第5話

 ああ、女子人気。素晴らしきかな、モテ期。

 教室に戻ると再びギャルーズに囲まれる。


 会話の難易度は鬼だったが、困ったら最終奥義コテンと首を傾げながら『分かんなぁい』でなんとかなった。普段から会話する女子は、元の俺とのギャップに耐えられず吹き出していたが、他は目をキラつかせてギラつかせるだけだった。


 しかーし!

 今はもっと言いたい事がある!!


 なんと!どさくさに紛れて女子の二の腕に触れたよ!

 めっちゃ柔らかかった。ほぼまな板な俺の体とは大違いだった。

 良いね。女子の身体。

 あ、違うよ?女子の身体が好きって事じゃないよ?

 女子になって楽しいって事ですから。可愛い子達とじゃれ合いやすい。


 うへへ。


 教室に先生が入ってくる。点呼と共に朝礼が始まった。

 担任の榎木先生・・・通称ノコセンの驚いた顔が楽しみだ。第一声はなんだろう?


「寺田」

「・・・はい!」

「兜太」

「は〜い!」


 今のところ欠席一人。ノコセンは卒なく出欠を取る。

 さて・・次はいよいよ俺の番だ・・・


「え〜と・・・なが・・・い?」


 俺の名前を呼びながら異変に気づいたノコセンの語尾が上がる。

 さあ、元気よく答えてあげよう。


「は〜い!!!おはようございます!!」


 勢い良く立ち上がり腰まで伸びたゆるふわロングと共に、キャピっとポーズを取る。


 ダブルピース、ウィンク&てへぺろだ。

 ちょっと恥ずかしいし、高校生になってこのポーズは痛いけど、可愛いだろうから許してくれ。


 しかし事件勃発。

 ついにズボンを支えていた輪ゴムに限界が来た。

 神聖なる教室に、俺の聖域すなわちトランクスがおおっぴろけになった。

 しかしやはりトランクスから出る足は細く白いし、見慣れた凸もなくなっている。


 教室中がざわつく。慌てる女子達と歓声を上げる男子共。

 俺の後ろに座るアラタがすかさず上着で俺の下半身を隠した。


「あ〜・・・えへへ・・失礼しました。ちょっと服のサイズがあってなくて・・・」


 ここでやっとノコセンが状況を理解した。


「えーと・・・永井?」

「はい」

「いやいや。明らかに別人じゃん。性別も・・・あ、いや、なんでもないわ。どした?フォルムチェンジ?」

「起きたら女の子になってました。理由は〜分かんなぁ〜い」

「『分かんなぁ〜い』か・・・そうかそうか・・・ちょっと職員室来い」

「ふぇ?」


 あれ?思いの外ウケなかったか?

 ノコセンの事だからいい感じにツッコミに回ってくれると思ってたけど・・・


 ノコセンと職員室に向かう。


 職員室までの廊下でノコセンはずっとブツブツと何か言っていた。かなり動揺しているようだ。職員室に入るとまた少しざわつきが生まれた。見慣れない生徒に他の教師が反応したらしい。


 ノコセンは連絡網を探しながら俺に状況の説明を求めてきた。

 しかしまあ、俺の方が教えてほしいんだけどね。


「もう一回聞くけど・・・本当に永井なんだな?知り合いを使ってドッキリとかではなく・・??」

「本当に永井美空ハルタカですって・・・・」

「なんか証拠的なものは・・??」


ノコセンは疑り深い。教師としての反応としては正解なのかな?


「証拠か・・・じゃあこれならどうだ?俺が前回の英語のテストで『I love you』を『月が綺麗ですね』って訳したらバツつけられたから、現代文の古賀先生と一緒にジュリー先生に抗議した事件を覚えてる?」

「ああ・・・そんなんあったな・・・」


 ノコセンは遠い目をする。


 面白半分で書いてみたら、古賀先生とジュリー先生がガチで喧嘩を始めたのだった。そう行った仲裁はノコセンの仕事なので、大変だったに違いない。

 

 俺も喧嘩の一部始終をみていたが、ジュリー先生の最後の一言『Why Japanese

 People? Such a weird expression!! F〇〇k!』が今も鼓膜にこびりついている。


 あれは面白かったなぁ・・・

 しかしこの喧嘩は学校中で話題になったから証明にはならないな。


「そうだな・・・・他で言うと。・・・ああ!あれ!軽音部の部室で俺とガチ女声ソプラノ練習したの覚えてる?聴くに耐えなかったから録音すぐに消した奴

「おおおおいい!!ちょっと待ったちょっと待った」


 ノコセンは慌てて俺の口を塞ぐ。やはりノコセンにとってあれは黒歴史のようだ。まあ、俺もたまに思い出して指の骨を折りたくなる程に酷いものだったし・・・


 ノコセンは一旦呼吸を整え、俺の方を向き直す。顔は真っ赤だ。


「ふぅ・・・確かに永井だわ。え?なんで?フォルムチェンジ?」

「そのフォルムチェンジってなんなの?」

「え?お前ゲームやらない系だっけ?」

「オタクっぽいのはちょっと〜・・・ゲーマーはモテないっすよ」

「おおその感じ、本当に永井だ・・・マジか・・・」

「残念ながらマジっす」

「それで・・・?親御さんはなんて?」

「あ・・・」


 そういや母さんにはこの姿は見せていなかった。姉貴に一瞬見せて飛び出してきたからな。


「親にまだ言ってないや。早く学校来たくて」


ぺろっと舌を出してお茶目アピールをしてみる。


「まあそれは嬉しいけどさ、せめて親には相談してから来てくれよ。こっちも対応に困っちゃうからさ・・・」

「すんません」


 仕方なくノコセンは母さんに電話をかける。フランクでもはや友達みたいな教師だが、いざとなると頼れる奴なのだ。このノコセンという男は。


 ノコセンは受話器に耳を当て、はいはいと受け答えしたのち、最後に『え?ちょっと!?』と聞き返す。その瞬間に電話が切られた。


 おいおい、何やったんだよ母さん・・・


「あの〜・・・大丈夫っすか?」

「いや〜・・・こんな事いうのもなんだが、お前の母さん相変わらず面白いな・・・」

「なんて言ってました?」

「とりあえず、お前のフォルムチェンジについては知ってたらしい。お前の姉ちゃんから事情は聞いてるって。それでまあ・・・『ご迷惑おかけしますが、通常通りでお願いします。言う事聞かなかったら腹パンくらいは大丈夫です』って言われたわ。そしたらカヌレが爆発したとかで電話切られた」


ノコセンは母さんの口調を真似しながら、会話の内容を再現する。

・・・・カヌレが爆発ってなんだ?


「なにそれ」

「俺のセリフだわ・・・じゃあ、まあ、普通に授業する?身体に異常はないんだろう?」


 ノコセンは聞いてくる。

 ぶっちゃけ身体がちょっと重い感じがするのと、ちょっと頭痛がするが、おそらく女体化の副作用だろう。気にするほどでも無い。


「身体はピンピン元気です。いけますいけます」

「そう?じゃあ、とりあえず様子見るか。体育は出なくていいから。制服は・・・そのままで良いか。あ、あと分かってると思うけど、男子共にその姿でベタベタするなよ、変になっちゃう奴出るから」


「ほ〜い」


 ・・・変になっちゃう奴?てのは良く分からないが、せっかく女子になったんだ。野郎共とベタベタするつもりはない。女子軍団と仲良くなる。


 さあ、新しい高校生活を始めましょうか。

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