第13話 責任の所在
彼らの施設を襲撃したのは恐らく自分の双子の姉である。姉は自分に化物を無理やり押し付けた後、その化物自身に喰われて既にこの世から居なくなっている。
結局、唖杭は自身の状況を正直に軌場へ話す他無かった。上記二点を正直に説明すれば、軌場は額に青筋を浮かべ、歯を食いしばりながら唖杭を更に締め上げた。
「てめえ、それ本気で言ってんのか!?」
「信じてください!嘘じゃないです!あ、あまり俺に危害を加えようとしないほうが良いですよ!蛇が貴方に襲い掛かるかもしれないので…!」
蛇は唖杭の首に大人しく収まっているものの、何がトリガーとなって軌場に襲い掛かるかは分からない。善意の忠告のつもりであったが、軌場からすればその言葉は彼の神経を逆撫でするだけだ。
「舐めやがって……!!」
軌場は片方の拳を振り上げる。
「っ!」
「こっちはなぁ…あの日からとっくに命を捨てる覚悟なんかできてるんだよ!糞女が死んだってんなら、弟のテメエが責任を取りやがれぇ!」
ガタイの良い彼の拳の威力を想像し、唖杭の体が固まる。
「(…仕方ない)」
親しい仲間が殺されたという彼の怒りは最もだ。蛇が何も手出ししてこない以上、その一撃を受け入れる外無いだろう。
唖杭は数秒後に訪れるであろう衝撃に備えて、ぎゅっと目を閉じた。
「はい、軌場君。そこまでだよ」
女の声が聞こえてきた。
ゴッ
その言葉と同時に軌場による重い拳の衝撃が唖杭の顔に襲い掛かった。
「ぎぁっ!?」
唖杭から情けない悲鳴が上がる。
「…あー、少し遅かったか。こらこら軌場君」
「んだよ、済屋さん。結局こっちに来たのか」
軌場は不満げに言葉を発しながら、唖杭の胸倉から手を離した。ようやく解放された唖杭は、痛みを通り越して痺れが広がる頬をすりすりと擦る。鼻の奥の血管が切れたらしく、血液が鼻の穴からこぼれ落ちる感覚が伝わってきた。
「あの…大丈夫ですか」
もう一人、別の女の声が聞こえてきた。唖杭は痛みによって流れ出た涙を拭いながら顔を上げる。
軌場の後ろには、新たに二人の女の姿があった。
その片方には見覚えがある。アパートを出た際に唖杭に話しかけてきた、確か『十篠』と呼ばれていた人物だ。もう片方は、作業着を身に纏った、背が低いながらも威圧感のある女だ。そういえば、車に押し込まれ、気を失う寸前にもう一人女の声があったのを覚えている。恐らく彼女が、軌場が今まさに名前を呼んだ『済屋』という人物なのだろう。
「!…そうだ」
唖杭は現れた十篠へと視線を向けた。
「と、十篠さん?でしたよね」
急に呼ばれた十篠は目を見開く。
「あ、はい。十篠ですどうも」
十篠は少し困ったような顔になりながら、軽く唖杭へと会釈した。
「その…指…すみません…謝って許されるようなことではないのでしょうが…」
…そうだ、蛇が急に彼女に襲い掛かり、指を食いちぎったのだ。その瞬間は、唖杭の脳に鮮明に焼き付いている。
「……」
唖杭が謝罪をすると、十篠は彼を数秒ほど見つめた。そして、自身の両腕を上げ、唖杭の方へと向ける。
「大丈夫です。この通り、一応元に戻っていますので」
「!?な、なんで」
十篠の両手には五本の指が生えそろっている。
「私自身もよく分かりませんが、このように指が再生するんです。ちょっと変な色してますが、これもこういうものなので気にしないでください」
指の色は彼女の白い肌とは異なり、まるで粘土細工を使って継ぎ足したかのように、蛇が食いちぎったであろう根本の箇所から上にかけて、漆黒となっている。
「気にするな、と言われても…いや、でもその色は…」
彼女の異常な再生力に対する驚きと共に、唖杭はある既視感を覚え、自身の首に巻き付いているものを軽く人差し指で撫でた。そう、その光を通さぬ指の色が、この蛇とよく似ているのだ。
「唖杭君、だったね」
済屋が口を開いた。その声色は冷たい。
「は、はい、唖杭 照代です」
唖杭は背を伸ばし、返事をした。
「そうかい。私は済屋 未棲。色々手荒な真似をしてすまなかった…と、謝りたいところだが、私達も唖杭君の双子の姉とやらに仲間を大勢殺されているわけでね」
彼女らの怒り、憎しみはきっと相当の物だろう。唖杭は背筋に冷や汗が流れる感覚を得る。
「……」
「あの女に復讐する為、私達は今まで苦労していたわけだが…君の話を信じるとすれば、我々の仇は君の首に収まっている蛇に喰われて既に死んでるらしいじゃないか」
済屋の両隣に立つ十篠と軌場は、黙って唖杭の方を見つめている。
「そこで提案だ」
済屋はにやりと笑う。
「ねえ唖杭君。自分自身がやったことではないとはいえ、身内のしたことに、多少の責任くらいは感じているんじゃないか?」
「…はい」
姉の残虐さをよく知る唖杭は、彼女らの感じた苦痛を想像し、胸が締め付けられた。あの悍ましい片割れを、昔の内にさっさと殺しておけばよかったと後悔の念が沸き上がってくる。
「なら、話は早い」
済屋はゆっくりと右手を上げ、真っ直ぐ唖杭を指差した。
「この施設の先には深い崖がある。君、そこから飛び降りて死んでくれないか」
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