第2話「ピンク女と間抜けな先輩」
特務科高校の正門のサイズは高等学校のそれとしては標準的である。
軍用車両の出入りを行う車両用出入口が別に設けられているため、生徒の通用口としては十分なサイズなのだ。その代わり一般的な学校と比較して大きく違うところと言えば、正門に設けられた入場ゲートだろう。
私立の名門とかであれば当然のように存在するらしい入り口の守衛所はもちろん存在し、軍人が睨みをきかせているわけなのだが、それに加えてセキュリティーゲートと呼ばれる機械式ゲートが八つ横並びで待ち構える徹底ぶりだ。
ステンレス製の簡素なボディーに強化ガラス製のゲートが設けられていて、生徒の持つ生徒手帳に反応して開閉する仕組みになっている。
特務科生の入退場をすべて記録する優れものだ。
俺は、守衛所にいる軍人を一瞥してから、おそらく新入生であろう同輩たちの流れに乗りゲートへ入った。
制服ポケット内から取り出した生徒手帳をかざすと、内蔵される認証チップを読み取ったゲートがボディー上部にある小さなLEDを青く点灯させ開かれる。
俺は同じく正門をくぐっていく新入生等と共に特務科高校の敷地内に足を踏み入れた。
生徒手帳や制服の配布など含む事前説明等で何度かここを訪れたが、なかなかこの広大な敷地の全容を把握するのは難しい。
とはいえ、入学式が行われる場所くらいは把握しているんだが、念には念をともいうからな。
俺は、手に持った生徒手帳の画面を点灯させた。
特務科高校の生徒手帳は三インチ程度の液晶がついた薄く四角い携帯用機械だ。
指輪型端末が普及するより昔に多く流通していたらしいタブレット端末の超小型版と言った方が分かりやすいだろうか。
俺は、生徒手帳内の地図機能を起動させ、それを片手に歩いていく。
「……ん?」
かすかだが、女性の悲鳴のようなものが聞こえた気がした。
入学式が行われるのは総合多目的体育館と呼ばれる施設で、いわゆる一般的な高校の体育館を二倍ほどにしたような施設だが、悲鳴が聞こえた方向は真逆だ。
まあ、いかんせん特務科高校の施設の中で体育館は決して大きい方ではないから道に迷ったのかもしれない。
俺の目の前に立つドーム状の巨大体育館のような見た目の建物のせいで、体育館が遠くからだと見えないのも原因だろう。
確か、反対方向にある建物も巨大施設だったはずだ。
道を間違えて、そのうえ何か事件にでも巻き込まれたか? いや、でも、特務科高校の敷地内だぞ?
「ったく」
俺には関係ない話だし、放置しといても良いんだろうけどな。春花は、俺がそうしたと知ったら悲しむだろう。
「ちっ……仕方ねぇな」
俺は小走りで体育館とは逆へ向かう。
その先にあるのは、体育館と校舎の外観を足して二で割ったような見た目の巨大施設であり、悲鳴が聞こえたのはこの辺だった気がする。
トラブルに巻き込まれているとしたら、目につかないところだろう。とすれば、この裏手が怪しいな。
俺は極力足音を殺しながら裏手に向かって歩いていく。
すると。
「新入生? 良いじゃん、入学式なんて。それより遊びにでも行かね?」
軽薄そうな男の声。ビンゴだ。
「あ、えっと、でも私……」
明らかに困っている声が、角の向こう側から聞こえたため、俺は息を殺しながら覗き込んでみる。
すると、壁際に追いやられた華奢な少女が二人の男子に絡まれていた。
規則の厳しい特務科高校の生徒というだけあって、男たちは髪を染めているわけでもなければ制服を着崩しているわけでもないし、髪型も別段特徴のないもので、一見優良生徒にすら見えるな。
どちらかと言えば、絡まれている気の弱そうな少女のほうが目を惹く髪なくらいだ。
腰まで届きそうなほどの長い髪はもちろんだが、そんなことよりも地毛であるならどこの国の人なんだと聞きたくなるような見事な桜色をしている。
春花には遠く及ばないが、なかなか整った顔に悪くはないプロポーションだな。
ただし、乳房と臀部のサイズはかなり控えめだ。スレンダーモデル好きにはモテるかもしれないが、俺の好みとは少し違うな。
さて、そんなことよりどうするかだ。
会話からも想像できた話だが、制服の襟を見る限り絡んでいる馬鹿どもが二年生であることに加え、多勢に無勢というほどではないにしろ、二対一では分が悪いだろう。
かといって、からめ手を考えるほうが面倒、か。
「おい」
俺はため息を一つはいてから角を出た。
男は二人そろって俺を睨みつけてくる。
「君、新入生かい? 初日で恰好をつけたいのはわかるけど、今なら見逃してあげるよ?」
睨みながらも優し気に話しかけてくるとは、こういうことに慣れてやがるな。
「見逃す? 寝言は寝て言え」
「んだと!」
イライラしちゃってまあ。低能具合がにじみ出てるよ。
「先輩だってんならさ、新入生には優しくしたらどうだ?」
「てめぇ……調子に乗りやがって」
「いや、調子に乗ってんのはあんたらでしょうよ。二年生に進級して、良い気になって新入生をナンパとか、みっともな」
「ふざけやがって!」
男の片方が殴りかかってきた。右腕を大振りで振りかぶってくるので一歩引いて避けると、すぐさま俺は、その男のみぞおちに一発拳を入れてやった。
「かはっ……」
男はそのまま白目をむいて倒れた。
……弱いな。
敷地内での能力の使用は、一部の場所か許可が取れている時以外禁止されているから、当然、使い手としての能力値は大きく関わらない戦いになる。
能力込みであれば俺に勝機があったかは怪しいが、まあ、そんな想定する必要もないよな。
「まだやる?」
俺の問いに、残った一人が悔しそうに歯噛みをしていた。
襲ってこないか。懸命だな。じゃあ、さっさとずらかるか。
「おい、そこのピンク頭」
「……え? 私?」
少女は驚いたように目を見開いているが、お前以外いないだろ。
「今のうちに行くぞ」
「え、あっはい!」
少女が駆け寄ってきたので、用は済んだとばかりに俺は踵を返し歩き始めたのだが、背後から足音が迫ってくる。
「ったく」
懲りないな。
俺は、左足を軸にしながら即座に空いた右足で後方を蹴った。
「ぐふっ!」
そこには先ほどまで歯噛みをしていた男がいて、間抜けにも俺の蹴りをもろにくらい、崩れ落ちてしまっていた。
「身の程知らずが」
俺は再度、体育館に向け歩きだす。そんな俺に半歩遅れてついてくる少女が一人。
「あの、ありがとう」
ほかに馬鹿な野郎がいないかが不安なのか、きょろきょろとあたりを見回す少女の瞳は薄い赤色で、白い透明感のある肌と相まって浮いているのは間違いない。
ただ、入学してきたってことは日本国籍ではあるんだろうな。
「えっと……私、
「ああ」
面倒くさいが、このまま体育館まで行くしかないだろう。
放置して、また何かトラブルに巻き込まれたんじゃ、わざわざ助けた意味がなくなるからな。
俺は、ため息を吐くと、沢渡を連れだって体育館に向かうのだった。
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