第24話 夜勤
団室に戻ると、ローデンを始め残りのメンバーが待ち構えていた。
「どうだった?メイリーン様のご様子は」
後から追いついてきたマリアンも含めて打合せの席に着く。
「今朝からだそうですが、熱が高く咳が出ていました。熱は治癒魔法で少しだけ下げ、水分と栄養を摂る指示を侍従の方にお願いしてきましたが、後で薬を持っていく必要があります」
その場の全員が思案顔となる。
「普通に考えれば風邪の症状だよな」
「体力がないため、ただの風邪でも他の人より弱るってことなのか?」
「数日様子を見て快方に向かえば風邪かもしれないが、そうでなかったら大変なことになるんだぞ」
「……薬を作るから、早く方針を決めてくれ」
「まずは、解熱と咳止め薬、免疫を高める薬だな。服用中も細かく様子を見ていくことにする、だな?」
ダレスを中心に薬の調合が行われることになり、マコーミックとマリアンも手伝っている。
こうなってくると、診療の組み合わせも変則となる。午後の診療まで待たずに、ローデンとネロが解熱と咳止め薬を持って診療に行くことになった。俺も記録係としてついていく。
それぞれの役目を全うするべく、治療団員全員が慌ただしくなった。
1日バタバタと過ごしていた治療団のメンバーが、夕方遅い時間に夕食に揃った時、疲れた表情の中にもどこかほっとした空気が生まれていた。
「薬が効いているようで平熱に戻っています」
「咳も殆ど治まりぐっすりと就寝されているから、この調子で一晩眠れれば明日はだいぶ良いと思うんだけど」
うんうんと皆が頷く。
「今晩は、昼間程頻繁じゃなくても様子を見に行った方が良いと思うんだ」
俺は夜勤にも慣れている。当直を買って出るつもりだったところ、マリアンが続いた。
「さすがに、夜間に男性だけで寝室に行くのは治療師といえども後々問題になるわ。私も行く」
「じゃあ僕は明け方に交代するよ。2時(4時)でいいよね」
「それなら俺も。マコーミック、俺の部屋に起こしに来てくれ」
「ネロ、自分で起きる気はないの?」
マリアンの突っ込みにも、気にする様子の見せないネロに、笑い声が上がる。
初めてのメイリーン様の不調で緊迫感が続いていたのが、やっと少し緩み始めたのだろう。
話には加わっていなかったダレスが、静かに洸哉に近づいてきた。
「昼間は貴重なモンデプスの薬草をありがとう。薬は多めに作ったから説明しておく」
夜間、また急に症状が増悪する恐れを心配しているのだろう。調合した薬を保管してある場所で、ダレスから一通り説明を受ける。
聞き終えたところで、はたと思いつく。治療院でも夜間は玄関を施錠するが、この部屋の施錠はどうなっているのだろう。王宮にはたくさんの人が働く。食事を運んでくる侍従はこの部屋への出入りもする。疑うわけではないが、万が一にも薬がどうかなっては困る。
ダレスと相談し、明日パドウに確認するまでは2人だけが知っている状態で薬を保管することにした。早朝勤務のマコーミックにはダレスから、夜勤のマリアンには洸哉から伝えておくことになる。
「おやすみ」
「夜勤頑張って」
明日の勤務に備え、11時(22時)前には、俺とマリアン以外の治療師は部屋に戻って行った。
シンと静まり返った治療団室で、巡回の合間に記録をつけていく。今のところメイリーン様にも問題はなかった。
この部屋は王宮の中でも人の出入りのない区域に設えられている。日中でも周囲の音はほとんど聞こえない。真夜中すぎの今に至っては、この世界に自分達しかいないのではないかと疑うほどの静けさだった。そこへ廊下に面した扉にノックの音が響いた。
「失礼する」
ノックの後、扉を開けて入ってきたのは、貴族服を着用しマントを肩に掛けた、グレーヘアの美中年だった。
「あの、どちら様ですか」
マリアンと顔を見合わせ、お互い知らない人だと判断すると警戒しながら尋ねた。
「この国の宰相を務めているトゥーンザードだ。初めての挨拶がこんな時間で申し訳ない」
ええ?宰相って総理大臣みたいな人でしょ。王様といい、この所、偉い人にばかり会うから麻痺してきてしまう。
「初めまして」
ワタワタとその場に立ち上り、マリアンと慌てて口々に自己紹介をする。
伴もつけずに一人でやって来た宰相は、マリアンと俺を順番に、じっくり内側を見透かすような視線で見つめてくるから落ち着かない。
「治療団代表のローデンからは、後日改めてご挨拶させてもらいますが、本日はいかがされましたか」
マリアンは立ち直るのが早い。こういう場面ではとても頼りになる。
「なるべく早く挨拶に伺おうと思っていたが、私も激務でね。本日の仕事を終えるのがこの時間になってしまった。治療団として対応に当たっていると聞くが、王妹メイリーン様のご容態はどうなんだい」
口を開こうとしたマリアンの袖を引く。
「王族のご容態につきましては、国王陛下のみにお知らせすることになっております」
前世でも個人情報に厳しかったが、国王陛下から直々に王宮に召喚された身としては下手なことは口に出せない。パドウからの注意勧告もあった。
「……そうか。治療団の6人のうち2人で対応に当たっているところを見ると、そこそこ落ち着いているのだろうね」
言えないって言っているのに、カマをかけてくる気だ、この人。
「我々の口からは何とも申し上げられませんので、後は国王陛下にお聞きいただけますでしょうか」
必死の抵抗を見せる俺のことを、頭のてっぺんから足のつま先までを舐めるように見つめている。目元も口元も笑顔のようだが、瞳の奥が笑っていない気がするのは気のせいだろうか。
「そうか。コーヤだったね、君の名は忘れないよ。ではまたあらためて」
来た時と同じように、宰相は扉からするっと出て行った。
力の抜けた俺とマリアンはその場で椅子にズルズルっと座りこむ。
「はー緊張した。威圧感半端なかったね。何だったんだろうね、あの宰相様」
「私にもわからないよ。でも挨拶をしに来たってことより、メイリーン様の容体を確認したことだけは間違いないだろうね」
ただ緊張していた俺よりも、年の功マリアンは何か考えているらしい。
しばらく脱力していたが、いつまでも放心状態を続けているわけにもいかない。少し休んだ2人は、また回診で状況を確認しに行く。
その後もメイリーン様の容体も落ち着いており、無事朝方勤務の2人に引き継ぐことができた。洸哉とマリアンはそれぞれ睡眠を取りに自室へ戻ったのだった。
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