第5話 ようこそ、勇者様! その3

 戦場を、沈黙が支配していた。


 つい数秒前まで空を彩っていた攻撃も、下級の頭の悪い魔物たちが私達をあざ笑う声も、死を目前にして泣き崩れる人の声も、何もかも。


 何が起きたのかわからず、殆どの者が言葉を失い、ただ、おそらくコレを成したであろうボクを凝視していた。


「なっ!」


 ボクを除いて最も早く再起動したのは、女の魔将。

 消え去った攻撃とボクに近づきすぎて半分になった数十体の魔物達を見て、驚愕の声を上げる。

 男の方は魔法が消えた瞬間に目を見張り、こちらに物凄い笑顔を向けている。


「…何をしたのです!あれほどの飽和攻撃を防げる結界など、聞いたことが…「防御魔法ではないな。あれは。」…では、なんだというのですか。」


「あれはただ身体強化をかけて、あの剣で全部切っただけだろう。お前まで見えなかったのか?勇者の剣が鞭のようにしなり、攻撃を掻き消したのを。おそらくあの剣には魔力を霧散させるか、吸収する効果があるのだろうな。まさに勇者が持つ剣に相応しい。」


 高揚した顔でいつぞや俺に『ウラ』の二つ名をつけた者が言っていた、「ぶっ壊れ」と言うやつだ、と笑う男。


 …割と本気で振ったのに男の方には防御方法どころか剣のカラクリまでバレてしまっているし、あれを見切れる観察眼があるのなら、多分弱点もバレてる。

 攻撃を消したときも大して動揺していなかったし、奴の戦闘能力は頭一つ抜けているよね。


 恐らく、奴と一緒にこの数の魔物ともう一人の魔将を相手にした時、ここに居る人達を守る余裕は無い。


 なかなか難しいけれど、奴が動く前にこの軍勢を半分は片付けて王女様達を逃がせる状態にしなければ彼女達は守れないだろう。

 包囲を抜けて守る方向が限定される撤退戦になればもしかしたら全員生き延びることができるかもしれない。


 そうと決まれば、やるなら早めに限るね!

 とりあえず、魔将二人の反対方向かな…

 林の無い方に大穴を開けないと。


 そう思った僕が魔力を込めた瞬間。


「…ふむ。撤退するぞ。」


 唐突に、男が言い放った。


「は?何を言っているのですか!まさか、一対一をしたいからって逃がすつもりじゃないですよね!?」


「……まさか、そんなわけ無いだろう。このあと、例の作戦があるのだろう。その前に魔物を使い潰す暇はあるのか?勇者と羽虫を殺そうとすれば、魔物はおろか、我等とて無事で済む保証は無いぞ?策謀好きのお前ならわかるだろう。」


「顔を背けながら言わないで下さい。ですがまぁ、あなたの言い分もわかります。次の作戦に魔物は大量に必要ですからね。無駄に消費してはいられませんか。」


「そういうことだ。さっさと戻るぞ。」


「はぁ。仕方ありませんね。」


 ボク達をそっちのけでそんな会話をすると、女の後ろに巨大な穴が開いた。

 夜よりも深い黒で、何も見通せず不安を掻き立てるような穴に、魔物達がぞろぞろと入っていく。


「では、勝負はお預けだ。勇者。次合った時を楽しみにしておくぞ。」


「ボクはもう会いたくないね。キミからは故郷の脳筋と同じ匂いがするよ。」


「はっはっは!振られてしまったか。まあ貴様がどう思っていようといずれ戦うことにはなるだろう。」


「はぁ。とりあえず、さっさと帰ればいいんじゃないかな?お姉さん待ってるよ?」


「そうさせてもらう…と言いたいところだが、貴様だけ技を見せたのでは次が不公平だな。丁度いい、本来の目的を果たすついでに、我も一芸披露してやろう。」


「やばっ!」


 慌てて防御魔法を近くのも巻き込むように張ったけど、奴の振るった拳は魔法をあっさり砕いて、そのまま像とその周りを粉砕した。


「魔法を壊すのは勇者の専売特許では無いのだよ。…これで本来の目的は半分は果たせたな。では、さらばだ。」


 そう言うと、やつは蜃気楼の様に消えていった。

 周囲の魔物もいつの間にか消えていて、もう周囲に気配は感じない。


 …やられたね。すっかり奴らの目的を忘れてたよ。一番手軽に帰れそうな手段が潰れちゃった。


 …でもまぁ、脅威は去ったしとりあえずは一安心かな…帰るのはノアに何とかしてもらおう。

 それより、後ろで呆けている王女様達をどうにかしなきゃ。


「ふぅ。なんとか無事で済んだね。あいつらが撤退してくれてよかったよ。王女様、立てる?」


「えっ、あっ、ハイ!あああっ、ありがとうございますっ!私は大丈夫ですっ!」


 なんか凄いあたふたしてるけど、本当に大丈夫だろうか?


 とりあえず王女様と、その横にいた騎士団長みたいな人を再起動させる。

 騎士団長からは、土下座する勢いで御礼を言われたけど、とりあえずここを離れることを提案したら、渋々そちらの準備に取り掛かってもらえた。


 それから、残った馬車や馬でボクを含めた約半数が王都に先に戻ることになり、その道中で王女様から色々話を聞くことができた。


 曰く、神話の時代に封印された邪神が眠るのがダンジョンで、ダンジョンは邪神のエネルギー吸収、それを魔物という存在に変換して、邪神からエネルギーを奪い続け、復活を阻止しているのだとか。

 もともと魔物は弱く、各国が自領内のダンジョンで魔物を倒し続けていたらしいが、ある時急にほぼ全てのダンジョンから強力な魔物たちが溢れ出し、いくつもの国が滅んでしまったという。

 それ以降、人族は侵攻してくる魔物と闘い続けているのだとか。


 この世界の話を聞いたり、向こうの世界の話をしたりしているうちに王都に着いた。


 なんだかんだ王都まで4日ほどは馬車で走ってきたから、そこそこ遠い位置にあの建物はあったらしい。


 王都につくとすぐ、王城に案内された。

 されたんだけれど、なんだか様子が変だ。

 全員厳しい顔をしているし、廊下を貴族や役人が忙しなく走り回っている。


 王女様が一人役人を捕まえて話を聞くと、なんでもダンジョンの主である魔王が殺され、その座を奪われたと冒険者から情報が入ったらしい。


そのダンジョンは今まで特に侵攻なども起こしていない数少ない非敵対ダンジョンらしく、もしかしたら今後敵に回るかもしれない。


顔色を悪くしながら王女様が魔王の特徴をきくと、その役人はこう答えた。


「黒い軽鎧を着た黒髪の若い男で、風を操りとんでもない魔力で魔王を粉砕したらしい。」


 とんでもない魔力に、黒い髪の黒い鎧…僕と戦っていたノアの格好もそんな感じだったね。

 これは、待ち人来たり、かな?来てはないけど。


 もしかしたら、思ったよりも事態は早く解決するのかもしれない。

 そう期待を抱いたボクは、頭を抱える王女様たちのもとへと歩いていくのだった。







ーーーー

こんにちは。さざなみです。

 勇者パート、こんなに長く書くつもり無かったんですけど、気がついたら3話になってました。

次回からはノア側に戻ります。

 評価してくださるとモチベにつながりますのでよろしくお願いします。

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