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「はー、久々に肝が冷えたわ。お前呼びかけても答えねえんだもん。生体反応は正常値だったから正気のまま生きてるってのはわかるけどよ、生きてんなら返事くらいしてくれや。お前の相棒、ずっと怒鳴りっぱなしでやかましいったって……」



 船に戻って排水が済むと、操縦士が大きなため息の混ざった音声で出迎えてくれた。

 二度とやるなと念を押されるも、でもそれ以上の注意は無かったという事は、過去、他にもあった話だったんじゃないだろうか。


 そういう事に慣れているからこその落ち着いた反応、という雰囲気だったから。


「ははは。ごめんなさい。なんか、おれ集中しすぎてて……」


 ヘルメットを外しておれは深く息を吸う。笑って返せば、スピーカーの向こうからも苦笑が返ってきた。


一方で、慣れて無ければこうなるだろう。というのが、ノールだった。


「ごめんで済むか! ばか!」


「ノール」


 潜水室に怒鳴り込んで来て、濡れるのも構わずおれに突っかかってくる。そんな姿に笑いながら、おれはノールへ手を差し出した。


「ちょうどよかった。……あのさ、ノール」


「なに……」


 訝しむノールに、おれは伝える。


「これ、見てほしいんだ」


 開いた手の内には、一番上手く形作れた空想物質ソムニウムの結晶。

 目映く光を返す、小さな星の欠片。おれにはそう見えた。


「結晶化、今日は過去一で上手くいったと思う。これでもまだ、貴方の満足いく結果になってない?」


「っ、……なってない、」


 ぼそりと、ノールはそう零した。


「えぇ……」

 おれが本気で絶望じみた声を上げたら、ノールはさらに続けて、しかも顔を赤くしながらこう言ったんだ。



「――なんて、言えないくらい完璧だったよ、今日は! お前の言うとおり、過去一で上手くいってた! 俺の考えてた理想的な数値で、しかも長時間、それを安定して出し続けてて!」



 まさに興奮状態で、ノールはおれに飛びついてきた。


 いつもならそこまで密着してくることもないだろうに、背中に回した両腕で、俺の背中をバシバシ叩いてくる。装備を付けたままだから痛みはないけど、危険予知のために対衝撃の効力は若干弱めてあるからそれなりに激しさは伝わってきていた。


「それなのに何の応答もないし! 何考えてんだよお前! 約束しただろ。なのに、お前が帰ってこなかったら何の意味もないじゃないか!」


「うん。……心配させてごめん、ノール」


 ノールが濡れるのも厭わずに抱きしめ返す。


 感情がない交ぜになったのか少し涙を浮かべたようなノールと眼があって、おれも冷静になろうとしていた理性が消えかかる。


 放っておかれたら、その場で事が起きていただろうそこに。



「あー。あのなお二人さんお取り込み中悪いけどよ」



 冷静かつ呆れた操縦士の声がして、おれたちは現実に戻された。


「!」


「お前ら二人で何するにしても、続きはそこじゃなくて街へ戻ってからやってくれねえかな。――手続きの話があるから、ヴァルターはさっさと着替えてこい。ノール、お前は少し落ち着け。それ以上騒がれたら今度は船の酸素まで足りなくなりそうだ」


「……あっ、ハイ」

「スミマセン……」



 船が街に戻り、おれたちはその足で組合へ手続きに向かった。

 鉱脈の採掘権をおれたちの名義にするためだ。


 手続きに必要な書類一式は潜水船の中で揃えてもらい、すでに組合には届けてあったから、戻ってやることは直筆でサインをするくらいの手続きでしかない。


 新たな鉱脈が拓かれたとき、近場で採掘が進んでいたりすると揉め事が起きる場合が稀にある。そのためにきっちり区域を分けて、隣り合う採掘場所の持ち主たちと確認作業をして……と色々別の手続きもあったりするんだけど、おれたちの探り当てた鉱脈は誰も手を付けていない区域のものだったから手続きはさらにすんなりと進んだ。


「何度も潜れないと決められた中だったのに、一発でそれを掘り当てたって? 運の良い奴らだね」

 手続きを済ませたとき、組合の担当者は笑って言った。


「ほい。これで今からこの区域の鉱脈の採掘権はお前たちチームの名義になった。他の採掘師はお前達の許可無く手を出せないし、勝手を働くようなやつが出たらこちらでとっちめるから安心しな。――おめでとう、二人とも。今後とも、ムーサの人魚の名に恥じぬ働きをしてくれよ」


 証明書。なんて書かれた、惑星ムーサのホログラムが浮かび、鉱脈のポイントとおれたちの名前が記されたものを手渡された。もちろん同じ物が端末にもデータとして送られている。何かあったとき、効力を持つのはどちらかというとより多くの情報が詰まったデータ側の方だ。

 だから、ここにあるのは言ってしまえば紙切れ一枚。それでも。


「形あるものが手元にあればそれだけで気分が浮つくって、人間、単純なもんだね」


 おれがそう言えば、ノールもまた、そうだなぁと笑っていた。


「……ところでさ、ノール」

「なに……」


「おれ、なんか、今気分が高まってて……。あの、抱き上げてもイイ?」

「は? わっ……! ちょっと! まっ……ヴァル!」


 有無を言わさず抱き上げてぐるりと一周。端から見ればただ浮かれているだけのおれの姿に、周囲にいた人達はみんな笑っていたと思う。調子に乗るなよとか、まあわかるよとか、そんな言葉を遠くで聞いた気がする。


 でも、その時聞きたかったのは他人のそんな音ではなくて。


 ノールを降ろしてそのまま抱き寄せると、耳元に囁いた。


「おれの装備を作ってくれたのが貴方で良かった。……ありがとノール。貴方と出会えて、おれは本当に運が良かったと思ってる」


 背中に回った腕が数度、軽くおれの肩を叩く。


「……うん。それは、俺も」


 掠れた声で返ってきたその一言だけ。その瞬間は、それで充分だった。

 


 言うまでもなく。その日、おれたちは浮かれた気持ちのまま勢いづいて夜を越え、そして共に朝を迎えた。


 興奮と高揚と、一気に訪れた幸運と幸福に、溺れてしまいそうな夜だった。

 思えばあの頃が、おれたちが何の不安も持たず一番幸せな時を過ごせた時間だったかも知れない。


 

 幸福な時間なんて、人が思っているより長く続かないモノだから。


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