第54話『ダークスの黄昏のレクイエム』

 ホルサリムに届いたシリアスとマリーナの使いツバメが舞い降りると、その足には血に染まった文が記されていた。アムはその文を険しい表情で読み始めた。


 ”大平原では、トリスタン・ヴァルダー率いる『黄金騎士団』を撤退てったいに追い込んだ”


 ”マルサネス川ではレオ率いるヴァルガーデンの船を撃沈げきちんこれまた撤退に追い込みました”


 二つの勝利報告を受けった『モルデール連合軍』の盟主めいしゅアムは、今し方、ホルサリムを解放したところだ。


 アムは、ホルサリムの治安を守るため、『モルデール騎士団』団長のアックスの協力の元アリを代表に町に半分の兵を残して、景男とアリステロ、サンチョと15人の騎士を引き連れヴァルガーデン王都を目指した。



 ヴァルガーデン王宮では、すべての兵が出払った玉座で、ダークス卿が次々、敗戦の報せが届き、イライラと貧乏ゆすりしながらあぶらぎった肉にフォークをぶっ刺し口に詰め込むが味など到底とうてい感じることができなかった。彼の心は乱れここ数日で、白髪は増え、髪は乱れ、目元は落ちくぼみ、何日もまともに眠れていないのだろう黒いくまをつくり日増しに重なるは敗戦の報せは心をむしば憔悴しょうすいしどこにも逃げ場がないのだ。



 少し前まで、金色・緑・オレンジ・紫のトリスタン率いる『黄金騎士団』、レオン率いる赤の『赤狼騎士団』、セリーヌ青の『青空騎士団』、アレン率いる白の『白鷹騎士団』、ブラック率いる『漆黒騎士団』、シリアス筆記入る『幻影騎士団』と9つの騎士団を誇り周辺諸国を圧倒する戦力を有する大国ヴァルガーデンが今や一つの騎士団もまともに残っていない。


 ダークスは玉座で、侵略者として横暴おうぼうを極めた暴君ぼうくん自己おのれの権力の終焉しゅうえんが迫り、恐怖で親指の爪を噛むことしかできない。


 ♪ポロローン♪


 ♪ポロローン♪


 孤独な王ダークスの耳にいつか聞いたことのある竪琴の音が聞こえて来た。


 ダークスは、音のする方を向いて問いただした。


「誰だ!」


 竪琴をもって現れたのは、ガーロン・ヴァルダーの妻ナディアだ。


 ナディアはかつてダークスの正妻で、シリアスの母・ホルサリムの姫サハラに仕えていた侍女じじょだ。


「ダークス様の御心みこころを少しでもお安めしようと、サハラ様が愛聴あいちょうされたオアシスの歌をかなでております。


 ダークスは、亡国の王になりつつある自分への当てつけのようなナディアの行動を咎めるどころかどこか懐かしい。むしろ若き頃、ヴァルガーデンの玉座を争い二人の兄たちとの悲劇に会うまでの幸せなサハラとの愛のある暮らしを思い出していた。


 ナディアは言った。


「ダークス様の次兄あにカリスタンさまの無情な行為がなければ、ヴァルガーデンはどうなって居たでしょう。私はよくサハラ様を忍んでそう思うことがよくあるのです」


 ダークスは目を細めて静かに言った。


「あのことがなければ、ワシは今頃、シリアスと同じ様にホルサリムの一領主で愛する妻子と共に静かな余生を送っていただろうよ」


 ナディアは、優しくダークスに言った。


「ダークス様、今からでも遅くありません」


 と、ナディアは語った。


「王座をレオ様ではなく、シリアス様におゆずりになり、どこか田舎で余生をお過ごしになる道を選ばれてはいかがでしょう」


 ダークスは、肉に突き刺したフォークを放り投げて、「ガーロンは、そんなことを思っておったのか」


 ナディアは、静かに首を振る。


「いいえ、夫・ガーロンだけではありません。それは、ダークス様の事を一番愛していたサハラ様の願いです」


 ダークスは、驚いたように首を傾げた。


「サハラの願いだと?」


「はい、私はサハラ様の側近くに仕えた侍女でしたからよく承知しております。確かに、サハラ様は、ダークス様の次兄あにうえカリスタン様に犯された後に出来た皇子みこですが、すでにその前に、サハラ様のお腹にはシリアス様を身籠みごもっておられたのです」


 ダークスは、ナディアの言葉に目を見開いて立ち上がった。


「なんだと、シリアスは真にワシの息子だと言うのか!」


 ナディアは、まっすぐダークスを見て静かに言った。


「はい、サハラ様はシリアス様を身籠った後に悲劇に会いました」


 ダークスは、テーブルを叩いて、なぜ、あの時すぐにワシにその事実を申さなんだ!」


 ナディアは、悲しそうに呟いた。


「それは、サハラ様がダークス様を愛すればこそ……」


 ダークスは、テーブルを両手でガンガン叩いて、「なんて、私はおろかな王なのだ。自分を心から愛してくれた女の愛を裏切り、その子を遠ざけ、あべこべに逆恨みしてその二人に取り返しのつかないことをしてしまった!」


 ナディアは、ダークスの乱れた心を落ち着かせるように、穏やかな竪琴のを弾いた。


「サハラ様は、ダークス様を心から愛した。悲劇に会い、祖国ホルサリムは滅ぼされ、息子のシリアス様も不義の子としての道を歩まれましたが、真実はダークス様。あなた様が心からサハラ様を愛すればこその愛情の裏返し、どうかダークス様、今ならまだ過ちをやり直せます。どうか、振り上げた矛をお納めください」


 ダークスは、力なく玉座に座ってナディアに言った。


「もう、遅いのだ。私は、間違いを犯しすぎた。悲劇の始まりは次兄カリスタンにあると思っていたが、ワシがサハラを心の底から愛すればこそ憎悪ぞうおし、我が息子シリアスさえ憎んだ。すべては、ワシが王としての狭量きょうりょうにある。ナディア、せめて最後に、サハラの愛した曲を聴かせてくれそれが滅びゆくヴァルガーデンのレクイエムだ」


 ダークスはナディアの竪琴の音に耳を傾け静かに呟いた。


「サハラのため、シリアスのために、私は最後の戦いを挑む!」


 と、ダークスの目には強い決意が光っていた


 つづく

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