第7話 治癒術

 折れたと思われる橈骨に掌を当て、神経を集中する。

 光を集めるイメージを思い描きながら手の甲を見つめていると、全身を流れる気のようなものが腕を通り掌から出ていく感覚があり、患部に当てた掌周辺から白い光が溢れ出すのが見えた。

 転んでぶつけたと言っていた男の腕は、当てた掌からはみ出ていたぶす色の周囲から、元の肌色に変化していくのが見て取れ、しばらくすると発していた光が次第に弱まってくる。

 もう良いだろう。

「終わりました」

 掌を離すと、治療院にやってきた年配の男は、台の上に置いていた腕を引き恐る恐る動かしている。始めはゆっくり、そのうちブンブンと腕を振り回した。

「嘘のようだ。本当に痛くない」

 青ざめていた顔色も良くなり、苦痛に歪んでいた表情にも笑顔が見られた。

 痛みもなくなったと聞き、ホッとする。

「良かった。他のぶつけたところには、この薬草を潰して貼り付けておくと治りが早いです。これからは無理をしないでくださいね」

「ありがとう。これでこの収穫時を無駄にしないですむよ」

 頭を下げて帰って行く男の後ろ姿を見送り、片付けを手早く済ませる。

「コーヤの治癒術はだいぶ上達したね。治癒時間が最初の頃と比べると、各段に早くなっているし」

 隣の椅子で別の患者の治療に当たっていたセリラージが一息つき話しかけてくる。気にしてくれていたようだ。

「皆さんのおかげです。ありがとうございます」

 はにかみながらお礼を言うコーヤを見て、セリラージはお礼を言うのはこっちの方だと思う。

 治療院に来てから覚えた薬草の知識や治癒術は、もともとのコーヤの真面目な性格もありメキメキと実力をつけ、今や治療院の即戦力となっている。

「治癒術は院長直々に教えていただいたし、逆に使い物にならなかったらどうしようと思っていたから」

 生真面目な性格のコーヤは、異世界からやってきた当時から、治療院で働く皆が好ましく思っていた。

 見知らぬ土地で慣れない環境にもめげず、貪欲に勉強を積む姿は、治療院で働く者の士気を高めるだけでなく、コーヤ目当ての患者がいる程だ。

 実質的にこの治療院の運営を任されているセリラージにとっても、なくてはならない仲間の一員だ。

 そう思ってはいても、コーヤの、照れているのか薄っすらとピンク色になった頬は、叔父と甥くらい歳の離れた男の目を釘付けにする。

「いかん、いかん」

「何がですか?セリラージ。遠慮しないで、何か至らないところがあったら指摘してってお願いしてるでしょ」

 あくまで自分に非があると思っている洸哉は、眉を寄せて詰め寄ってきた。

「そうだ洸哉。院長が、手がすいたら薬草畑の収穫を手伝って欲しいって言ってたぞ」

「あ、じゃあ俺行ってきます。院長待ちくたびれてるかな」

 何故か安堵の色を浮かべ、新しい患者の対応に戻ったセリラージに挨拶をし、白いローブのボタンをはずす。

 洸哉は奥で薬の調合をしているローデンにも声をかける。

「ローデン、薬草畑に行って来るから、患者さん来たらよろしくお願い」

 ローデンは、前髪の隙間からちらっと目線を上げただけで、すぐに調合に戻る。

 ま、返事は期待してなかったけどね。

 寂しい気持ちはひた隠し、憎まれ口の独り言を言いながら治療院の裏口を出た。

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