二話

 目が覚める、空を見上げる。

 そこには、僕の知らない天井があった。

 ありきたりな表現だけど、確かにそこには僕の知らない天井があった。


「ここ、は?」


 ありきたりな言葉、ありきたりな表現。

 それでも僕が口にしたのは、此処はどこかという疑問だった。


 虚空に消えるはずの問いかけ、誰も聞いていないはずの言葉。

 だけど、その言葉は確かに誰かに聞かれていたようで。

 求めていなかった返事が、返される。


「ここは対魔徒決戦部隊クラート日本第三支部、つまり人類を守る砦だにゃん」


 にゃん? と言う疑問と共に、声が聞こえた扉の方へと顔を向ける。

 そこには、猫耳を付けたコスプレ美少女が立っていた。


 服は何らかの制服らしい、隊員証らしきものが胸にクリップで取り付けられている。

 髪の毛は緑、ショートの髪は彼女の小さいが可愛らしい顔を丸見えにしておりうなじから背中にかけてのラインはまるで猫さながらにウェーブを描いている。

 肉体は全体的に痩せ気味、だがそれは制服の上からの印象であり露出している腕や足を見れば贅肉の一つなく引き締まっている。

 スカートは彼女の臀部を明瞭に示し、太ももの大きさを露わにした。

 ちらりと覗き見える股下、だが絶対領域は当然の如く秘匿されておりそれがまた一層フェチズムを擽ぐる。

 また両手には猫の肉球を模したような爪が装備されており、体を巧みに動かしニャンと決めポーズを取っていた。


 統括すると、あり得ないぐらいに可愛い。


 にゃーにゃーにゃーと、そう甘えるような声を出しながらゴロゴロと喉を鳴らし近づいてくる彼女に狼狽えてしまう。

 彼女の視線は獲物を狙う目線だ、僕の懐に飛び込まんと虎視眈々に睨みつける彼女。

 僕は体の節々からくる痛みでベットから動けない、まさしく万事休すかと思えばその扉の奥からもう一人の女性がハリセンを持って現れた。


「この、アホ猫ー!!!」


 パシィン、小気味いい音と共に超高速で振り下ろされたハリセン。

 猫な彼女は頭にタンコブを作り、地面で転げ回っている。

 そのまま現れた彼女は、猫な女性の首根っこを掴むと軽々持ち上げ。

 小がらながら豊満な胸を張って、状況説明を始めた。


「改めまして、ここへようこそ。特務機関『対魔徒決戦部隊クラート』へ!! 最初に言っとくけど、あんたは強制的にこの部隊に参入させられるわ。拒否権はない、むしろ光栄に思いなさい!! 祖国を守る礎となれるのだから」

「ちょ、ちょっと待って!? どう言う事? 僕は、僕が対魔徒決戦部隊クラートに参加できるの!?」


 赤混じりのブロンド色、その色の長髪を軽く掻き上げ僕を見下すように笑う彼女。

 勝気な笑みを浮かべ、胸を張っている。

 腰に手を当て、彫りが深い顔を見せる彼女の姿はやはりコスプレ猫と同じようにひどく美しい。

 一種の芸術品、完成された清美の究極。

 燃え上がるような赤、炎を思わせる熱。

 可憐ではない、力強さを伴った自信気なその姿は確かに美少女に違いない。


「何を言ってるの? 当たり前でしょ、あんたバカなの? 対魔徒決戦部隊クラートに所属する条件っていうのは『血啜の武装スキルヴィング』を扱えることよ。あんたはあの遊園地で魔徒を殺害するためにその『血啜の武装スキルヴィング』を使用したわ。もうその時点であんたに拒否権はない、あんたは私たちと同じように異界から襲いかかる化け物を倒す他ないのよ」


 初めて聞いた、そんなことは。

 というより、今まで聞いた話なら対魔徒決戦部隊クラートに所属できるのは女性であるということだけ。

 詳しい事情など、本当に今初めて聞いたぐらいだ。


 僕は少し驚きながら、彼女の言葉を聞く。

 常識を僕は知っているつもりだった、だけどその常識はここには存在しないらしい。

 だから、僕は彼女の話を聞いて常識を知るべきなのだ。


「スキルヴィング? それは……、あの銃みたいな……」

「銃だけじゃないにゃー、たとえばこのミーのキャットな部分も全部『血啜の武装スキルヴィング』にゃー」

「ふん、私はコレね。どう? 強そうでしょ?」


 猫少女が肉球を模したソレを舐めつつ、強気少女は薙刀を取り出す。

 おそらく、その武器もアクセサリー状にされていたのだろう。

 なんとなく現象に理解を示しながら、僕が使っていた彼女の武器がどこにあるのか周囲を見渡す。


「あんたの武器をここに置いてるわけないじゃない、バカ。今は調整中、後で技術部に取りに行くことね」

「にゃー、本来アクセス権限を持っていない人間が使ったというだけで大問題なのにゃー。慢性的な戦力不足だから許されてるにゃけど、普通は許されにゃいからにゃー!!」

「それは、うん……。って、そうじゃない!! 今そんな話をしている場合じゃ!!」

「落ち着きなさいバカ、バカは黙って話を聞けばいいのよ。けど、なんの事情説明もないのも可哀想ね。あの女の子は無事よ、だけど意識不明の重体。あんたにできることなんて何にもないんだから大人しく私たちの言うことを聞いてればいいわけよ」


 刺々しい言葉に、だけど少しだけ安堵する。

 一命は取り留めたらしい、彼女は嘘を言っていないだろう。

 だから僕は安堵し、また新しい人の声が聞こえて僕は驚いた。


 新しい人が現れた、彼女は丸メガネをした地味な人だ。

 三つ編みのお下げをぶら下げて、小豆色の地味な髪色で息を潜めて弱々しげに強気少女に声をかけている。

 地味、とはいえども彼女もとても綺麗だ。

 この二人のような、小悪魔系の可愛さを秘めている猫少女や嵐のような強さを秘めた強気少女とは方向性が違うが確かに美女である。

 文学的に喩えれば、彼女は深緑の森の奥底で小鳥の囀りと共に本の項を捲る。

 端的に示せば、文学少女と言えばいいだろうか。

 その姿は他二人の奇抜さと比較したときに、最も僕に安堵を与えていた。


 彼女が他二人に対して軽く怒り、心配そうに僕の方へと向かってくる。

 体型は、何がとは言わないが実に豊満である。

 どうでも良いことではあるが、その大きさを例えるのならやはりメロンだろうか?

 ダボっとした制服を着こなし、突き出ている胸には隊員証の他に二つほどワッペンも見えた。

 いや、ワッペンではない。

 それは勲章だろう、幾つかの僕には分からない勲章が胸部につけられていた。


「だ、大丈夫ですか? あの二人は問題児なので……。すみません、私が手綱を握って居ないばかりに……」


 謝罪にとんでも無いと首を振る、僕はこうして助けてもらっている立場だ。

 軽く頭を下げ、彼女の謝罪を否定した。


 そうすると彼女は僕に再度謝り、そのまま二人の美少女を追い出した。

 再度静けさが満ちる部屋の中、カチャリと鍵を閉める音が聞こえる。

 そして僕の方へと振り向きなおし、彼女は僕にこう告げた。


「改めてようこそ、ここは国際特務対魔徒機関の日本第三支部。我々は『対魔徒決戦部隊クラート』、貴方の生還を祝福し貴方の入隊を望みます。どうか、私たちと共にこの日本を。そして、安寧の生活を送る人々を救いませんか?」


 福音、初めて僕が生きているのに理由が与えられた気がした。

 今まで何かを為す事がなかった、今まで何かを為す事ができなかった僕の人生に初めて明確な意味が与えられた気がしたのだ。

 それが、嬉しかった。

 

 生きていいと、生きる事が許されたかのような思いを抱いた。

 ただの無味無臭の人生に、殺伐的とはいえ色づいた気がする。

 生きていいと、肯定された。

 誰かに、僕は肯定された気がする。


 そう思わなければ、僕は僕の惨めさで押しつぶされそうだった。

 彼女一人すら救えない、そんな僕の惨めさで僕は押し潰されそうだ。

 だから、最初から答えは決まっていた。


「やらせてください、僕にできる事があるのなら」


 地味な、だけど可憐な彼女は僕に優しく微笑み掛けた。

 それは天使の笑みのようで、僕は彼女の思いに応えられた事がこれ以上なく嬉しかった。

 たとえその思いに応えた先が、鉄の茨によって阻まれた砕けたガラスの道であっても。

 その茨の道を知らず、迷える子羊のように踏み出した一歩であっても。


 僕は確かに、一歩を踏み出す勇気を得た。

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