第49話 試し乗り

「どうよ、コーヤ。俺の傑作は」

 得意そうな表情で王様に視線を送るエリックの言葉は、俺の耳を素通りしていった。

「……似合いますね」

 今までの金色から、暗い緑黒色に変化した髪の毛の端を、指先で摘み上げる王様から目が離せない。俺にとっては金髪よりも馴染み深い色だ。

 金髪の王様も高貴で素敵だったが、ダークヘアの王様は野生味が前面に押し出され、また別の良さがある。良い男は何をしても良い、の典型だ。

「コーヤ、おかしくはないかい?」

 何とも自信なげな王様も新鮮だ。

「大成功です。誰も王様とは気付かないと思います」

「そうだろ。上手くいったな。代金は高くついたけど、薬屋のおっちゃんがノリノリで手伝ってくれたんだ」

 思いつきではあったが、髪染めの染料作りをエリックに指示し、仕上がりは上々だった。

「エリック、よくやったな。代金についてはお偉いさんが多すぎるって言ってるのに、診療代を奮発して置いていってくれたから大丈夫だよ」

「じゃあ、食堂で美味い物でも食おうぜ」

 そういえば空腹だった。

 嬉々として部屋から出て行くエリックに続いて、王様と並んで歩く。

「明日からの行程で、これで少しでも安心できるか?」

 髪色が違うだけで別人のような外見だが、声音は聞き慣れた低音の、紛れも無い王様だ。しかも記憶を無くす前のような優しさを感じさせる。

「はい。カルロ様は嫌でしょうけど、なるべく安全にいてもらいたいので」

「嫌ではない。こんな経験も滅多にできることではないしな」

 こんな、と言いながら髪の一房を摘んで、ニッコリ笑いかけてくれる瞳は、崖の上での以前の王様そのものだ。

「何か思い出したことはありませんか?」

 尋ねずにはいられなかった。

「いや、残念ながら。だが、コーヤが必死な顔で訊く程、私は大事な何かを忘れているのか?」

「い、いいえ。そうではありませんが、思い出せないのはお辛いだろうと思いました」

「無くしているのは一部だけだし、お前が教えてくれて今のところは支障がないしな」

「そうですか……」

 なんだかがっかりしてしまってから、違う違うと自分に言い聞かせる。俺は王様にキスのことを思い出して欲しい訳じゃなく、お立場で必要な情報があるだろうことを心配しているんだ。

 食堂ではエリックが既に奥の席に着き、女将に皆の分の注文をしているところだ。

「遅いよ、2人とも。俺が勝手に決めちゃったよ」

「ごめんごめん。いいよ、エリックに任せるよ」

 そうは言ったが、直ぐに運ばれてきた料理の量に目を丸くする。

「こんなに頼んでどうするの」

「食べるに決まってるだろ。な、カルロ様だってこの位食えるよな?」

「ああ。久しぶりに腹がいっぱいになりそうだ」

 いつもはいがみ合うくせに、都合の良い時は結託するのか。まあ、仲が良い方が嬉しいが。

「なら、残さず食えよ。残したら勿体ない」

 そこからは、ひとしきり夕食を堪能する。優雅な所作ながら、王様の食べる量はエリックより多いかもしれない。

 ひと足先に満腹となった俺が手を休めていると、ふくよかなこの宿の女将が急ぎ足で近寄って来た。

「あんたが治療師かい?」

「はい。旅の治療師ですが」

「お偉いさんの使用人さんが、あんたにお礼だって、裏に置いて行ったよ」

 忙しいのかそれだけ言って、厨房の方へ戻って行く。

「何だ?」

 王様が食事を終わらせて、尋ねてきた。

「俺もわかりません。でも帰り際に後からお礼を届けると言っていたかも……」

 思い出したらそう言っていた気がする。最後まで残さずキレイに食べてこい、とエリックに言い残し、王様と宿の裏にまわった。

「え。お礼ってこれのこと?」

 宿の裏には簡易な厩があり、その周りに数本木が植えられていた。

 贈り物らしき箱や物は見当たらないが、木の1本に鞍のついた丈夫そうな馬が一頭繋がれている。

 馬に慣れた王様が近寄り、馬の首を撫でた。

「よしよし、いい子だ」

 優しい手つきで繰り返し撫でられた馬も、気持ち良さそうに王様に擦り寄っている。

「俺ちょっと女将さんに訊いてきます」

 案の定、この馬がお礼だったらしい。

 馬の水や餌を女将にお願いし、王様の元へ急いで戻った。

「この馬がお礼だったようです。ありがたいですが、こんな高価なお礼を頂いてもいいんでしょうか」

「治癒魔法は、このお礼に匹敵するほど貴重なものだ。お礼にくれるというならありがたく貰えばいい」

 以前にも王様には治癒魔法を誉めてもらったことがある。

 記憶を無くしている間のことだが、変わらぬ王様の言葉に、王様の本音を聞けたようで心が温かくなった。

「試し乗りをせねばならんな」

「え?そうなんですか?」

「ああ。明日から一緒に旅するんだ。どの位走れる馬なのか、力量を見ないと」

 王様は、鞍を乗せ直すと、木に結ばれた紐を解き、あっという間に馬に跨がった。

「手を貸せ」

「え?」

 訳も分からず手を差し出すと、ぐいっと馬上に引っ張り上げられる。

 以前に近衛兵と同乗したように、王様の前に乗っていた。

「さ、行くぞ。夜の散歩だ」

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