラヒラとコノハの方へと流れていき、コノハは慌ててキャッチする。


「この紙が何よ?」


 ユウヤの意図が理解できず、コノハは疑問を口にする。

 それに対しユウヤはニヤリと笑う。


コノハおまえはこの企画で会社に挑戦するんだろ?」


 コノハは思わずドキリとする。

 普段はどちらかといえばポヤンとしたイメージが有るユウヤが不敵に笑っている。

 それはどこか頼もしい。


「それを手伝うのが当面のオレの仕事だからさ、その挑戦はオレの挑戦でもあるんだよ」


 ユウヤは立ち上がり歩き始める。

 長机に沿って歩き、コノハの席の前まで来る。

 ユウヤが何をしたいのか分からないコノハは、眼の前まで来たユウヤを思わず上目遣いで見上げた。

 いつもなら「なによ」などの強気な言葉が口をつくところだが、それも影を潜めている。


「やってやろうぜ」


 ユウヤがおもむろに右手を差し出す。


「これから始まるオレ達の挑戦。必ず成功させるんだ」


 穏やかな笑みを浮かべるユウヤ。

 それはどこか自信に満ちているようであり、信頼してもいいと思わせる笑みだった。

 それを見上げるコノハはどこか気恥ずかしくなりうつむく。

 そしてコノハも立ち上がる。

 相変わらずうつむいたままだが、差し出された手を両手で握る。


「うん、やろう。これの企画でわたし達が天下とろう」


 握った手を乱暴にブンブンと振り回しながらコノハが言った。

 それは宣言と言うよりは、どこか自分へと言い聞かせる様な響きだった。

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