交錯

 夕方。

 都市リベリオ、中央スタジアム。


 クラン対抗ランク戦の開会式が行われるため、今日は地下含め一切の興行はない。代わりに前回王者――この場合は“イミテレオ”――によるエキシビションマッチが催される。その後選手宣誓、円卓評議会のありがたいお話、運営によるスケジュールや対戦表の発表……と、徐々に事務的な話題に持っていく流れだ。



「レィル、どこ行ったんだろうね?」


 ジュラ、ギソード、ユイは揃って入場。入り口でパンフレットを一冊ずつ手渡された。


「オレたちも今朝から見てないんだよな。どこかで話し合いでもしてくれてんだろうけど」

「しばらくレィルを見ないときは大体そうだな」


 ジュラとレィルの付き合いは二ヶ月ほどとなる。彼女は責任感が強いのか、クラン運営の一切をその痩躯でこなしている。一同、頭が下がる思いで空いているベンチに腰を下ろした。


「ん、エキシビション二回やんだな」

 恒例では一回である。


「いまの“イミテレオ”のツートップはトリア・トリアとノーマ・ルフツの二人だ。例年通りならこの二人だけなんだが……三位にオズマがいる。そのせいだろう」

「へぇ、贔屓かよ」

「普通にオズマが人気なだけだ」

「イケメンさんだもんね」


 会場の特に女性層から、オズマがエキシビションをやるということで悲鳴が上がっているのが聞こえる。実力ではトリアやノーマに及ばないものの、これだけの人気アクターを遊ばせておくのは興行の理念に反するだろう。


「……そういや、トリアとかノーマの試合、オレ見たことねぇんだよな」

「資料映像はあっただろう」

「生で観たことねぇんだよ」

「あぁ。それなら俺も、“イミテレオ”のノーマという男の試合は資料でも見ていないな……。一部のトップアクターは、ランク戦の調整のためにずっと身内で訓練をしている。そのせいだろう」


「でもジュラは普通の出てただろ」

「それぞれだ。興行に出たかったり、実戦で力を高めようとしていたり。オズマもそうだっただろう」


「そう考えると、それで三位ってすごいんだな、アイツ」

「オズマさんって強いの?」

「強いよ」

「ペチャパイスキーより?」

「次やったらわからないくらいには強い」



◆◆◆



 クラン“イミテレオ”、エキシビションマッチ参加者待合室。


 雰囲気はとても悪い。


「でぇすから、テキトーにやりゃいいじゃないですか」


 特徴らしい特徴がないことが特徴とも言える黒髪のアクター、ノーマ・ルフツが、有り合わせのパイプ椅子にふんぞり返って、気怠げに手を振った。


「そういう態度は良くないぞ、ノーマ!」

 これから大勢の観客の前で、今回のランク戦を代表するアクターとして舞台に立つ者とは思えないノーマの様子に、オズマは怒りを露わにした。


「うるっさいよ、三位のクセに。親父さんの七光りめ」

「っ……ナゾラはいま関係ないだろう!」

「あるね。“イミテレオ”はアンタの親父さんのクランだろ? アンタの一声で、おれみたいな雇われアクターなんかどうとでもなるんだ。今回のエキシだってどうせ、なぁ?」

「貴様!」

 ノーマが手荷物から酒瓶を取り出したのを見て、オズマはすかさずそれをはたき落とす。


「……なにすんだよ」

「なにをしようとしていた」

「ガキが甘ったるいこと言ってっから、それを肴に一杯やろうと思っただけだよ。あーあ、もったいねぇ。オイ四位、片付けとけ!」


 耐水服に付いた水滴を払いながら立ち上がり、ノーマは酒の水溜まりに唾を吐きかけて、部屋の端の男に命じた。


「……」

 “イミテレオ”四位、レイド・ミラーは押し黙ったまま掃除を始める。


「そこまでにしとけ、ノーマ。オズマもそう熱くなるな。レイド、いい。スタッフに任せて、お前はいつも通り集中していろ」

「チッ」

「しかし、トリアさん!」


 場を制したのは“イミテレオ”トップであるトリア・トリアだ。整髪料で撫で付けたオールバックの金髪が獅子を思わせる大男は、一堂を睨みつける。


「しつこい。成り上がりだろうと七光りだろうと、実力が全てだ。オレに従え」

「っ……」

「実力、ねぇ。ジュラ・アイオライトとアンタ、どっちが強ぇんだよ。アァ?」


 なおも詰め寄るノーマ。トリアは毅然とした態度を崩さない。


「アイツはここにいない。オレはここにいる。そういうことだ」

「よく言うよ……おっと、これ以上はいけないいけない。時間だ、おれは行ってるぜ」



◆◆◆



 スタジアム内、会議室。


「どうぞ、クアンタム様」

 数人の黒服に案内されるまま、レィルは円卓評議会が集うこの部屋に訪れた。


「……なんの用だ」

 トップクラン“イミテレオ”のオーナー、ナゾラ・イミテが顔を顰める。


 今日のレィルは薄桃色で縦長のシルエットのドレスに黒レースのボレロ、左手に宝石の嵌まったブレスレットという出立ちだ。ドレスコードという意味でも、クランオーナーという身分からも、無碍に追い払うことはできない。


「なんの用だと思いますか?」

 その言葉の端に滲んだ敵意を察知し、黒服三人がレィルを囲んだ。


「邪魔ですよ」

「っ⁉︎」

 男たちを、一本の光芒の鎖が雁字搦めに縛り上げた。同時、会議室の豪奢な装飾や円卓が姿を消した。


「――なるほど。よく毎回こんなの用意してるなって思ってましたけど、黒服さんのうち誰かの術式でしたか。あとは……へぇ、要人の転送に使える術式ものと、仲間との連絡に使える術式もの。ラッキー、ですね」

「キサマ、なにを!」

 末席の若い男が立ち上がるも、彼もまた鎖で拘束されてしまった。


「……!」

 彼だけではない。円卓評議会のメンバーのうち、ナゾラ以外全員がその鎖に囚われている。彼らは一様に意識を失い、力無く項垂れる。


「な、なにを……」

 ナゾラはこれまで“イミテレオ”のオーナーとして、数多のアクターを見てきた。その多岐に渡る術式も同様にだ。


 そのナゾラをして、レィルの術式は規格外としか言えない。


 黒服たちは意識こそあるものの、その役を成していないことから、術式を封じられたと見ていいだろう。自分以外のオーナーたちはどうだ……気を失っているだけか? 血色、呼吸ともに異常は認められない……。


「《拘束令状レディ・タキオン》。に限り、十種を自在に操ることができます」


 目を凝らすと、右手の小指と薬指、左手の小指が強い魔力を帯びているのが見えた。ハッタリではないだろう。


「なにが目的だ」

「ジュラ・アイオライト」

「――!」

「八ヶ月前、突如失踪した“イミテレオ”の……都市リベリオのトップアクター。彼の身に起きた事件の真実を、今日この開会式の場で発表してください」

「な、なにを……」


 汗を拭おうとしたナゾラのハンカチを、どこからともなく伸びてきた鎖が撃ち落とす。


「いえ、ね。わたしも、ちゃんと正々堂々やりたかったんです。でも、見ましたか? これ、これですよ」


 レィルはパンフレットを開き、ナゾラに見せつける。


「トリア・トリアと……ノーマ・ルフツ? でしたっけ? 顔が同じなので多分そうでしょう……。この二人は、ジュラ・アイオライト殺害未遂の主犯ですよね? もう、コイツらが平然と舞台に上がるのが、たまらなくて、たまらなくて……わかってくれますよね、黒服さん?」


「……ジュラ・アイオライトが……?」

 三人のうちのリーダーであろう黒服が、代表して受け応える。


「えぇ。これは襲撃ではなく、弾劾です。糾弾です。……、伝令術式のあなた、どうぞ」

 レィルが指を弾くと、黒服の一人が解放された。


「運営関係者に連絡を。我々“クアンタヌ”が取り決めていた“イミテレオ”とのレギュレーション:デッドエンドを、今回のエキシビションとして行います」

「バカな! アクターのコンディションも整っていない状態で、そんなことできるか!」


 ナゾラの言い分は正しい。が、レィルはそれを一笑に伏す。


「なら、観客のボルテージを上げます。それに応えられないアクターはいないでしょう」

「……!」

「全てをお話しします。放送席への案内をお願いしても?」

「はい、喜んで……!」


「ナゾラ・イミテ。命の保証はします、着いてきなさい」

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