二十七話
スキルヴィングに高水準で適合した人間は、次元が変わるほどの実力を発揮する。
その事実を僕は知っていた、なのに関わらずだ。
それでも、目の前で起こっている現実には頭脳が追いつかない。
「突破します、遅れないようにしてください」
いつものオドオドとした雰囲気が消えた小鳥遊さんが、スキルヴィングにより発する身体強化を利用して一歩も止まることなく進んでいる。
コンクリートで形成された壁を破壊しながら、一歩も止まることなく。
普通に考えて、長さ2メートルにも満たない武装で数十メートルを一瞬で掘り抜くことなどできない。
これはこの世界の常識である、だから目の前の光景は恐ろしいほどの非常識なのだ。
小鳥遊さんのスキルヴィング『
そして、小鳥遊さんとの適合率が非常に高いスキルヴィングらしい。
その能力にして効果は、破壊のただ一点。
棍棒状のスキルヴィングから展開されている捻れ回っている赤い力場に触れた場合、双方向に強い負荷が発生し粉砕するらしい。
最も、この話はこの作戦が始まる直前に聞いた内容であり説明も正しいかすらわからないが……。
だが目の前に見える光景は、確かに常識の埒外の結果を出している。
それはあまりにも恐ろしく、だが粉砕し進む姿は確かに美しさを伴う。
「ひらにゃん、戦いにゃよ」
「は、はい」
僕もスキルヴィングに血液を装填し、弾丸を放つ。
一発二発、そして三発。
手に掛かる反動を受け止め、そして力によって抑え込む。
手が痛い、単独で潜った時とは違い如実に反動を感じる。
強化の割合が低いらしい、体が痛みを訴えていく。
だが、無理矢理にでもそれを無視する。
クラートとして、人間として魔徒をこれ以上生かす気はない。
排莢される、血液が変形し再度装填された。
装填された弾丸を撃つ、魔徒の脳髄へ叩き込む。
途端に、腕が軋みを上げた。
限界だ、銃を下げて僕は息を吐く。
スキルヴィングの反動が異様に重く感じる、身体強化の割合が異様に低い。
いや、違う。
強化の割合が、普通に戻ったのか……?
鈍った体を無理矢理動かし、スキルヴィングを使って戦う。
だが、その力は不十分だ。
「にゃ、撃つにゃよ? もう面倒だし全部倒すにゃ」
そう言った瞬間に、猫山さんが動き出した。
下水道内をものすごい速度で動き出す、身のこなしから速度まで。
それはまさに猫そのもの、俊敏なる都市の獣。
薄暗い下水道を爛々と光る双眸で見渡し、見敵必殺とばかりに爪を振るう。
また彼女のスキルヴィングは肉体と一体化している特殊型、血液の補充の手軽さは僕や小鳥遊さんのスキルヴィングに大きく勝る。
例えるのならばネズミを狩る猫のように、圧倒的な速度と能力で切り裂いていった。
だが、やはり現れる魔徒の数は多い。
迫り来る魔徒の数はもはや数百を優に超えただろう、小鳥遊さんのスキルヴィングによって粉砕されている分を考えてもだ。
僕は血液を温存する、僕は自分の再生能力を買い被っていないしそれ以上に吸血鬼との戦闘になればもっと大量の魔徒がやってくるだろう。
その時に戦えないというのは、あり得ない。
そう考えつつも、少し緊張の糸が緩んでいる時だった。
その怪物が、現れたのは。
「現れましたね? 中型魔徒ッ!!」
僕が銃を向けるより早く、小鳥遊さんがスキルヴィングを振るう。
回転する力場、破壊に特化したソレは膨大無比な破壊力を伴い接触する。
いや、接触に至らない。
回避した、魔徒が回避しそのスキルヴィングを。
その力場を回避したのだ!!
狭い通路、暗い下水道の中。
破壊に特化したスキルヴィングであるソレは、当然の如く破壊範囲も巨大だ。
閉所、ソレも狭い下水道での回避は難しいだろう。
なのに関わらず、その魔徒は致命の一撃を回避した。
敵ながら、その動きは俊敏無比であり神業と称することしかできない。
「やめにゃ〜」
銃を構えた僕に対して猫山さんが言う、何故と問おうとした瞬間に理由が判明した。
回避が完了した魔徒が、突如崩れ落ちたのだ。
何故? そう思い見ていると小鳥遊さんが近づく、そして何かを引き抜いた。
ナイフ、正確に言えばナイフ状のスキルヴィング。
ソレを小鳥遊さんは引き抜き、死体に棍棒を押し当て粉砕した。
そのナイフを僕は事前説明で聞いていた、ただ効果を見るのは初めてだった。
スキルヴィング名、『
その効果は細胞の壊死、ソレも即効性の。
ナイフを軽く袖で拭う、そうすれば周囲に付着していたドロドロに溶解した肉が拭き取られた。
僕は改めて驚愕する、もしくは認識する。
強い、そして強さの質が違う。
なるほど、ネームドと言われる理由もわかる。
大型の、両手で扱わねば使いこなせないスキルヴィングで迫った上でナイフ型のスキルヴィングを投擲したのだ。
僕すら気づかない速度で、鮮やかに。
「目標地点まで50メートルもありません、一気に突破しますよ」
「了解ですッ!!」
「了解にゃ〜」
そう返事した直後に小鳥遊さんのスキルヴィングが光だ……、す……?
え、ちょっと待って? 今のって心意気とかじゃなく本気で?
本気で50メートルをスキルヴィングの一撃で抉り抜くの? マジ?
青い顔で後ろに控えていると、光と若干気の抜けた掛け声。
一瞬遅れに届く轟音によって穴が空いた、ついでに血液の後や水が溜まり出しているのも見える。
その空間を、まるで燕の如くに駆け抜けていく小鳥遊さん。
背後にピタリと猫山さんが付随している、残像が見えそうな速度だ。
僕も必死に走るが追いつけない、ソレどころか駆けつけた魔徒に追いつかれる始末だ。
突破する術がない、勝てない訳ではないだろうけども。
弱気を告げる心、ソレを無視するように僕はスキルヴィングを握りしめた。
全身が燃えるように熱くなった気がする、意識が一瞬で変化していく。
殺せ、そう言うように全身が燃え上がった。
発見した敵に対して、僕は引き金を引く。
「『
僕は狩人、血に塗れた血を踏む狩人。
目の前の人型の獣を刈り尽くす、
心の底で告げる声が、僕の全身から聞こえる声が。
僕を急かす、僕の声が。
僕の役割を、叫び紐解く。
劣勢だ、劣勢のはずなのにそんな気がしない。
スキルヴィングの血液が、スキルヴィングの声が聞こえるような気がする。
戦え、戦える、殺し尽くせると。
吸血鬼との戦いは任せよう、僕が向かっても無駄だろうから。
だけど、ここでの戦いは僕の戦いだ。
だからこそ、僕が果たすことにする。
「ごめん、だけどここから先は一方通行なんだ。無様に愚かしく、全てを蹂躙させて貰う」
強気な発言に、僕自身が少し驚いた。
一瞬して、その発言が当然だとも思う。
謎の自信が湧き上がった、そしてその自信を補強するような殺意が。
銃を構える、照準は合う。
狙いを定めて、僕は発砲を開始した。
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