三十三話
結局退院は、その翌日だった。
死んだはずなのに、今の僕の体は満足な状態だったらしい。
実際にも動きに支障はない、だからこそこうして退院が許されたのだろう。
「ほら、立ちなさいよ。まだ戦えるでしょ? 地下での身体強化は私を超えていたわ、ならまだまだ戦えるはず」
「勘弁してください……、いや本当に」
訓練という名の日常は続いている、ただ訓練は少し以上にキツくなった。
苦労している、と言えば苦労しているのだろう。
地下で発揮した身体強化の倍率、ソレを訓練でも求められている。
確かに地下で発揮していた身体強化はいつもの倍率でなかったのは事実だ、だけどソレを平常的に扱うことはできない。
「おかしいわねぇ……、確かに身体強化を相当な倍率で使用してたはずなのだけど……」
理由は察せる、おそらくは異常な再生速度やあの少年の僕と関係があるのだろう。
少年の僕、彼と話した場所を彼は僕の内心と定義していたが……。
いや、おそらくそれだけじゃない。
僕の異常な再生能力や、『
きっと、おそらくは。
「にしてもあんたにサブのスキルヴィング保持許可が与えられたのは驚きだわ、まぁあの銃のスキルヴィングが変形したのが原因とはいえ。特例処理も、特例処理よ?」
「ですね、ハハハハ」
変化はそれだけではない、僕のスキルヴィングである『
元々大きなマグナムだったが、その大きさが比べ物にならないほど変化している。
全長28センチ、口径は11mm、最大血液容量がおよそ3リットルなどなど。
もはや人類では扱えない、怪物用の銃へと変貌したらしい。
さらに言えばこのスキルヴィングに付属する能力も若干変化しているらしく、能力名称が『
こんな変化は稀にあるらしいが、特に今回の変化はあまりにも大きいため調査のために国際特務対魔徒機関の本部へと輸送されてしまった。
その代わりに用意された武装が近接武器である『
特殊能力がないものの、今まで対策がなかった近接戦闘ができるからこそ『
「なかなかにクセの強い武装よ、ほら訓練しなさい!!」
「わ、もう少し勘弁してくれませんか……?」
「できることしか要求してないわ、だから安心して努力しなさい」
「うへぇ……」
伊勢さんがスキルヴィングにより槍の一撃を放つ、僕はスキルヴィングでその攻撃を受け止め体を捻った。
同時に、変形させる。
スキルヴィングに血液が滾り、一瞬にして鈍銀色の鎌が赤黒くなる。
その一撃を巧みに操り、伊勢さんに迫らせるが届くことはない。
回避された、空を切った鎌はそのまま僕に当たり痛みを与える。
まだまだ使いこなすのには時間が必要となりそうだ、本当に。
===
訓練が終わった、廊下の先では小鳥遊さんと古見路さんが歩いている。
仕事の話らしい、深く話し込んでいる様子に迷惑をかけないように遠回りして帰ろうかと考える。
だが、そんな考えを見透かしたのか。
ソレともクラートとして気づき上げた直感が働いたのか、軽く10メートルはある通路の先から僕に声をかけてきた。
「く、訓練終わりですか……?」
「はい、今から部屋に戻ってしまおうかと思ってたんで……」
「そ、ソレなら一緒にお風呂に向かいませんか? ここの大浴場は結構気持ちいいんですよ……?」
「小鳥遊上官、貴方でなければできない仕事が溜まっています。療養期間は可能な限り減らしていましたがこれ以上は難しい、処理をお願いします」
小鳥遊さんがうぅ……、と項垂れ古見路さんは僕に厳しい視線を向ける。
僕は逃げるように、軽く会釈をすると部屋へと向かった。
何故か、そう何故か。
小鳥遊さんからのスキンシップが最近増えた、ちょっと怖い。
元々積極的に関わってくれていたことは関わっていてくれてたのだが、最近は度を過ぎている。
食事や訓練の頻度が増え、こうしてお風呂に誘うこともある。
年齢差からも過保護な姉のような態度になり出した、という感じだろう。
とはいえ、古見路さんんがその行動をやんわり……。
やんわりではないかもしれないが、制してくれているので今のところ僕は少なくとも。
少なくとも、同じお風呂に入ったりはしていない。
ただ、ただ願うべくは僕に手料理を食べさせないでほしい。
ご飯は非常に美味しいのだが、古見路さんと伊勢さんの視線が非常に厳しいのだ。
というか、抓られるし訓練の難易度が非常に高くなる。
大事に思われるのは嬉しいが、その弊害が色んなところから出てきているのは頂けない。
あと、僕は彼女もいるし。
部屋に向かって歩く、今日も一日頑張ったという達成感に包まれている。
あとはお風呂に入って、寝るだけ。
そんな状況で、一つの嫌な影を見てしまった。
猫山さんだ、猫山 里美。
新ためて生活を送っていると、彼女は一人ぼっちなのがよくわかった。
嗜虐趣味、があるらしい。
それも、割と後天的に発生した。
彼女は『虚なる牧師』によって、同意の上とはいえ半ば無理矢理『
そのスキルヴィングはどうやら使用者の肉体的強度、自然回復速度、関節の増加、肉体の柔軟性の向上などを与える代わりに副作用として獣性の発露を与えるらしい。
獣性、と言えば分かりずらいが簡単に言えば社会性を欠落させ嗜虐性を得るらしい。
最も、個人差も多いらしいが。
猫山さんは、そのスキルヴィングを与えられた結果他者との関わりを持つのが困難になってしまった。
これを彼女自身が解決する問題と断じるか、ソレとも他者が積極的に関わるべき問題とするか。
それは人によって変わるだろう、だが彼女はその嗜虐性に対して苦しんでいるようにみえる。
ほら、今も彼女は廊下の隅で必死に自分の体へ傷をつけている。
一瞬で再生する程度の傷を、何度も何度も。
血液が滴ることはない、傷跡も残らない。
だけど、彼女は苦しみながら自分を傷つけている。
ならば、僕は助けたいと思った。
最も、苦手なのは変わらないが。
部屋へ向かえば、その扉の前で一つの影を見た。
黄金の髪を持ち、隊服ではないはずなのに凍りつくような威圧感を羽織った美女。
生きているはずなのに、死の恐怖を与える死神のような女性。
レイン、レイン・ウェンスター。
彼女は僕の姿を見ると、いつも通りの無表情で近づいてくる。
「遅い、女性を待たせるとは紳士失格だな」
「すいません、けど事前予告無しでは遅れますよ……」
「愚問だ、真の紳士は女性を待たせん」
そう言い放つと、部屋を開けろと指で指し示した。
大人しく、彼女の命令を聞く。
彼女、『美しき御剣』と言われる彼女は地下での僕の様子を何か知っているらしい。
僕が記憶しているのはあの吸血鬼を倒し、首を斬られたかのように見えたあの瞬間まで。
ソレ以降の記憶はない、だがソレ以降に何かあったらしい。
彼女は酷く僕を警戒しており、同時にゲリラ的に検診を行っている。
まぁ、検診といっても僕には目隠しをされているので何もわからないが。
「ふむ、本格的に異常は見当たらないな。流石にこれだけの期間調査をしていれば、どんな上等な吸血鬼といえどボロを出すというのに……」
「実際人間ですし、僕」
「ソレはない、少なくとも唯人ではない」
ソレは、否定できない。
何も口にできず、そのまま検査を受け。
十分程度でその検査も終了した、彼女が僕に服を着るように指示してくる。
僕は大人しく、服を着た。
彼女は不満そうに、スキルヴィングを鞘に収納している。
そしてしばらく考えたのち、彼女は部屋を出て行った。
最も、唯出ていくだけではない。
「仕方あるまい、本国を長期的に開けるのは心配ではあるがこうして貴様を放置もできん。明日から私も日本支部に移転するよう、上に掛け合うか」
そんな、あまりにも意外ながら。
恐怖すら感じる呟きを、僕の耳に残して。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます